voice of mind - by ルイランノキ


 倚門之望23…『そして炎が燃え盛る』

 
「そうだな」
 
宿をチェックアウトし、宿の外でヴァイスと合流した。その時にアールは自分の推理を直接ヴァイスに聞かせてみたが、ヴァイスは一言、そう答えただけだった。
 
──そうだな?
それって合ってるってことなのかなぁ。
 
街の正門へと徒歩で向かう。
ルイの実家が近づくにつれて、空気が重くなっていった。
 
「ルイー」
 誰もが気にかけていたことをさらりと口にしたのはカイだった。「ママさんにもう挨拶しなくていーの?」
「……はい」
「じゃあまたルイが旅に出るの理解してくれたわけかぁ。よかったねぇ」
 と、ルイの肩にポンと手を置く。
「…………」
 ルイは険しい表情で、答えなかった。
「あれ? もしかしてまだ?」
「いいんです。大丈夫ですから。きっとわかってくれます」
「そっかぁ」
 
アールはそんな二人の後ろを歩いていた。
なんだかさっぱりしない。ルイは心残りを残したまま、街を出ていいのだろうか。
でも解決方法など見つからない。
 
結局アールは何も口出しすることなく、正門までたどり着いた。
 
「旅再開ーっ」
 と、カイが街から一歩外に出た瞬間、ウーウーとけたたましいサイレンが聞こえてきた。
「なに?」
 と、街を振り返る。住人が騒いでいた。
「大変だっ! 火事だ火事ッ!」
 
サイレンは消防車の音だった。
騒ぎがするほうへと視線を移す。遥か先の方で黒い煙りが上がってるのが見える。
 
「え……あっちの方って……」
 
アールが不安げにルイを見遣ると、ルイの顔は青ざめていた。煙りが上がっているのは紛れも無く、ルイの家がある方角だった。
 
「ルイ……」
 
アールの声をきっかけに、ルイは走り出した。一行もルイに続き、現場へと急いだ。
 
━━━━━━━━━━━
 
燃え盛る炎は生き物のようにうねりながらバチバチと音を立てていた。
なにかが破裂する音、崩れる音が不安を煽る。
消防車のサイレンの音が近づいてくる。
 
一軒家が巨大な炎に包まれるのを、アールは生まれてはじめて目の前で見た。
 
「危険ですから下がってください」と言われて、カイが不安げに自分の手を握っていることに気付く。
 
「母さんッ! 母さんッ!」
「君ッ! 中に入っちゃダメだッ!!」
 
燃え盛る炎の中へ飛び込もうとしたルイを、3人がかりで止める消防隊。代わりに飛び込む消防士。
ホースから勢いよく噴射された水が炎に降り注ぐ。炎の勢いはなかなか収まらず、絶望が頭を過ぎった。
 
「アールぅ……あの人、死んじゃったのかなぁ」
 
カイがそう訊いたものの、その声は周りの騒ぎと炎の呻き声に消されるほど小さく、アールの耳には届かなかった。
 
「俺たちのせいなのかなぁ……」
「…………」
 

──お母さん
 
お母さんは、私を愛してた?
日本人は“愛”なんて言葉自体あまり使わないから、直接訊くのは恥ずかしいし、勇気がいるけれど、今もし会えるのなら、訊きたいよ。
 
なにバカなこと言ってるのって笑われてもいいし、はぐらかされてもいい。
きっと質問の答えはNOではないとわかってはいるから。
 
お母さんはいつだって私を姉と比べて、姉の方が優れていると言っていた。
それが嫌で嫌で、私は愛されていないのだと思った時期があった。だから私は家族の中にいても一歩引いて殻に閉じこもるようになってしまったんだ。
 
愛されていないわけじゃない。私より姉のほうが出来が良くて私より褒められる回数が多いだけ。姉より私のほうが出来が悪くて姉より叱られる回数が多いだけ。
 
仕方ないことだよ。私と姉は違うんだから。要領が悪いし。
 
比べてしまうのは仕方ないよね。お母さんだって人間だもん。子育てに苦労したんだと思う。姉は小さい頃から良い子だった。夜泣きなんて殆どなくて、物分かりのいい子で、学習するのも早かった。
それに比べて私は生まれたときから大変だったらしい。夜泣きは毎日。なかなかオムツから卒業出来なかったし、指しゃぶりの癖もなかなか直らなかった。
怒られたらふて腐れるし、泣いて喚く。
 
きっと悩んだよね。どうして最初の子はうまくいったのに、この子はこんなにも苦労するのかしらって。
 
お母さん
姉のようにしっかりしていなくてごめんなさい。
世話をかけてばかりでごめんなさい。
 
あの日、燃え盛る炎を前に、そんなことを思い出してた。
 

「母さんッ!!」
 
ルイの声にアールはハッと我に返る。
崩れはじめていた家からメイレイが運び出された。担架に乗せられ、救急車の中へ。ルイはメイレイに寄り添うように一緒に乗り込むと、救急車は走り出した。
 
「下がって!」
 
ぐいっと腕を掴まれ振り返る。腕を掴んだのはシドだった。
 
「下がれって言われてんだろーが」
「あ……うん」
 
茫然自失。
シドの後をついて行くように現場を離れたとき、家は轟音と共に崩壊した。
 
カイはずっと子供のようにアールの手を握っていた。
 

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