voice of mind - by ルイランノキ |
「シオーン!」
アールは堤防の上を走りながら呼び掛けた。
シオンは船に乗ってアールを見上げた。
「アール……」
「シオン、なにしてるの?」
息を切らし、堤防の上にしゃがみ込んで眼下を見遣った。
「ちょっとね」
と、シオンは船体の中央にある狭い操舵室に入った。
嫌な予感がしたアールは声を張り上げた。
「シオン、ルイが昼食出来たよって!」
操舵室に入ったシオンからの返事はない。
「シドも戻ってきてるよ?」
そう言ってみたけれど、返答はない。
暫くして、船のエンジンが掛かった。嫌な予感は的中した。船に乗っているのはシオンだけだ。
「シオン! 運転出来るの? 危ないよ?!」
アールはシオンに呼び掛けながら、携帯電話を取り出してルイに掛けた。
「デイズリーが運転してんのよく見てたから大丈夫よ」
と、シオンは操舵室から顔を出して言った。その顔は決してふざけているようではなかった。
「見てただけっ?!」
そう言ったと同時にルイと電話が繋がった。
船はゆっくりと動きはじめた。
「ルイ! 今すぐ来て! シオンがひとりで船運転しちゃう!」
もっとわかりやすく説明したかったが慌てているため、そう伝えた。
ルイは電話の向こう側で、アールの慌てようからしてシオンは船の運転が出来ないのかもしれないと悟った。
「すぐ行きます!」
ルイは電話を切った。
昼食を食べ終えて再び洞窟へ向かおうとしていたシドと、再び作業場に向かおうと立ち上がったテオバルトにルイは言った。
「シオンさんが船を動かそうとしているようです」
「なにを言うておる」
と、テオバルト。「シオンは運転出来んぞ」
「だから問題なのですよ。あの船は常に結界が張られた状態なのですか? それとも結界を張るにはなにか手順が?」
ルイが焦りを押し殺して尋ねると、テオバルトの表情が一気に曇った。
「急ぐぞ。女も一緒か?」
と、シドが言う。
「えぇ、ただ……武器はこちらで預かっています」
「…………」
2人は愛用の武器をテオバルトに託していたため、一時的に返してもらうと慌てて家を飛び出して行った。
カイはそんな2人を俯せに寝転がったまま見送った。
「スーちん、俺たちも行く?」
スーは体から小さな両手をつくり、ペチペチと叩いた。
「おっけー。じゃあボーゼじいちゃんは待っててよ」
と、カイは立ち上がってテオバルトに言った。
「おぬしらに任せておいて大丈夫なんじゃろうな……?」
「まっかせなすわぁーい。でも一応ビビアン返して」
「ビビアン……おぬしの武器か。今強化している途中じゃ。予備の刀を貸そう」
テオバルトは作業場に向かった。
「スーちん、これって浮気になっちゃうじゃんねぇ」
スーはカイの頭の上で手の平を上に向け、呆れたように“頭”を振った。
その頃アールは堤防から飛び降りる覚悟で船に着地する狙いを定めていた。
──骨、折れるかな……。
岸から離れてしまったら誰が彼女を止められるだろう。
アールは意を決してジャンプした。堤防の高さは水面から15メートル。
うまく船の中に着地出来そうだと思った瞬間、ひやりとする。
船は結界が張られているだろうか。その結界は出入り自由な結界だろうか。
──ダーン!! と凄まじい音と揺れに、シオンは操舵室のガラス越しにアールを見遣った。
「アール!! なにしてんの?!」
「くっ……」
四股を踏んだ後のようにがに股に開いた両足から、頭のてっぺんまで電気が走った。
ぶるぶるっと身を震わせ、アールは膝をついた。
「無茶なことしないでよ!」
そう言いながらも発進させた船を止める気はないらしく、右に旋回し、堤防が途切れている間を抜けてゆく。
船体の右側が堤防に擦れ、耳を塞ぎたくなる音が響いた。
そこにルイ達が森から飛び出して来た。
「アールさん! シオンさん! 危険ですから戻ってください!」
アールの目に、シドも走って来るのが見えた。
「シオン、ほら! シド来たよ!」
痛む足を我慢して操舵室を覗き込んだ。
「か、関係ないし!」
関係ないわりに動揺している。
「シオンを心配して来てくれたんだよ! 引き返そうよ! ていうか結界張ってる?!」
「あっ」
「…………」
──“あっ”て……。
一気に不安が押し寄せてきた。シオンは操舵室の中であたふたと身の回りを確認している。
「まさか結界の張り方しらないとか言わないでよ……?」
「た、多分大丈夫。そういうのなさそうだから多分常に結界は張られてるはず」
「“そういうの”ってなに……」
「結界を張ったり出来そうなやつ? よくわかんない」
「よくわかんないのに船動かさないでよ!」
アールは操舵室に手を伸ばしてシオンの腕を掴んだ。
「勝手に乗ってきたのはそっちでしょ!」
「それはそうだけど!」
「舵とってんだから離して!」
「とれてないし!」
アールとシオンが揉み合っている中、ルイたちは海を前に立ち尽くしていた。
船は堤防を抜け、どんどん離れてゆく。
「だから女は面倒くせんだよ」
シドはそう言って堤防を見遣った。さすがに人間離れしたシドのジャンプ力でも15メートルの高さまで跳ぶのは不可能だった。
壁を蹴り上げて二段階ジャンプをしても無理があるだろう。
「シドさん、僕が結界を張ります」
と、ルイは言った。
「海に浮かぶ船を囲むのは無理だろ。半分海に浸かってんだから」
「いえ、ここに張ります。なるべく大きな結界を張りますから、足場にして堤防へ」
「あぁ……了解」
ルイはロッドを振るい、堤防より半分の高さの結界を作り出した。
シドは結界に飛び乗り、堤防へ跳び移ったのだった。
Thank you... |