voice of mind - by ルイランノキ


 百花繚乱32…『シャグランの種』

 
時刻は午後6時を過ぎていた。
一度帰宅したルイとシドは、漸く作業場から出て来たテオバルトから武器を手渡された。
シドが愛用していた刀も、ルイのロッドも少しだけ重さが増しており、装備品が増えていた。
 
「強化してあんのか? ちゃんと使えるんだろうな?」
 シドは刀をまじまじと眺めた。
「おぬしらの腕次第じゃの」
 と、テオバルトは首に掛けていたタオルで額を拭った。
 
「では早速洞窟へ行きましょう」
「宝がある場所に入れるかはわかんねぇけどな」
 
ルイは夕飯の下ごしらえを済ませており、お腹が空いたら先に食べてくださいとシオンに伝えて外へ出た。
 
「シド君、気をつけてね」
 と、シオンが玄関先まで出向き、見送る。
「心配されるほど柔じゃねぇよ」
 シドはぶっきらぼうにそう言って、ルイと共に岩山へ向かった。
 
入れ違いにカイとマスキンがお腹を空かせて戻ってきた。スーもカイの頭に乗っている。
 
「シオンちん、玄関まで出迎えてくれるなんてありがとう」
 カイは感極まった。
「違うよ。さっきシド君たちが岩山の洞窟に向かったの。私は見送ってただけ」
「まぁまぁ、いいからいいから」
 と、カイはシオンが照れ隠しにそう言ったのだと誤解した。「アールはぁ?」
「アールはまだだけど」
 
カイは居間に移動し、直ぐに寝転がった。ごろごろと体を揺らす。
 
「えー、捜してきてよぉ」
「カイが行きなよ心配なら」
 仁王立ちでカイを見下ろすシオン。
「えー」
 と、カイは鼻をほじる。「めんどくさ」
「もう……」
「デイズリんは?」
「知らない」
「ボーゼじいやんは?」
「作業場かな。あ、カイの刀も強化し終えたみたいで作業場の壁に立てかけてあったけど」
「ふうん……」
 
カイの目は瞼が半分閉じていた。
眠い。非常に眠い。でもシオンとお話しがしたい。白目になるカイ。
 
「取ってこようか? カイは行かないの? 洞窟」
「…………」
「カイ?」
「寝たようですけど?」
 と、マスキン。
「はやっ! シド君とは大違いね!」
 
シオンは呆れたように腰を下ろした。シドとのジョギングを思い出し、顔が綻ぶ。
 
「シドさんといい感じにでも?」
「やだスキマスンったら」
 そう言いながらも満更でもない顔。
「ルイさんは魅力的ではないのですか?」
「ルイ君は……いい人!」
 
どの世界にも“いい人止まり”はいるものだ。と、マスキンは思った。
豚の世界にもいい人ならぬいい豚止まりのやつはいる。
 
「でも結構夜になると狼になっちゃうかも! キャーッ!」
 シオンは自分で言いながら顔を赤らめた。
「は? 人間が狼に? 狼男と言うわけですか? え?」
「違う違う、言葉のあやだよ。ルイ君っておとなしそうじゃない? でも夜になると……『理性が保てません』とか言って強引に抱き寄せられてそのままベッドに……キャーッ! ちょっとスキマスン変な想像させないでよ私はシド君派なのにぃ!」
 
ひとりで騒いでいるシオンを見て、マスキンは隣で寝ているカイと同類だなと思った。
たかが妄想にここまで入り込んで騒げるのだから、人間は面白い。
 
「そこにシド君が現れて『俺のシオンに手ぇ出してんじゃねぇよ』なんて! あーっもうヤバーい!」
「…………」
「ヤバくなーい?」
「そこにカイさんは登場しないんですか?」
「しない。」
「そうですか」
 
自分はのけ者にされているなど知りもしないカイはむにゃむにゃと気持ち良さそうに寝返りを打った。
 
ルイ達が岩山へ向かっている最中、アールは島の南東にある墓場に来ていた。
一面黄色い花でうめつくされている墓場。不気味さは全くない。これなら深夜に肝試しをしたとしても怖くないだろう。
 
時折樹々の隙間から柔らかい風が通り抜けて花を揺らした。気持ち良さそうに風に揺れる花に心癒されながら、空を見上げた。
 
──さっきのはなんだったんだろう。
 
墓場に足を運んだのにはわけがあった。ここから白い綿のようにも見えた発光体が幾つも浮遊し、空へ舞い上がってゆくのが見えたのだ。
 
それは以前もどこかで見たような気がした。
 
「どこで見たんだっけ……」
 
そう呟いたアールの肩に、ポンと人の手が落ちてきた。
 
「ぎゃああぁぁっ!」
 身を構えながら振り返ると、アールの悲鳴に驚いたデイズリーが両手を上げて立っていた。
「そんなに驚くなよ、なにもしねぇって……」
「な、なんだテオバルトさんか……」
「俺はデイズリーだよ」
 と、デイズリーはしゃがみ、草むしりを始めた。
「ごめんなさい。誰もいないと思ったから……」
「墓を荒らしに来たのか?」
 デイズリーは草むしりをしながら訊く。
「そんな趣味はないですよ」
 と、アールも腰を屈め、草むしりを手伝いはじめた。
「宝があるかもしんねぇぞ」
「お墓の中に?」
「衣類やら身につけたまま土葬されてんだ。金目のものがあるかもしれねぇ」
「罰が当たるから嫌ですよ。罰が当たらなくてもお墓を荒らすなんて悪趣味過ぎます」
 
アールがそう言うと、デイズリーは笑って「そうだな」と言った。
 
「イエロー・ル・シャグランですよね」
「あぁ、綺麗だろ?」
「ここにしか生えてないけど、デイズリーさんが植えたんですか?」
 と、アールはデイズリーを見遣った。
「あぁ。この花は一度植えると枯れるときに種を落としてまた自ら咲くからな。植えたのは随分前だよ。まぁ悪環境だといくら種を落としてもうまく咲いてはくれねぇが」
「へぇ……」
「へぇって知らねぇのか?」
 と、デイズリーは手を止めてアールと目を合わせた。
「え?」
「たんぽぽと並ぶ有名な花だぞ」
「あ……そうですよね」
 
アールが曖昧な反応をしたため、デイズリーは本当に知らなかったのかと驚いた。
 
「花屋には必ずありますもんね」
 と、アールは一か八か言いながら、草むしりを再開した。
「そりゃ大袈裟だ。まぁ花となって売ってなくても種は必ず置いてありそうだが……」
「咲いては枯れて種を落とし、また咲いては枯れて種を落とす。その輪廻が終わるのは環境次第ですか? なにものかの手が加わらないとして」
「妙な質問をするんだな……」
「え、そうですか?」
 アールは手をパンパンと叩いて手についた土を落とした。
「なにものかに荒らされたり環境の変化じゃなくても、輪廻が終わることはある」
「例えば?」
 
不意にデイズリーが立ち上がったため、アールも立ち上がった。
 
「自然に咲いた花は別だが、一度人の手に渡り人の手によって植えられたイエロー・ル・シャグランは、咲く必要が無くなったときに輪廻を終える。そこに悲しみや苦しみがあるからいつまでも咲き続けるんだ」
 
辺りは薄暗くなりはじめていた。
そろそろ帰るか、と、デイズリーは墓場を後にした。
アールも一緒に帰ろうと、墓場を出た。
 
「シャグランの花の種っていくらくらいするんですか?」
 アールがそう尋ねた。
「欲しいのか? 欲しいならいくらでもやるぞ、さっきの墓場でとれた種が大量にあるんだ。たまに市場に持って安く売るんだが、大した金にはなんねぇしな」


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