voice of mind - by ルイランノキ |
アールは出されたお茶を飲み干し、何もすることがなく時間を持て余していた。
ルイの育ての母、メイレイはシドの話ばかり聞いていた。何を質問するにもシドに訊き、楽しそうに頷いている。
アールはそれを“意図的なもの”だと感じとっていたため、敢えて自ら話し掛けることはせずに大人しくしていた。家にお邪魔したときから、メイレイはシドしか見ていなかった。アールと目を合わせたのはアールがルイに電話を掛けたときだけだ。それも突き刺すような眼差しで。
シドもメイレイの奇妙さに気づいているのだろう。アールに話しを振ることはしなかった。
30分程して、家のチャイムが鳴った。
メイレイの表情がパッと明るくなり、アールたちを残して居間を飛び出して行った。
漸く質問攻めから解放されたシドが深いため息をつき、手をお尻よりも後ろに置いて腕に寄り掛かった。
「あ"ー……」
「おつかれさま」
と、アールは労った。
「お前かなり嫌われてんな」
「うん……やっぱそう思う?」
「目も合わせたくねぇって感じだったぞ」
「うん……」
「まぁ原因はお前じゃねぇよ」
シドは開けっ放しになっている居間の出入り口を見遣った。
甲高いメイレイの声がする。
「ルイ! 遅いじゃないの!」
メイレイは玄関前に立っていたルイを抱き寄せた。ルイの方が背が高く、抱きしめたというよりも抱き着いたように見える。
「すみません……」
ルイの表情に笑顔はない。両手はだらんと下げたまま、久々に会った母親を抱きしめ返すこともしない。
隣にいたカイが、ルイをつついた。
「愛の抱擁もいいけど俺たちを紹介してよーん」
「はい……。母さん」
と、ルイはメイレイの肩に手を置いて、体から引き離した。「紹介したいのですが」
「ルイ、大きくなったわね。私よりもぐんと背が伸びて。ますます男らしくなったじゃない」
頬に触れようとしたメイレイの手を、ルイは優しく掴んで止めた。
「紹介したいのですが」
笑顔で、けれどさっきよりも強くそう言った。
「あら……」
メイレイは漸くルイの隣にいるカイと、その後ろにいるヴァイスに気づき、頭を下げた。
「共に旅をしている仲間です。こちらがカイさん、そしてこちらがヴァイスさんです」
「はじめまして。ルイの母です」
アールはテレビの横に置かれている写真立てを眺めていた。
「あれって、ルイだよね」
「あぁ、だな。何年か前のだな」
「女の人かと思っちゃった。小さい頃とか可愛かったんだろうなぁ」
「…………」
「ねぇ、シドはさ」
この街がルイの住んでた街だって知ってた? そう訊こうとしたところで、居間にルイ達が入ってきた。
「──!」
ルイの名前を呼ぼうとしただけで、アールは言葉をつっかえた。
ルイの腕に、まるで恋人のようにくっついて離れないメイレイの姿。
久しぶりに再会したのだ。息子にベッタリになっても不思議ではない。それなのに違和感を覚えるのは、メイレイのアールに対する異常なまでの無関心さと、“育ての母”だからだろう。
「遅かったな」
と、シドは体勢を戻した。
「すみません」
「カイも一緒だったんだね」
アールがカイに声を掛けると、カイはシドとアールの間に腰を下ろした。
「待ったぁ?」
「ちょっとね」
本当はだいぶ待った。会話に入れなかったアールにとって30分は1時間以上にも感じられていた。
「お茶のおかわり用意しますね。お二人にもお茶の用意を」
と、ルイはアールとシドの前に出されていた空の湯のみを持ち上げた。「ヴァイスさんはこちらに」
ヴァイスはルイに促され、長方形のテーブルの右側に腰を下ろした。ヴァイスから見て左側の奥から、アール、カイ、シドが並んで座っている。
「私がやるわ」
メイレイがルイの手から湯のみを取った。
「では……手伝います」
ルイはメイレイとキッチンへ移動した。
「カイこっちに座って? 狭いよ」
と、アールはテーブルの左端を指差した。
「えーっ面倒くさい」
「ちょっとしか移動しないじゃん!」
仕方なくアールが左端に移動し、ヴァイスと向かい合わせになった。
「でもさぁ、久しぶりの再会なのにルイってばあんまし嬉しそうじゃないんだよねぇ」
と、カイはテーブルに頭を乗せてアールを見遣った。
「お行儀悪いよ。色々あるんだよ」
察しなよ、とアールは思う。
「色々ってぇ?」
そんなカイに、黙っていたシドが口を開いた。
「いいからおとなしくしてりゃいいんだよお前は」
「んなっ! せっかくわざわざ来たのになんなのさぁー」
と、シドに顔を向けた。
カイの襟元からスーがぬっと顔を出してテーブルの上に下りると、体を伸ばして背伸びをした。
「スーちゃんも来たんだね」
スーはアールに向かってパチパチと拍手をした。
Thank you... |