voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海16…『ヨーゼフ』

 
マスキンは話し続けた喉の渇きを潤すようにミルクをグビグビと飲んだ。
アールも一息入れるように、紅茶を飲んだ。
 
屋敷内は随分と静かだった。
 
「続きですけど……」
 と、マスキンは再び口を開いた。
 
子供を助けたら連絡すると言っていたハング達だったが、一向に連絡が来る気配がなかった。
次第に不安が募ったマスキンは再びカスミ街へ向かった。
 
そこで自分は騙されていたのだと気づいたのである。
ハング達はマスキンに、子供を返す条件を突き立てた。
 
「迷宮の森を通ってカスミ街へ向かっている連中がいる。情報によれば5人組みだ。そいつらをうまく指定場所におびき寄せろ」
 
マスキンは頷くことも首を横に振ることも出来なかった。ただただうなだれる。
 
「顔写真はない。一人は女らしい。──まぁ、迷宮の森なんかに入る人間は珍しいだろ。とにかくそれらしき人物と出会ったらうまくカスミ街へ連れて来い。それからお前が以前魔術師と住んでいた場所まで誘導しろ。一人でも構わん」
「うまく行けば……息子は……」
「あぁ、返してやるさ。“全員無事”でな」
 
ハングは嘘ばかりついていた。
この時にはもうマスキンの子供は一匹だけしか残されていなかったというのに。また、返すといってもまだ生きたままエテルネルライトから取り出す方法すらも見つかっていなかった。
はじめからそんな約束を守るつもりなどなかったのである。
 
再び迷宮の森に戻ったマスキンは、森の中を走り回った。
人間を探していたのだ。そして、以前自分が掘った落とし穴の中に、一人の人間が落ちていた。それがカイだった。
 
「そっか……それで私を」
 と、アールは紅茶の水面を眺めた。
「すみません……私が騙されたばかりに……すみません」
 マスキンはテーブルにおでこを付けて謝った。
 
そんなマスキンを、スーはコップの中から眺めている。
 
「謝らなくて大丈夫だよ。マスキンは悪くない。──それよりどうして助けに来てくれたの? スーちゃんも」
「……スーちゃんさんは気づいたら私についてきていましたけど? いつから一緒にいたのかはわかりません。ただ、カイさんが連れ去られたときから私を怪しいと思っていたのかもしれませんけど。は?」
 
マスキンがスーを見遣ると、スーは瞬きをした。
 
「そうだったんだ……。ありがとね、スーちゃん」
 アールがそう言うと、スーは体から手をつくってパチパチと拍手をした。そしてマスキンは再び話はじめた。
「私は彼等に連れられてアジトの一番奥にある巨大倉庫へ連れて行かれました。そこは頑丈な南京錠が掛かっていて、扉を開くのに少し戸惑っていました」
 
扉が開かれ、マスキンは漸く我が子と再会した。
けれども、感動の再会とはいかなかった。そこにいたのはエテルネルライトの中で人形のように眠る息子の姿。触れることも抱きしめることも出来ない。
 
そして、そこで再会したのは息子だけではなかった。
自分の子供たちを実験に利用した魔術師が、足枷を付けた状態で倉庫の隅に立っていたのだ。その姿に活気はなく、亡霊のように見えた。
 
「彼もまた、彼等の被害者なのだと思いましたけど」
 と、マスキンは悲しげに言う。「同情なんて出来ませんけどでも……私のせいですから。私が奴らに話さなければこんなことにはなっていないわけですから」
「マスキン……」
 
エテルネルライトに閉じ込められたままの息子と魔術師を前に呆然と立ち尽くしていたマスキンに、ハングの仲間は言った。
 
「返してあげたいんだけどねぇ、返してあげられないみたいなんだ。あの魔術師、使えなくてね。せっかく実験に集中出来る環境を作ってやってるってのに、まだ一度も成功してないんだよ、小さなノミでさえ、あの石から取り出すと死んじゃってんだ」
「そんな……」
「可愛い子ブタちゃん、可哀相にねぇ。生きてなくてもいいならすぐに返せるんだけどね」
 
男はそう言って笑った。
それでも魔術師は俯いたまま、ぴくりともしない。
 
「俺たちを責めないでくれよ? 悪いのはあの魔術師のせいだ。俺たちは信じていたんだぜ? ブタが任務を終えて戻ってくる頃には成功して、感動の再会が見れるって」
 
そう言ってマスキンの隣に立つ男は1人。
倉庫の出入り口には4人の男が整列している。
 
「ちゃんと謝ったほうがいいんじゃないのー? ブタちゃんに」
 笑いを堪えながら男は魔術師に言ったが、魔術師はなんの反応もしない。
 
男は段々と苛立ち、眉間にシワを寄せて魔術師に歩み寄った。
 
「おい。無視してんじゃねーぞ」
 
そう言って腰に掛けていた短剣を取り出した瞬間、彼の頭が吹き飛んだ。吹き飛んだ頭は床に血の線を引きながら転がり、頭を失った体はその場に倒れ込んだ。
マスキンは驚いて隅に身を隠した。
 
出入り口を見張っていた男達は騒然とする。
動揺しながら銃を構えた。銃口は倉庫の奥の隅にいる魔術師に向けられているが、魔術師はその場から離れようとはしない。
4人の内、1人がじりじりと魔術師との距離を縮めた。
 
「おいっ……お前なにをしたッ!」
 震える声で問い掛けるが、反応はない。
 
そして、彼の背後でバタバタと3人の見張りが倒れた。男はパニックになりながら引き金を引いたが、銃弾が放たれることはなく、男の頭が右斜め後ろにへし曲がり、膝から崩れ落ちた。
 
マスキンは小さな体をガクガクと震わせていた。
そこに足音だけが近づいてくる。マスキンの鼻に、人間の臭いがした。
 
「すまなかった……」
 
しわがれた声と共に、目の前に突然姿を現したのはマスキンの息子を実験に使った魔術師だった。
マスキンは思わず倉庫の隅で佇んでいる魔術師に目をやった。
 
「あれば偽物だ」
 
そう答えた目の前の魔術師の手には、継ぎ接ぎだらけの透明マントがぶら下がっていた。
 
「ヨーゼフさん……」
 
マスキンは生まれて初めて、魔術師の名前を口にした。
 
「私はお前の大切な息子を実験台に利用した。勿論、殺すつもりはなかったが、殺してしまうであろうことも覚悟していた。私は何をしても、お前から許しを得ることは出来ないな……」
「…………」
 マスキンは視線を落とした。
「すまない……」
 
倉庫の外から、誰かが近づいてくる足音がした。アジトの見張りが様子を窺いに来たのだ。
 
「助けてください」
 と、マスキンは俯いたまま、小さな声でヨーゼフに言った。「私のせいで捕まっている人間たちを」
「…………」
「お願いします。私の息子を石の中から救うのは何年だって待ちますから。今はアールさんや……彼らを助けてください」
 
ヨーゼフは奥歯を噛み締め、マスキンの前で片膝をついた。
 
「……わかった。出来る限りのことをしよう。罪滅ぼしにはならないだろうがな」
 

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