voice of mind - by ルイランノキ


 百花繚乱35…『巣立ち』

 
グリーブ島の東北には地上15メートルの岩山がある。その岩山には地下道へと続く入口がある。
地下は二種類の構造になっており、ひとつは罪人を捕らえていた牢獄、もうひとつは行く手を邪魔する迷路洞窟になっている。その一番奥には伝説の武器が納められた宝箱が眠る部屋がある。
 
そしてその部屋への侵入を塞ぐように、シドとルイの前に鉄製のドアが立ちはだかっていた。
 
「このドアは簡単に開くのか?」
 と、シドは額の汗を拭った。
「テオバルトさんが“宝箱を持ってきて欲しい”と言っていましたし、それは宝箱を見た、ということなら開くのでは? 鍵穴のようなものはありませんし」
 
シドは一先ず、鉄製のひやりと冷たい扉に耳をつけ、中の様子を窺った。物音や振動といったものは感じられない。
シドは後ろに立っていたルイに目をやった。
 
「念のため回復薬、手に持っとけ」
「はい」
 
ルイがシキンチャク袋から魔力の回復薬を取り出すと、シドと目配せをした。
 
シドは重量感のあるドアに手を掛け、体重を乗せた。
こういったドアは大抵、押して開くようになっているのだ。中にいる何物かが中からドアを押して飛び出さないように。
 
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堤防の上にいたヴァイスは、森のざわめきを感じていた。森を一瞥したあと、岩山に目を向けた。
洞窟に入ったルイ達の身になにか起きたのだろう。
 
その頃、囲炉裏のある部屋へ移動していたアールも外の空気の変化に気づいていた。
 
「今のは……?」
「伝説の武器を見つけおったな」
 と、テオバルトは囲炉裏の前で胡座をかき、熱いお茶を啜った。
 
そこにシオンがアールへお茶を運んできたが、テオバルトとは目も合わさずに隣の部屋へ移動した。
 
アールはお茶を一口飲み、窓を見遣った。
 
「嫌な予感というか……なんか不安です」
「そうじゃろうな。伝説の武器が置かれた部屋には気味悪い魔物がいる」
「魔物……洞窟内に現れる魔物とは別の?」
「あぁ。後ろ姿は吸血コウモリに見えなくもないが、奴はコウモリじゃない。人間の生首なのじゃよ」
 
アールは眉をひそめた。もうアンデッドのような魔物は勘弁だ。
 
「生首……?」
「人間の頭部でな、耳はコウモリの翼の様に大きく、それを羽ばたかせて飛ぶんじゃよ。それはもう気味が悪い」
「想像しただけで無理です……」
 
アールの横ではカイが眠っている。
一緒に寝ていたはずのマスキンの姿はなかった。
 
「まぁあの二人なら大丈夫じゃろ。武器も強化してやったことだしな」
「そうですね、私とカイじゃ不安だけど、あの二人なら大丈夫」
 と、アールは寝ているカイを見遣る。
 
無表情で夢を見ているカイはいつもふざけているイメージと異なり、黙っていれば男前だ。
 
「ところで」
 と、アールは隣の部屋を見遣りながら言った。「シオンとなにがあったんですか?」
 
シオンが怒鳴りながら家を飛び出してきたときから、二人が会話をしている様子はなかった。
 
「二十歳になる前に、村を出ることを条件に匿っておるんじゃ」
 と、テオバルトは目を閉じた。
「谷底村のしきたりですね」
「そうじゃ。わしはカスミ街から逃げようとしていたシオンに手を貸した。その代わりに時折でいい、島の手伝いをしてほしいとな」
「畑の手伝いとかですね」
 と、アールは相槌を打った。
「うむ。しかしシオンの面倒を見ているのはわしではない。あくまでカスミ街から逃げてきた少女らの仲間として谷底村で生活させている。だから村のしきたりを守らねばならん」
 
アールはテオバルトが言わんとしていることを憶測で考えた。
 
「シオン、村に残りたいって言ったんですか?」
「そうじゃ。正確には村ではなく、この島で生活したいとな」
 
テオバルトは足元に置いていた湯呑みを持ち、少し冷めたお茶を啜った。
 
「それって一応、谷底村からは出るわけだから、しきたりに反してはいないと思うのですが」
 アールもお茶を啜る。
「村へすぐに戻れる場所にいて何が自立じゃ。カスミ街から逃げ出す覚悟をした時点でゆくゆくは村を出て自立し、村に恩返しをする意志がなければならん。ただ人に甘えているようじゃ、ろくな大人にはなれん」
 
アールはテオバルトから目を逸らした。自分に言われているようだったからだ。
自分はもう21だと言うのに実家暮らしでダラダラと生活をしていた。一人暮らしをする気なんてさらさらなかったし、考えたこともない。
 
「わしはシオンの親ではない。いつまでも面倒は見きれん。いつまで生きられるかもわからんからな。それにこれから自分の足で生きていく場所を、始めから用意された場所に決めるのは甘えじゃ」
 
アールは昔テレビで親鳥が子供を巣から突き落としている映像を観たのを思い出していた。
中には弱い子供を見捨て、他の生命力のある子供達に餌を与えるという鳥もいたけれど、テオバルトの場合はある程度大きく育った子供を独り立ちさせるために巣から突き落とす親鳥の気持ちなのだろう。
 
谷底村からグリーブ島に飛びたっても、翼を広げて飛び回るには狭すぎる。
危険が少なく、学ぶことも限られる。
 
「生きるということは、人生を旅するということじゃよ。様々な経験と向き合い、学び、知恵を得て、魂と共に肉体が成長してゆく。それが生きるということじゃ。せっかく生まれてきたというのに人生の舞台の殆どをこの小さな島で過ごすなど勿体ないと思わんかね。しかしシオンは自分の人生は自分で決めると言ってわしの言うことを聞かんのじゃ」
 
アールは少し考えて、困惑したように言った。
 
「どちらの言い分もわかるなぁ……」
 
シオンはドアを閉めた隣の部屋で、本棚に寄り掛かって座っていた。
アールとテオバルトの会話を聞きながら、抱えた膝に顔を伏せた。
 
──じいちゃんのバカ……。
 
シオンには親がいなかった。だからこそテオバルトを親代わりとして見ていた。
あとどのくらい一緒にいられるかわからない。自分が今より立派に成長して親孝行ができる頃までテオバルトが元気でいてくれるか不安だった。
 
だからなるべく今からテオバルトの側で、手伝いをしたいと思っていた。
鍛冶屋を継ぐ覚悟さえもしていたくらいだ。
でもそれをテオバルトは望んでいなかった。

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