voice of mind - by ルイランノキ


 花の故郷21…『いないじゃん』

 
「ヤバいヤバい始まっちゃうっ」
 
アールは急いでシドたちがいるベンチに戻ろうとしたが、道を塞がれて戻れなくなっていた。結局大通りの真ん中で花火を見ようと立ち止まってその場から動こうとしない人が増えたからだ。
 
アールは仕方なく道を外れた。
細い道に入り込み、どうにか遠回りしてでも二人の元へ戻れないか勘を信じて歩き進めてみるが、方向音痴だからどんどん目的地から離れてゆく。
 
「ヤバい。この辺誰もいない」
 
ひとりで花火を見るほど寂しいものはない。
グルグルと住宅街を歩いて時間ばかりが過ぎ、元の道に戻ろうとしても帰り道もわからなくなり、途方に暮れてカイに電話しようと携帯電話を取り出したその時だった。
 
ヒュルルル……と火の玉が空に上がり、パーンと弾けて夜空に大きな華が咲いた。
アールはその場に足を止めて、次々に打ち上がる花火を見遣った。
 
携帯電話が鳴る。カイからだった。
 
「もしもし」
『アールどこにいるんだよぉ。花火上がっちゃったよー?』
「うん、どこにいるのか自分が知りたい」
 
アールは誰かの家の塀に寄り掛かり、花火を眺めた。
 
『もぉー、アールと見たかったのにぃ。捜しに出て射的んとこまで来たのにいないしぃ』
「うん、でも一緒に同じ花火見てるよ。隣にはいないけど、電話で繋がってるし」
『あ、そっかー。まぁそれもロマンチックかもねぇ。……ん? ロマンチックなのかなぁ』
「でも、みんなで揃って花火見たかったね」
 
突然そう思った。
自分と、カイ、シド、ルイ、ヴァイス、スーのみんなで、肩を並べて花火を見上げたかった。今ひとりぼっちで見るはめになってしまったからかもしれない。
花火は果敢なくて、美しかった。一瞬だけ満開に咲いてはすぐに散ってしまう。一発だけでは寂しくて、何発も連続で打ち上がる。そうすることで人はその美しさの余韻に浸る。
 
カイは携帯電話を片手に花火を見上げていた。大きな花火が打ち上がる度に携帯電話の向こうからアールの歓声が聞こえてくる。近くにいるはずなのに、何故か遠く感じる。
花火は自分が美しく散ったことを知っているのだろうか。人の手で大切に作られて空に打ち上げられ、大爆発する。綺麗に弾けた後は“無”。
アールの存在と花火が果敢なく重なり、心がギュッと締め付けられた。
 
シドはベンチに座って花火を見上げていた。大きな音と共に色とりどりの火花を散らして、見上げている人達の顔を明るく照らす。
大きな花火を見たのは初めてだった。数年前、小さなお店で買った手持ち花火を思い出す。花火といえばその思い出しかなかった。旅を中断し、花火を眺める休息。
 
ルイは洗濯物を取り込み、お祭りの会場に向かおうと宿の外に出ていた。その途中で花火が打ち上がり、仕方なくその場で足を止めて夜空を見上げた。周りには小さな子供を連れた親子がそれぞれ自宅の前から空を見上げ、子供は花火を指差して笑顔で楽しんでいる。
ルイは携帯電話を取り出した。アールに電話を掛けるも、繋がらなかった。誰かと電話中だ。
 
「…………」
 折り畳みの携帯電話をパタンと閉じた。
 
その切ない音は花火が弾ける音に掻き消され、ルイは独り、何発も打ち上がる花火を眺めていた。心に寂しい風が吹く。
 
ヴァイスは誰もいない空き地にある山積みにされた丸太の上に腰掛けて花火を眺めていた。頭の上にはスーが乗っている。風が吹き、空き地の雑草や木々を揺らした。
花火を眺めたのはどのくらいぶりだろうか。
村で身内の結婚式があった。それを祝福する花火を上げた。隣には婚約者がいた。
 
「私達のときも、花火上げてもらえるかな?」
 そう言って見上げた彼女の瞳に花火の光が映り込んで美麗だった。
 
ヴァイスの頭の上でスーが歓喜のあまり拍手をした。ヴァイスは黙って空に打ち上がる花火が消えるのを待った。
 
「今の綺麗だね」
 はぁ、とアールはため息をついた。花火は誰と眺めるかで印象が変わるのかもしれない。
 
皆、それぞれの思いを胸に夜空に咲く花火を眺めていた。家族、カップル、友人など、誰かと共に花火を眺めている人達の中でひとり、旅を忘れて見入っていた。
最後の花火がパラパラと夜空に溶け込んで消えると、足を止めていたカップル達が慌ただしく移動を始めた。
 
「ん? なんだなんだ?」
 と、カイは道の端に身を寄せた。
『どうしたの?』
 と、アール。
「なんかねぇ、移動を始めたよ。イチャイチャカップルたちが」
『あぁ、あれじゃない? 知ってる? 光る樹の話』
「忘れてた! アール今どこ?! 一緒に探そう!」
『え、なんで?』
「え、なんでって、なんで?」
『あれってカップルのためのイベントみたいなものでしょ?』
「そうだよ、これから恋人になる人のためでもある!」
『……私、彼氏いるし』
「…………」
『もしもし? 聞いてる?』
「どこにいんの? いないじゃん」
 そう言ったカイの表情に笑顔はなかった。
『…………』
「…………」
『なにそれ』
 
不快感を表したアールの声。
カイは黙ったまま電話を切った。
 

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