voice of mind - by ルイランノキ |
「困りましたね。どの枝道にも罠が仕掛けられている気配を感じます」
ルイは自分達が歩いてきた本道の先に目を向けた。
「じゃあまっすぐ?」
「いえ、この先にも罠があるようです」
「え? じゃあどの道を選んでもダメってこと? じゃあ……戻る?」
「それが、戻った先にも罠の気配が」
と、ルイはアールと向き合った。「広狭魔法が発動されてから罠だらけです。僕の読み間違えでなければ……」
「その罠ってまたみんなバラバラになるの?」
「それはわかりません。なにか魔法の力を感じるのですが、何の魔法かまではわかりません」
「……じゃあ適当に選ぶ?」
そうするしかなかった。立ち往生は出来ない。
「感じる魔力の強さはどの道も同じくらいです。アールさんが決めますか?」
それはかなりのプレッシャーだ。
「ヴァイスはどの道がいい?」
と、アールは戸惑いながらヴァイスを見遣った。
森に目を向けていたヴァイスはアールと目を合わせたが、何も言わない。
「うぅーん……」
アールは腕を組んだ。
「僕が決めましょうか。ただ、何が起きるかはわかりません……」
誰が選んでも責任を感じるだろう。
「よしじゃあ、次に現れた魔物がいる方向にしようよ」
アールがそう言うと、ヴァイスが後ろを振り返って銃を構えた。
「ならば10メートル戻った先の左の道だ」
ヴァイスが言った道に目を遣ると、そこから吸血コウモリが顔を出した。
すぐに銃殺された魔物は地面に倒れて動かなくなった。
「ではそうしましょう」
ルイが先頭を歩き出す。アールは後を追った。
進む道は天に任せたような気分だったが、アールはふと思う。そのやり方を提案したのは結局は自分だ。責任感は拭えない。
枝道を歩き進めると、小さな池がある場所に出た。こういう場所には必ずなにかがいるのだ。
しんと静まり返った池が不気味だった。
「アールさん、僕の前にいてください。何か起きたら結界で囲みます」
道は池の周りを通って向こう側へ続いていた。池と森林の間はわずか50cmしかない。そこを通り抜けるか、池を避けて樹木の間を通って行くかしかない。
「どうする?」
池の幅は10メートル近くある。
ルイは両脇に広がる森に目をやった。なにも潜んでいないとは思えない。
「なにか気配感じる?」
「なんとも言えません……」
「池の周りを走って、池から何か出てきたら森に飛び込もうか」
「森に入られると木々が邪魔で結界をうまく張ることが出来ません。移送魔法を使いましょう」
あまり魔力を使いたくはなかったが、ルイはそう提案した。
「僕が先に向こうへ渡り、移送魔法で二人を移動させます。ただし何か起きたら直ちに来た道をヴァイスさんはアールさんを連れて戻ってください」
「ルイはどうするの? ルイは結界が使えるけど自分たちだけ逃げるなんてできないよ」
アールは不安げに言い、こう続けた。
「それにルイがいないとどの道を進めばいいのかわからないし、結局違う道を選んでもルイがいないと困るし」
「ですがほかに方法が……」
「戦うよ。ルイはここにいて自分に結界を張って身を守りながら私から目を離さないでいて。二人とも攻撃されたら大変だから。先に私とヴァイスが行く。何か現れたら戦うよ。ルイはそこから援護して?」
確かにその方法なら……。
ルイは「わかりました」と了承したが、気が気ではなかった。
アールは鞘から剣を抜いた。腰に掛けている鞘が邪魔なので小さくしてネックレスに戻し、ヴァイスと目を合わせた。
「じゃあ行くよ? 私は池に集中するから森の方お願い」
アールは池の周りをゆっくりと歩き始めた。体は池の方に向け、剣を構えながら進む。
一気に走り抜けた方がいいだろうか。
池の半分まで差し掛かったとき、静まり返っていた池から泡沫が浮かんできた。
足を止め、構えた剣に力が入る。
「気をつけてください!」
ルイが叫んだ瞬間、池の中から水しぶきを上げてそれは飛び出してきた。その姿を目に捉えたとき、アールは以前ルイがこんなことを言っていたのを思い出した。
河童は魔物ですからね。二足歩行で鋭い爪を持ち、一度標的に捕らえると見失うまで追い掛けてきて皮膚を剥ぎ取ろうとするのですよ
今目の前に現れたのは紛れも無く、河童だ。
「おっ……」──おっかない!!
アールの背後で銃声が響いた。目の前にいる河童に向けられたものではないことにすぐに気がついた。振り返る余裕もない。池から跳び上がってきた河童にアールは剣を振るった。嘴に当たり、河童は池の向こう側に弾き飛ばされた。
銃声は尚も背後で響く。
ヴァイスは一斉に現れたら吸血コウモリに銃弾を放っていた。次から次へと現れる。近くに住家でもあるのだろうか。
アールの刀剣に跳ね飛ばされた河童は一回転しながら綺麗に着地した。二本脚で立ち、体長1メートルくらいである。河童といえば緑色だが、茶色がかった緑だった。
河童はアールと池を挟んで睨み合っていた。頭にはきちんと丸い皿がある。ただ何年も使っていない皿のように汚れていた。その周りを髪の毛のようなもずくのようなものが垂れ下がっている。目は小さいが、丸く、黒目は小さかった。顔はしわだらけでおばあちゃんのようにも見える。異様に突き出した嘴は鋭く、いとも簡単にココナッツにも穴を空けられそうだ。
シャーッ! と河童は高らかに跳び上がった。アールに向かっておりてくる。
ルイはアールを結界で囲むべきか考えた。ヴァイスは吸血コウモリに苦戦している。もしアールを結界で囲んだら河童は間違いなくヴァイスを標的にするだろう。
アールは前転するように避け、振り向きざまに剣を振るった。しかし河童の動きは速く瞬時に交わされてしまう。額に汗が滲んだ。この大きな池から飛び出してきたのが河童1匹だけでは済まない気がしていたからだ。
池の周囲の地面は狭く、バランスを崩せば落ちてしまいそうだった。
河童は鋭い爪を向けてきた。アールは咄嗟に交わす。嫌なイメージが頭から離れない。池に落ちた瞬間に何匹もの河童が自分の体に纏わり付いて池の底へ連れていくのではないかと。
突然銃声の音が変わった。
ルイは思わずヴァイスに目を向けた。ルイは二人から離れた場所にいるため、ヴァイスに目を向けていてもアールが視界に入っている。
ヴァイスの武器が変わったように見えた。
そういえばヴァイスの武器は“魔銃”であった。どのような魔力を備えた銃なのかはわからないが、先程までと違いショットガンのように小さな弾丸が吸血コウモリを次々と撃ち落としていた。
銃が進化したように思えたが、もしかしたらシキンチャク袋の中にでもショットガンを入れていたのかもしれない。ヴァイスがシキンチャク袋を持っているところは見たことがないが。
アールは一先ず奥に続く道へ移動しようと試みた。池の真横で戦うよりはいいだろう。だが、それを阻止しようと河童が彼女の行く手を塞いだ。
アールは苛立ちながら剣を構えて河童に向かって走り出した。何度剣を振るっても避けられてしまう。自分のスピードが遅いのか。
息が切れはじめると再び河童が攻撃を仕掛けてくる。避けると同時に足がもたついて尻餅を着いてしまった。
ルイはロッドを構えたが、アールは地面の砂を掴むと向かってきた河童に思い切り投げた。砂が目に入ったのか河童は慌てて池の中へ逃げた。
アールは怯んだ隙に斬り付けようと思っていただけに、苛立ちが募る。
一息つこうとした瞬間、今度は5匹もの河童が池から飛び出してきた。
「…………」
少し心が折れそうになった。
Thank you... |