voice of mind - by ルイランノキ |
午後9時、すっかり空は暗闇に覆われ、星が散らばっている。
「まぁ、ほとんどの人がハズレたんだから。そんなに落ち込みなさんな」
と、アールはカイの肩にポンと手を置いた。
「残念賞がポケットティッシュ1個なんて……せめて飴ちゃん1個がよかった……」
カイはそう言ってうなだれた。
結局クジは外れ、ガッカリの結果になってしまった。それでもイベントを楽しんだ女装男性は笑顔で会場を後にする人が大半だというのにカイだけは本気でお菓子の詰め合わせを狙っていたから酷く落ち込んだのであった。
「シドさんはどこに行ったんでしょうね」
と、ルイは時間を気にしている。
「会場にはいなかったね」
「アールさん、花火見て帰りますよね? 僕は洗濯物を片付けてこようと思います」
「あ、忘れてた」
「アールさんの洗濯物も部屋に運んでおきますよ。下着類は戻りましたらご自身で」
「じゃあ代わりに俺がアールの下着を回収しましょう」
と、カイ。
「…………」
アールは無言でカイの足を踏んだ。
「痛いッ!」
「花火は10時からだよね、間に合うかな。やっぱり私も一度戻るよ」
「いえ、この人混みですからアールさんは大変かと。なるべく早めに終わらせて戻ります。お二人はごゆっくり」
と、ルイは足速に宿へ戻って行った。
「アールなんか食べたー?」
と、カイ。
「からあげ食べた」
「いいなぁ。なんか食べたいわん」
と、黒いメイド姿のカイ。
「人が多いから並ばなきゃだね」
人が少ない出店を探し歩いていると、3人掛けのベンチにドッカリと腰を下ろしてイカ焼きを食べている男がひとりいた。
「席を譲りなさい席を」
と、カイが男に近づいて言った。
「おー、肉手に入れたか?」
ベンチに座っていたのはシドだった。
「ほい」
と、カイはスカートのポケットからティッシュを取り出してシドの膝にポイと投げた。
「なんだこれ」
「残念賞」
「いらねーな!」
ベンチの真ん中にドッカリと座っている両端には空っぽになったフードパックとまだ手をつけていない焼き飯があった。
「焼き飯ラッキー!」
と、カイが勝手に手に取ってシドの隣に座った。そこにあった空のフードパックは自然な流れでアールに手渡した。
「ゴミを渡されても」
と、アール。
シドは意外と怒らなかった。
「シド怒んないんだね、カイ焼き飯食べちゃうよ」
「うまそうなもん先にいくつか買っておいたんだよ。おかげで冷えたし腹いっぱいだからもういらねぇ」
と、シドはイカ焼きにかぶりつき、口の横にタレを付けた。
「ほんとだ冷えてる! 残念賞だった俺の心は冷たく冷えきっていたのに更なる打撃!」
「買ってこようか? あったかい食べ物」
「お前帰って来なさそうだな。人に揉まれて潰されて踏まれて」
「どんだけ小さいんだよ私は!」
「ルイいねーの?」
「洗濯物を取り込みに戻っちゃった」
「ヴァイスんはー?」
と、カイは冷えた焼き飯を食べている。
「とっくの昔にどっか行っちゃった。スーちゃんも一緒」
「人が多いとこ苦手そうだもんねぇ」
10時までどうしようかなとアールは大通りを行き交う人々を眺めた。みんな笑顔で楽しそうに言葉を交わしている。
「アール?」
と、突然人混みの中から顔を出したのはルーシーだった。
「ルーシー!」
「ここにいたんだぁ」
と、笑顔彼女の後ろに立っているのはルーシーの彼氏だろう。眼鏡を掛けていて真面目そうな青年だ。
「あ、お前」
シドがルーシーの彼氏をイカを刺していた串で差した。
「あぁ、貴方はっ」
ルーシーの彼も驚いたようにシドを見遣った。
「知り合いなの?」
アールとルーシーは思わず声を揃えて訊いた。
「こいつ必死に光る樹を探してたんだよ」
「わぁーっ! 言わないでくださいよ!」
「そうなの? アオ君……」
「ま、まぁ……暇だったから」
「よく言うぜ。暇だったわりにノートにメモまでして町中の木を調べる気満々だったじゃねーか」
「うっ……」
アオというルーシーの彼は恥ずかしそうに俯いた。そんな彼の腕にルーシーは優しく抱き着いた。
「ラブラブですなぁームカつきますなぁー」
と、焼き飯を頬張るカイ。
「仲直りしたんだね、よかったじゃない」
と、アール。
「うん! あ、そうだ。射的ってどこにあるかわかる? 探してるんだけど見つかんなくて」
「射的なら通りの向こう……ここからちょっと遠いかも」
「アオ君がね、得意だって言うの」
「あ、じゃあいいとこ見せないとですね。案内するよ」
と、アールはゴミをカイの膝に置いた。「自分で捨てて」
「えー、俺シドとふたりっきりー?! やだよー」
「俺のが女装男と二人なんて嫌だっての!」
「まぁまぁ二人とも仲良くして。お似合いだよ?」
アールの余計な一言が二人の口論に火をつけたのは言うまでもなかった。
ルーシーとその恋人を連れて、アールは射的がある出店へと向かった。
「よかったの? 友達と一緒にいなくて」
「友達?」
シド達のことを“友達”と呼ぶことがなんだかおかしかった。「うん、いいのいいのどうせ暇だったから」
「そっか。じゃあお礼にアオ君、アールにも何か取ってあげてよ」
と、ルーシーは恋人に甘えるように言った。
「まかせて! 百発百中で取れるからね」
そう言ったルーシーの恋人だったが、実際3回挑戦してひとつも商品を撃ち落とせなかった。1回につき5発だから合計15発も外したことになる。
「すいません……ほんとに……」
彼は意気消沈。
「あはは、まぁこういうのってコルクガンによって変わってくるんだろうし、気にしないでください」
と、アールは必死に宥めた。
「そうだよ、来年また期待してる」
ルーシーは笑顔でそう言った。
「来年……?」
と、彼は顔を上げてルーシーを見遣った。
「来年も一緒に。──ね?」
「ルーシー…」
二人は幸せそうに微笑み合い、アールはなんだか恥ずかしくなって見ないフリをした。キスをしているわけではないのだが。
出店の間を行き交う人々の移動が増えてきた。もうすぐ花火が上がるため、見やすい場所に移動するらしい。
「じゃあ私たちそろそろ」
と、ルーシー。
「あ、うん。じゃあまたいつか」
「うん、ありがとう」
アールは二人が寄り添いながら人混みに紛れてゆく後ろ姿を見送った。
──さて、と。花火どこで見よう。
誰と見ようかな。シドたちまだあそこにいるかな。
Thank you... |