voice of mind - by ルイランノキ


 相即不離29…『マスキン』

 
カイは丸太に座り、お茶を啜っていた。
 
「いやぁー、助かったよぉ。ねぇスーちん」
 
スーは木の丸い座卓の上に置かれた木のコップの中で水に浸かり、一息ついていた。
 
カイは洞窟の中にいた。洞窟の奥には藁が敷かれ、5匹のこぶたが眠っている。みんな色違いのTシャツに、同じオーバーオールを着ていた。
 
「ところであなたがたは自殺者ではないのですか?」
 と、カイを助けたブタが言う。体長はカイの膝くらいしかない。
「あなたがたって? スーちんも?」
「は? いえ、穴に落ちているあなたを見つける前に人間のメスの叫び声を聞いたんですが?」
「あぁ、アールかぁ……大丈夫だった? 自殺者じゃないよ。この森を抜けて、なんとかっていう街に行くんだ」
「カスミ街ですか? あの街に行くんですか。しかしですね」
 と、ブタは座卓を挟んで反対側に置かれた丸太に腰掛けた。
「難しいと思いますが? あなたがたあの気色悪い生き物を攻撃しましたでしょう。出られっこありませんよ。ははは……は?」
「その『は?』とかやめろよぉ。イラッとくる」
「え? あぁ、すみません。ご主人様の口癖だったもので……」
 
ブタは“は?”と言いたくなったのを堪えた。
 
「ご主人様ぁ? ていうかぁ、気色悪い生き物ってどれのこと? 君はなにものなんだい?」
「私に人間の言葉をくださったのは……あぁ、喋ってはいけませんでした。ある魔術師の方です。この森を守り続けている」
「喋ってんじゃん。へぇ、そんなんいるんだぁ、なんで守ってんの?」
「ですから喋ってはいけないのですよ。この森に隠された場所を守ってます」
「喋ってんじゃん。その場所にはなにがあるのぉ?」
「喋りたいんですけど知らないんです」
「喋りたいんかい。その場所に行く方法は知らないのー?」
「知っていると言ったらご主人様に怒られますよ」
「知ってるんじゃん」
「は? え? あぁ、いえ、知らないんです」
「お前おもしろいねぇ」
 と、カイは愉快に笑った。
「そうですか? しかしですね、“お前”はやめていただけますか? 私スキマスマキスと申します。えぇ」
「すきま……なんだって?」
「マスキングテープと申します」
「さっきと違うじゃん」
「スキマスマキス・マスキングテープです」
「…………」
「…………」
「マスキン」
「いいですね。そう呼んでくださいまし。で、貴様は?」
「きさま? カイだよん!」
「そうですか、改めて宜しくお願いします、カイダヨンさん」
「……いや、ちがう」
 
マスキンはカイにご馳走を用意した。美味しそうな肉とサラダだったが、肉はカイを追い掛けていた獣の肉で、サラダには焼いた芋虫が乗っていた。
 
「え、おいしいですよ?」
「ちょっと……無理かなぁ」
「人間はわがままですね」
 と、マスキンはカイの前に寄せていたお皿を掴んで自分の前に移動させた。
「そうかなぁ、食べれるものと食べれないものがあるのはどんな生き物も同じだと思うよぉ?」
「人間は我々を食べますね」
「え……あー、マスキンは食べないよ。豚は食べてたけど。昔ね、昔。今は動物もあまりいないし食べないよ」
「人間が食べたからですか?」
「え? うーん、魔物が溢れてるからねぇ」
「魔物だけが食べたんですか?」
「うーん……」
「牛、豚、ヤギ、鳥、他にも沢山食べていますが、色々な生き物を食べないと人間は生きられないのですか?」
「ううん、生きられるよ」
 カイはテーブルに顔を伏せた。「酷いよねぇ……」
 
マスキンは暫くカイを見つめていた。
 
「彼女は言いました。我々も人間と同じ言葉を喋ることが出来たらむやみやたらに殺さはしないと」
「……彼女?」
「あ、言ってはいけませんでした」
 と、マスキンは芋虫を食べた。
「魔術師かぁ、綺麗な人ぉ?」
「おばあちゃんでした」
「でした? 死んじゃったの?」
 と、カイは顔を上げると、マスキンはむしゃむしゃと芋虫を食べていた。
「生きてます」
「じゃあ若返ったの?」
「は? あ、すみません。若返ってませんけど? 芋虫食べます? あと一個ですけど」
 マスキンは芋虫を差し出してきた。
「ううん、マスキンが食べてよ。気持ちだけ貰っちゃう」
「そうですか」
 と、最後の芋虫を口に放り投げた。「チョコレートの味がします」
「え? やめてよチョコレート食べるたびに思い出すじゃーん……」
「つい最近までは彼女の顔を見たことがなかったんです。ですがうちの子たちが彼女に飛びつきましてね、深々と被っていたフードがズレて見えたんです。皺くちゃでしたけど?」
「ふうん。で、隠された場所に行く方法はぁ?」
「…………」
 
マスキンはカイに目を向けたまま無言で肉にかぶりついた。
 
「いいじゃん。どうせ行かないんだし」
「行かないんですか?」
「うん。行くわけないじゃん。俺はね、慎重派なの。ただ興味があって訊いてるだけ。実際に行くわけないじゃん。なにがあるかわからないそんな危険かもしれない場所に」
「洞窟の裏から行けますよ?」
 しれっとマスキンは言った。
「そんなに近いのにマスキン行ってみたことないのー?」
「変なのいっぱいいるんですよ」
 と、キャベツをかじった。「結界が張られていて入れないんですよ」
「ふうん。行きたくないけど何があるのかは気になるねぇ」
「ですよね。穴を掘ったのは私でした。すみませんでした」
「え、なに急に」
「え? 獣を捕らえるための落とし穴ですけど?」
「あぁ、俺が落ちたとこねー、気にしなくていいよぉ、助けてくれたし」
 
カイは鼻歌を歌った。
そんなカイを少し物珍しそうにマスキンは眺めていた。
 
「その結界を外さなくても入れる方法があるんですよ」
「えー、喋っちゃだめじゃーん」
「まだ喋ってませんよ。池の水を抜くんです」
「喋っちゃったじゃん。池って?」
「河童が住み着いている池がここから……うんメートル離れたとこにあるんです」
「うんメートルかぁ、遠いねぇ」
 突っ込みを入れてくれる者はいない。
「その池の底は洞窟になっていましてね、今は閉じられているんですけど、その洞窟を閉じた扉を開けば池の水が洞窟に流れ出るんです。その水がどこに行くかっていうと、私たちがいる場所の下を通り、更に森の外へ流れていきます」
「ガッツリ喋ったねぇ」
「え、行かないんですよね?」
「行くわけないじゃん」
「池の水が流れ出て行く途中、そう、ここの裏辺りに抜け穴があるんです。その穴から上にのぼると……」
「秘密の結界の中」
「当たりです。行かないんですよね?」
「行くわけないじゃん」
 
カイはお茶を啜った。
 
「で、その池の中の洞窟の扉を開けるのはどうするの?」
「喋ったら殺されます」
「……あれ、今度は喋んないのかぁ」
「私をカスミ街へ連れ出してくださるなら教えますよ」
「いいよー」
「扉の鍵は私が持っています」
「…………」
 

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©Kamikawa
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