voice of mind - by ルイランノキ


 紅蓮の灯光16…『グレンデル』

 
「おかしな連中だな」
 と、男は言った。
「一対一になりましたよ」
 と、ルイは男を見据える。
「話し合いでも始めるつもりか?」
「僕たちを元に戻してくだされば、何もしません」
「500万だ」
「え?」
「報酬は500万。あんたが払うっていうなら、魔法を解いてやってもいい」
「たったの……500万……」
 と、ルイは奥歯を噛み締めた。
 
もちろんルイは、500万ミルという大金は持っていない。ただ、アールの命を500万で奪おうとしていた男に、腹が立った。
人の命に値段はつけられないが、それでも500万はあまりにも安すぎる。ルイは、ロッドを傾けると、男を捕らえていた結界を外した。
 
「ほう……払うつもりか?」
「いいえ。僕と一対一で戦ってください」
「何度も言うが私は戦いが嫌いだ」
 と、男はため息混じりに言った。
 
ルイは深く息を吸い込み、吐き出してから、男に尋ねた。
 
「アールさんのことをどこまでご存知ですか」
「上の連中がやけにアールという女に手を焼いていることくらいしか知らないな」
「上の連中というのは?」
「それは答えられない。口止めされている」
「そうですか……。人の姿を消す魔法は独自で得たものですよね? 姿を消す魔道具は存在しますが、魔法を操る者に出会ったのは初めてです」
「あぁ。それがどうかしたか?」
「僕は魔法学校を卒業しましたが、そのような魔法は習いませんでしたし、僕の父は魔法の研究者でもありましたが、聞いたことがありませんでしたので興味があります」
「興味を持つのは勝手だが、そんな話をしている暇はあるのか?」
「アールさんなら、シドさんがいれば大丈夫です」
「信用しているんだな。──消す魔法は確かに独学だ」
 
そう話し始めた男を、ルイは注意深く眺めた。
茶色いコートの下に、ネックレスがちらりと見える。魔法のスペルが刻まれていて魔道具であることは確かだ。
ふと、男が話しながら前髪をかきあげた。
 
「私はいくつも魔法を覚えられるほどの魔力を持っていない。だから一つに絞ったというわけだ」
 
袖から見えた腕時計に、ルイは目を止めた。しかし感づかれまいと一瞬見えたその腕時計を脳裏に焼き付け、直ぐに目をそらした。
 
「そうでしたか……。僕は魔力を制御するバングルを身につけています。これさえなければ、貴方の魔法など簡単に解除出来るのですが、残念です」
 
時計にしては妙だと、ルイは思った。アナログ時計のようだったが、針が重なるようにいくつも見えたように思う。また、ベルト部分には魔道具であるスペルが書かれていた。
そういえば……と、思い出す。魔法で姿を消される直前、男は時計をしている側の手を翳していた。
 
「消せる魔法なら、防御にもなりますし便利ですね」
 と、ルイは言った。
「なにを考えているのだ?」
 男はルイが何かを考えながら話していると感づいた。
「え……いえ。妙だなと」
「なにがだ?」
「永遠に持続する魔法は存在しない。ということは、姿を消す魔法にも時間制限があるはずですよね。その度に魔法をかけ直していれば、魔力は減っていく一方では? 回復薬で補うにしても、経費がかかります。失礼ですが、先程の話を聞く限りではお金に困っているようでしたので……」
「確かにその通りだ。しかし私には仲間がいる」
 
男の言葉に、ルイはハッと辺りを見回した。仲間がいるなど、考えもしなかった。
 
「姿を消しているわけではない」
 と、男は含み笑いをした。「あのスライムも、お前達の仲間なんだろう?」
「……仲間は人間ではないということですか」
「私は戦うのが嫌いだが、“彼”なら喜んで引き受けるだろう。空腹も満たされるからな。
仲間と戦いたいというなら、召喚してみせよう」
 そう言って男は、膝を曲げ、地面に手を置いた。
 
ルイは後ずさり、警戒を強めた。
男がスペルを唱えると、地面に魔法円が浮かび上がり、魔物がはい上がってきた。
 
「少々厄介な魔物を飼われているのですね……」
 そう言ってロッドを構えるルイの額から、汗が流れた。
 
──グレンデル。
水属性の魔物で、一見、二本足で立つ筋肉質なウシのように見えるが、その体に刀を刺せば忽ち体が液体のように歪み、傷一つ負わせることが出来ない厄介な魔物だ。
 
グレンデルは2メートルはある重い体を揺らしながら、巨大な拳を振り下ろしてきた。ルイは地面を転がるように避けると、グレンデルを結界に閉じ込めようとした。しかし、重い体に似つかわしくないスピードで交わされ、グレンデルの拳がルイの身体を突き飛ばした。
ルイは呻き声を出し、体は宙に飛ばされたが、着地する前に体制を整えて倒れ込むことだけは防いだ。
 
「スピードには敵わんだろう」
 と、男が言う。
「ログ街で今の自分が使える力の範囲を知れてよかったですよ……」
 
ルイはロッドを構え直した。グレンデルが地面を蹴って向かって来る。瞬時に動きを読み、グレンデルの脇を擦り抜けるように交わすと、男とグレンデルを一つの巨大な結界で囲んだ。
グレンデルは結界で囲まれる瞬間に逃げだそうとしたが、広すぎる結界の中で、行き場を失った。
 
「ほう……これほどまでに巨大な結界が張れたのか」
 と、男は表情を変えることなく言った。
 
ルイは大きな結界を張るために魔力を必要以上に消費してしまった。
 
「──まだ、終わっていませんよ」
 
再びロッドを構え、スペルを唱える。結界の中が白い霧で覆われると、グレンデルの動きがにぶくなり、足元から徐々に凍り始めた。
完全に氷と化したグレンデルを前に、男は微かに眉をひそめた。
ルイは男とグレンデルを囲んだ結界を外すと同時に、ロッドを振るって攻撃魔法を発動させた。
 
結界が外れ、凍ったグレンデルは男がいる方へと吹き飛び、男はグレンデルの下敷きになった。
 
「くッ……」
 男は苦痛に顔を歪ませた。
 
倒れたグレンデルの体が男の右腕にのしかかり、自力では引き抜くことが出来ない。
ルイは静かに男に近づいた。
 
「凍ったグレンデルを砕けば死にますが、殺すつもりはありません。少々体力は奪われますが、氷が溶ければ再び元気になるはずです」
「こいつのことはいいから早く助けてくれッ……右腕が鬱血して感覚がない!」
「魔物とはいえ、仲間に対してそれはあんまりではありませんか?」
「負けを認める。お前達にかけた魔法を解除してやる! だから──」
「約束ですよ?」
 と、ルイは、男に覆いかぶさっているグレンデルを押しのけた。
 

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©Kamikawa
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