voice of mind - by ルイランノキ


 相即不離34…『未知なる力』

 
「ここは……罠の気配がしませんね」
 ルイは辺りを見回しながら呟いた。「やはり特別な場所なのでしょうか」
「──おいルイ! 手ぇ貸せ! ちびっこに」
「ちびっこ言うな!」
 
マンホールから手を伸ばすアールの腕を掴み、ルイはひょいと引き上げた。
 
「大丈夫ですか?!」
 ルイはギョッとした。アールの背中が水中から上がった瞬間に血で滲んだからだ。
「河童にやられたの。傷治す薬あるかな。──それよりルイは大丈夫? やっぱりさっきから顔色悪いよ」
「僕の心配をしている場合ではないでしょう!」
 と、ルイはシキンチャク袋から薬を出して、アールの背中の傷を塞いだ。
 
それから予備の防護服を取り出し、アールの肩に掛けた。
残りの3人もマンホールから出ると、一先ず蓋を閉めた。
 
「お宝はどこだよ」
 
辺りは草木が生い茂っていた。
二本足で立ったマスキンは鼻をクンクンと動かした。
 
「こっちです。風に運ばれてくる匂いで道がある方角がわかりますけど?」
 と、走り出す。
 
一行は後を追った。
 

──あの時見たものは、
 
ただただ美しく神々しく、それでいて、痛ましいもの。
 
ルイ、カイ、シド……
3人はあれを見てなにを思っていたの?
 
“恐怖”はなかったのかな
 
私は なかったよ。
恐怖なんかなかったよ。なかった。
 
あの時の私は純粋に綺麗で、心奪われて、時めいた。
 
そして痛んだ。チクリと。
意味もわからずに。

 
一行は細い道に出た。
心なしか冷たい風が流れてくるのを肌に感じていた。
 
一歩ずつ、魔術師が数百年もの間隠し続けていた場所に、彼らは足を踏み入れる。
 
しんと静まり返ったその場所で誰もが足を止め、息を呑んだ。
金縛りにでも合ったように動けなくなり、息をするのも忘れる──。
 
アールの目に映るそれは、クリスタルのようだった。
 
樹々の隙間から差し込んだ微かな光が幾重にも反射して輝きを増している。ダイヤモンドにも劣らず神々と輝きを放ち、訪れた者を囲むようにそびえ立っている。
刀剣の刃を天に向けているかの如く先は鋭く尖り、彼女達を神聖なるこの場所に迎え入れたのである。
 
小さいものから見上げるほど大きなものまで存在し、アールはあまりの迫力にため息をついた。
 
「これは……なに? クリスタル?」
 アールがそう呟くと、ルイは静かに首を振った。
「違います……エテルネルライト……」
「エテルネル……?」
 アールは詳しく訊こうとしたが、ルイはそのエテルネルライトの輝きに目を奪われているようだった。
 
それはシドやカイ達も同じだった。
アールは高鳴る胸を押さえた。こんなに美しいものを見たことがなかった。じっと見つめていると吸い込まれて我を失いそうになる……。
ふいにアールの視界で何かが動いた。マスキンだった。
マスキンは辺りを見ながら奥へと歩いてゆく。アールはこのとき初めてまだ奥に道が続いていることを知った。
 
「どこ行くの?」
 アールはマスキンを追いかけ、声を掛けた。
「向こうにはなにがあるのか気になりましてね? えぇ」
「綺麗だよね、……名前なんだっけ」
「は? え?」
 と、マスキンは足を止めて振り返った。
 アールの膝下しかない身長でアールを見上げる。
「エテルネルライトですよ。ど忘れですか?」
「あ、ごめん、知らなくて。クリスタルかと思ったの」
 
アールがそういうと、ぽっかりとマスキンは口を開けて驚いた。
 
「冗談でしょう? は? エテルネルライトを知らない? は? 人間なのに?」
「そんな言い方しなくても……」
 アールは苦笑した。
「これを見てください」
 と、マスキンは道の端にあった親指サイズのエテルネルライトを見遣った。
 アールはマスキンの隣に立ち、腰を屈めた。
「ちっちゃいね、可愛いけど綺麗」
 こんなに小さくてもうっとりとする美しさだった。
「魔術師や魔導師の間でこのサイズのエテルネルライトがどれほどの価値で売られているかご存知ですか? ご存知ないですよね? 5000万ミル以上しますよ。大きい方ですよ。は?」
「えぇッ?!」
 アールは驚いて立ち上がった。「じゃあさっきのおっきいやつ……家買えるどころじゃない!」
「城がいくつも建てますね」
「信じられない!」
 
そりゃみんな立ち止まって動かなくなるはずだ! と、アールは納得した。
 
「え、でも今、魔術師や魔導師の間って言った?」
「は? はい。そんな高額を叩いてまで手に入れるのは魔術師か魔導師くらいですが? エテルネルライトは未知なる力を秘めていると言われてるんです。これさえあればどんなことも可能になると。まぁ使う人次第ですけど」
「詳しいんだね」
「…………」
 マスキンは突然黙り込み、視線を落とした。
「……どうしたの?」
 
マスキンが再び歩きだしたので、アールは後をついて歩いた。
 
「カスミ街で家畜として飼われていたときのご主人様も魔術師でした。私の子供を実験台に使ったのです。私の子供を……」
 と、立ち止まる。「あのように閉じ込めたのです」
「え?」
 
マスキンは見上げていた。アールは視線の先を辿り、言葉を失った。
目の前には別のエテルネルライトがそびえ立っていた。その中に、人間の子供が閉じ込められていたのである。まだ10才にも満たない男の子だ。
 
アールは思わず駆け出し、子供が閉じ込められているエテルネルライトに触れようとした──
 
「触らないでくださいッ!!」
 喉を擦り切るほどの声に、アールは体をビクリと震わせた。
 手を引っ込め、振り返る。険しい顔をしたルイが立っていた。
「ごめん……」
 謝るアールの元にルイは歩み寄った。
「声を荒げてすみません……。エテルネルライトは汚(けが)れのないことで力を保てるのです。むやみに触れてしまったらエテルネルライトは形を崩し、この子は死んでしまう……かもしれない」
「え、生きてるの……?」
 いつから? アールは食い入るように見上げた。
「今は生きてると思います。断言は出来ません。実際、人間が閉じ込められているのを見たのは初めてですから……」
 
ある魔術師の実験にエテルネルライトが使われた。そのときは小さなエテルネルライトに小さな昆虫を閉じ込め、実験から10年後、魔術師の手によって再びエテルネルライトから取り出されたその虫は、長い間眠っていたなど考えられないほど元気に動き回ったという。
ただし一度でも人の手や汚れが付着すると、ダイヤモンドよりも硬い物質であったはずのエテルネルライトは氷が溶けたように形を崩し、中に閉じ込めていた昆虫はばらばらに散ってしまったという。
 
マスキンはエテルネルライトの中で眠り続けている人間の子供と、かつて実験台に使われた我が子を重ね合わせた。
 
「エテルネルライトは恐ろしい石です。生き物を“死”という本来逃れられないものから切り離す。そんな風にも言われているのです」 
 そう言ってマスキンは話を続けた。
「エテルネルライトを使えば不老不死の薬もつくれるのではないかと言われています。石ころ程度の大きさでは力は小さい。だから魔術師や魔導師たちはこぞってエテルネルライトを手に入れようとするのです。違いますか?」
 
マスキンは悲しげにルイを見上げた。
ルイは口を閉ざしたまま、小さく頷いた。
 
「我が子はまだカスミ街にいるかもしれないのです。私は我が子を迎えに行きたい。必ず迎えに来るからと、エテルネルライトの中に閉じ込められた息子たちに言いました。だけど……私の息子を実験台にした魔術師がまだいるのかと思うと……私だけの力では……」
「だからカイに頼んだの?」
 アールはしゃがみ込んでマスキンと目を合わせた。
「え? はい。あの方は無垢な目をしています。そう思ったんです」
「うん、正解かな。見る目あるね」
「恐ろしい人間の目は見慣れましたから。カイダヨンさんの目は初めて見ました」
「カイダヨン?」
 
──と、突然背後から銃声がしてルイは慌てて駆け出した。
アールも後を追ったが、ヴァイスが銃口を向けていた先に河童が倒れていた。
 
そうだ、もう1匹いたんだった。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -