voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海15…『西洋館にて』

 
森の中にひっそりと佇む、敷地の広い西洋館があった。
屋敷はコンクリートの塀で囲まれており、アーチ型の門扉がアール達の目の前に立っている。
 
自動的に門扉が開かれると、スーを頭に乗せたマスキンがアールについて来るよう、先頭をきった。
アールは周囲を見回しながらマスキンについて行き、屋敷の中へと促された。
 
玄関の扉を潜ると、そこはダンスホールのような広さがあり、吹き抜けの天井からは大きなシャンデリアがぶら下がっている。
2階へ続く階段は左右対象に造られており、半円を描くように上へと伸びている。
 
左奥の部屋から、ひとりの老人が顔を出した。杖を持っているが決して杖に頼っておらず、背筋はピンと伸びている。白と黒の交じった髭と、びしっと着こなしたスーツが紳士的なお爺さんは、シドに報酬を渡した富豪だった。
 
「マスキンか、無事だったようじゃな」
 
老人はアールとマスキンを客間へ案内した。
老人が独りで住むには広すぎる屋敷は、客間も広く、横列に10人座れる縦長のテーブルが置かれ、生き生きとした花が飾られている。
ダマスク模様の壁紙は気品があり、派手過ぎず落ち着いた空間だった。
 
老人は手慣れたようにアールには紅茶を、マスキンにはミルクを、スーには器にいれた水を差し出した。
スーは椅子に座っているマスキンの頭からテーブルに飛び降りると、水しぶきを上げないようにゆっくり水の中に浸かった。スーはスーで、マナーを弁えているようだ。
 
アールは老人に頭を下げ、紅茶を一口飲んだ。
老人は優しい笑顔で一礼すると、客間を出て行ってしまった。その姿はこの屋敷の家主というよりも執事のようだった。
 
「マスキン、さっきの人は……?」
 と、アールはテーブルに身を乗り出して向かい側に座っているマスキンを見遣った。
「この屋敷の人ですけど?」
「うん、まぁそうなんだろうけど……」
 
マスキンはコップに入ったミルクを飲み、順を追って話し始めた。最初に話しはじめたのは、アールたちを襲った連中、第十五部隊のことだ。
ムスタージュ組織の下で動いているということと、アール達を捕らえることで名を上げることが出来、報酬も貰えるのだということはアールも知っていた。
 
気になるのはその団体とマスキンの関係性だった。
マスキンの話によると、マスキンは元々一般女性の元で家畜として飼われていたが、あるときマスキン達を引き取りたいと言ってきた魔術師がいた。多額の金と引き換えに一般女性は家畜を全てその魔術師に引き渡した。
 
魔術師は魔術の実験に使うために生き物を集めていた。その中のひとつがマスキン達だった。
まだ子供を産んだばかりのマスキンと小さな子供たちを実験に利用することを躊躇った魔術師は、暫くの間、家畜の世話をすることにした。そのために借りた場所が、カスミ街の南東にある日本家屋のような家だった。
はじめはそこで生まれたのだと話していたマスキンだったが、嘘だったということになる。マスキンに悪気はなかった。話す必要はないと思ったからだ。
 
魔術師の世話になりはじめたころは、魔術師に対して警戒心は殆どなかった。本能のまま生きていたが、子供たちがある程度大きく育った頃、魔術師の態度が一変した。
逃げ惑う子供たちを無理矢理捕まえてどこかへ連れていく。
マスキンは子供たちを守ろうと必死に叫び、走り回ったが、人間からしてみればただブタがパニックになって暴れ出したようにしか見えなかったことだろう。
 
10匹はいたはずのマスキンの子供は、5匹だけになった。残された子供たちはすっかり怯え、小屋の隅で小さく固まっていた。
 
夜になり、街の住人達が寝静まったころ、マスキンは子供たちを起こして街を出ることにした。明るくなる前に柵の内側から外へ脱出する穴を掘った。
子供たちを誘導し、その場を離れる前に魔術師が眠る家の中を覗いてみた。そのときにマスキンが目にしたのが、エテルネルライトの中に閉じ込められている子供たちの姿だった。
 
その頃はまだ人間の言葉を喋ることが出来なかったが、心の中で子供たちに声をかけた。
必ず迎えに来るからと。
 
迷宮の森に逃げ込んだマスキンは一先ず連れている子供たちを安心して寝かせられる場所を探した。そしてかつて人間が使っていたと思われる洞穴を見つけたのである。
迷宮の森での生活ははじめ、苦悩の連続だった。これまでは待っていれば決められていた時刻に食べ物が運ばれていたが、子供たちを食べさせていく為にも食料を探しに歩き回る必要があった。
そんな中、同じ姿をした生き物と出会った。野性のブタだったが、彼等はマスキンを優しく受け入れてくれた。
 
彼等との出会いのおかげで迷宮の森について詳しく知ることが出来た。食べ物の在りかや、危険な魔物が出没する場所、罠の仕掛か方なども教わった。
 
漸く迷宮の森での生活に慣れてきた頃、子供たちを仲間に頼んで何度かカスミ街に置いてきた子供を迎えに行った。しかし、マスキンを見るやいなや捕らえようとする住人が行く手を塞いだ。
その度に逃げ惑い、傷だらけになって森へ戻るのだった。
 
ある時、そんなマスキンの元にひとりの魔術師が現れた。
マスキンははじめ、自分を家畜として育てていた男かと思ったが、その魔術師はお婆さんだった。
なんの因果か、その魔術師によって人間の言葉が喋れるようになった。
魔術師はマスキンに、もっと人間のように振る舞いなさいと言った。なるべく二足歩行で、服を着なさいと。さすれば話を聞いてくれる人間が増えるかもしれないと。
 
マスキンはその魔術師に心を開いていった。
そして再びひとりで街へ向かったマスキンは、とうとう子供を助ける前に住人に捕まってしまう。マスキンを捕らえたのは、ハング達だった。
 
自分が捕まってしまったら子供たちを助けられない。それに森に置いてきた子供たちも仲間に押し付けることになる。
切羽詰まったマスキンは、口を開き、人間の言葉を発した。
 
そしてこの街にいる魔術師のこと、捕らえられた子供たちのこと、エテルネルライトのことを話した。
 
ハングたちは疑っていたが、事実であることを自分らの目で確かめた。だが、彼等は言葉巧みにマスキンを騙してしまう。子供たちは俺達が助けるから、一先ずお前は森へ帰っていろ、待たせている子供たちもお前の帰りが遅いと心配するだろう?と。
マスキンはその言葉を信じてしまった。人間は恐ろしいと思っていたが、森で出会った魔術師の一件で信じられる人間もいるのだと警戒心が薄れていたからだ。
 
マスキンが森へ帰ったあと、ハング達は行動に出た。
エテルネルライトの研究をしている魔術師を捕らえ、アジトの一番奥にある巨大倉庫の中にエテルネルライトと共に閉じ込め、監視下に置いたのである。
捕われた魔術師はその倉庫から外へ出ることを一切禁じられた。
ハングたちは、このエテルネルライトという謎めいた石で金儲けが出来るのではないかと読んでいたのだ。
また、研究内容を吐かせ、目を輝かせた。
 
エテルネルライトがあれば不老の薬を作れるかもしれない。
エテルネルライトを使えば永遠の命を手に入れることが出来るかもしれない。
エテルネルライトさえあれば、どんなことも出来るようになるかもしれない。
その石の力は無限大だった。
 
魔術師は、エテルネルライトの中に閉じ込めた生き物を、生きたまま取り出す実験を重ねていた。
小さな虫から、動物まで。
捕らえられたマスキンの子供は5匹。そのうちの4匹は実験の失敗によって命を落としていた。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -