voice of mind - by ルイランノキ


 相即不離5…『セルポリア』

 
まだ光を放ち始める前の白く欠けた月が、ほんのりくすんだ空に浮かぶ中で、竪琴の音色が響いた。
風に揺られ、まるで唄うように木々や草花も共に音を奏でている。
男がふとアールを見やると、やはりどこか悲しげな笑みを浮かべ、竪琴の音色に聴き入っていた。
 
曲が終わるとアールは立ち上がり、優しい目で男を見据えながら拍手をした。
 
「凄く綺麗な曲! セル……なんでしたっけ」
「セルポリアだ」
「セルポリア……。覚えておきます!」
 
そう言ってアールは何度も頭の中で反芻した。
 
「詩人さんはおいくつですか?」
 と、アールは尋ねた。
 
失礼ながらなぜこんな陰気くさい場所で一人で暮らしているのだろうかと疑問に思う。帽子を深く被っていてよく見えないが、落ち着いた口調にしては若く思えた。ここで生活をしている理由も、なにかあるのだろう。
 
「シジン?」
「あ、名前、ないと言ってたので……。すみません」
「いや。年齢か……さあな。どれだけの年月が流れたのか、把握出来ていない。……二十代半ばあたりだろうか」
「そうですか、若いんですね」
「君のほうが随分とまだ若いようだが、なぜ旅をしている……?」
「ちょっと……色々ありまして」
 そう言うとまた、アールは悲しげに笑った。
 
心なしか二人の間に漂う空気がぎこちない。互いに互いを不思議がり、探り合っているようだ。
 
「あ、それより、私は21歳ですよ」
 と、アールは言った。
「なに……?」
「見えませんよね……。あ、もう少しここにいてもいいですか?」
 アールは辺りを見回した。魔物はあまりここには寄ってこないようだ。
「構わないが」
「よかった。歩き回っても仲間見つからないし、仲間も導かれてここにくるかもしれないので」
「導かれ……」
「音色です。さっき聴こえてきて、音を辿って来たんですよ、私」
「そうだったのか……」
「それと私、アールっていいます」
 
次第に薄暗さが増していく時間の流れに身を委ね、男はアールと他愛のない話を交わした。
他愛もない会話だったが、人に話したことなどなかった自分の過去を、いつしか自ら語り始めていた。それは、悲しげな笑みで話す彼女だがどこか安らぎを感じる空気を持っていたからかもしれない。人と話をしたのは、どれくらいぶりだろうか、と、男は思った。
 
「じゃあこれからもずっとここに?」
 と、アールは訊いた。
「そのつもりでいる」
「寂しくはないんですか?」
「……あぁ」
「そっか。あ、来たかな」
 彼女はそう言って立ち上がると、一点を見つめた。
 
暫くして、彼女が見つめていた場所に、人影が見えた。
 
「おーいっ!」
 と、彼女は人影の方へ手を振った。仲間が来たようだ。
「よく分かったな。 音に気付かなかったが」
「仲間? 匂いです」
「匂い?」
「私、半分モンスターなの」
 
──彼女はそう言ってまた、笑った。
 
「だから鼻が利くの!」
 
男が目をまるくして何も言わずにいると、アールは苦笑しながら言った。
 
「つっこんでくださいよ、そんなわけあるかぁ!って」
「冗談か」
「当たり前ですよ失礼な! 魔物に見えます?」
 
男はアールの笑みにつられ、微かに微笑んだ。彼女が笑えば笑うほど、悲しみが伝わってくる。
男はこれまで何度か旅をする者と出会っていた。皆、疲れたような表情で、多くを語らず、竪琴の音色を聴いていた。
鳴らした音色で彼等の疲れを癒し、再び旅へと向かう者達の背中を見送った。
 
しかし、彼女程の悲しみを感じたのは初めてだった。
音色で癒すことも出来なかったのだ。
 

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©Kamikawa
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