voice of mind - by ルイランノキ


 紅蓮の灯光9…『闇の住人』

 
ひとりだと、仲間の存在がどれほど大きいものであったか、思い知る。
ひとりになった今、四方八方、気を張り巡らさなければならなくなった。
仲間がいたときは、シドが一番前を歩き、前方の魔物に気を配る。ルイは一番後ろで、背後から現れる魔物にいち早く気づく。そのため、アールが少しばかりボーッとしていても困ることはなかった。
 
「お腹空いた……」
 
アールは、どこかに宝箱が落ちていて、開けたら食料が!なんて、空腹のあまり有り得ないことを考え始めた。旅人と出くわして、食料を分けてもらう、とか。
空腹は集中力を妨げる。今度は食料を売っている自販機が現れたり、商人でもいいと思いはじめた。
 
そしてふと、思い出す。
 
雪斗がプレイしていたゲーム。旅の途中で商人と出会うことがあった。でもここはゲームの世界ではない。それでも類似するところがある。もしかしたらという期待は拭えない。けれど飲み物ですら転送自動販売機というもので売っていた。そんな危険な場所で商売する人などいないだろう。
 
そんなことを考えていたら、お腹が鳴った。何度目だろう。お腹空いたと口に出せば、余計にお腹が空きそうで堪えた。
限界が近づいてくると口に出しそうになる。暑い日も、つい暑いと口に出してしまう。
 
「…………」
 
アールは黙り続けた。額から汗が流れ落ちる。剣を握る手にも汗が滲んでいた。
もしかしたら仲間たちは、もう少し先で待っているのかもしれない。きっとカイが真っ先に走り寄ってきて言うんだ。「ビックリしたー? ドッキリでしたー!」って。
そしてルイが美味しい料理を作ってくれていて……シドはきっと、「お前が一人でどこまでやれるか試したんだよ」とでも言うんだ……きっと……。
 
暑さで体力も奪われてゆく。
気力のなさから足を引きずりはじめたその時、突然背後に気配を感じて振り返った。地面からナイフモグラが目の前に飛び上がってきた。ゾッと背筋が凍る──
ナイフモグラは振り返ったアールの顔を目掛けて鈎爪を振り下ろした。アールは咄嗟に左腕で顔を覆い、右手の剣を振るったが、間に合わなかった。顔を庇った左手に熱を帯びた深い傷を負う。
 
「痛ッ?!」
 
怯んだ隙に、再びナイフモグラの爪が振りかかってくる。アールは魔物の位置を目で確認するために顔を上げてしまい、魔物の爪がアールの頬に突き刺さった。頬の皮膚を削りとるかのように引っ掻かれ、血しぶきが飛んだ。
 
「い"ッ?!……勘弁してよッ!!」
 怒りに任せて振るった剣は魔物の頭上をかすめた。苛立って魔物の動きを読めない。
 
ナイフモグラは嘲笑うように地面の中へ潜り、アールの周りを走り回る。
 
「あーもう……」
 
頬を伝う血にさえも苛立ってくる。凹みきったお腹も、左手の傷の疼きも、風に靡く自分の髪も、なにもかも。情けなくて悔しくて、悲しくて、泣いてしまいそうな自分に一番腹が立つ。
 
「なんでっ……なんでみんないなくなっちゃったのよッ!!」
 
独りぼっちはやだよ
少しは強くなったけど、私はまだ一人で頑張れるほど強くはないから。
 
「──?!」
 
また、突然悍ましいほどの殺気を感じて背筋がぞっとした。感じる方へと目をやっても、なにもいない。
 
「なに……?」
 
本能だろうか。身に危険を感じた。殺気じみた荒々しい気配をより一層強く感じ取った瞬間、アールは剣を大きく振り払ったと同時にナイフモグラが地面から飛び出してきた。まるでアールの剣に斬り殺されようと自らタイミング良く飛び出してきたかのようだった。
 
「なに……今の……」
 
横たわるナイフモグラを見据え、さっき感じた殺気はこの魔物のせいだろうかと思う。
 
「……どんだけ私を殺したかったの?」
 
それからというもの、妙な殺気のおかげで魔物が出現する場所をいち早く気づけるようになった。仕留めるタイミングも、狂いがない。はじめは魔物が発する殺気かと思っていたが、なにか別の気配を感じた。それがなにかはわからない。
 
夕暮れ時。アールの足取りはふらついていた。空腹でお腹を何度もさすったが、さする行為になんの意味があるのだろうと思う。
小さな小石に躓きそうになった。
 
「まだ……歩こうかな」
 
そう口に出したものの、足を止めてしまう。──明日がんばろうか……。明日がんばれるのかな。きっと今日より明日の方が空腹だ。
 
「もうちょっと歩こう……星が見えるまで」
 
  星になるまで
 
「あ……」
 
  お前が星になるまで
 
「まただ……」
 
消えたと思っていた心の闇が、簡単に口を開いて牙を向く。
 
 
 仲間はどこにいった?
 
 死んだ? また見捨てられた?
 
「やめて……」
 
  もう会えないかもね
 
  選択肢はふたつ
 
「やめて……黙れ……」
 
  魔物に喰われるか、餓死かな
 
「うるさい……」
 
   いや、孤独死かな
 
「やめて!! しつこいっ!!」
 
──動機がした。深い闇に引きずり落とされる前に、叫んで振り払った。
吐き気がした。口を押さえ、息を止めた。笑えてくる。胃の中には吐き出すものなどないのに。
 
「う"っ……オ"ェエェ──……」
 
ビチャビチャと音を立て、足元を汚した。足の裾に、綺麗な赤い水玉模様。息が切れる中、力のない笑みを浮かべた。
自分の力で消し去ったわけじゃなかったんだ。人の支えがあって、一時的に消えていただけだった。
 
闇の中に光る目があって、狂気に満ちた笑いを浮かべる口がある。誰かに支えられている間は、目を閉じ、口も閉じ、なにもない暗闇だけが広がっていて、その暗闇から目を逸らすことが出来ていたけれど、孤独や恐怖など、心をえぐられる思いにかられたとき、そいつは現れる。
私を見て離さない目。口を開けば不安を煽る言葉ばかり。そのうち闇から手が出てきて、腕を捕まれ引きずり落とされそうだった。
 
──負けるわけにはいかない。
 
ルヴィエールで見た人々の笑顔を思い出した。そして、この世界に来て出会った人たちの笑顔も。守らなきゃ。私なら守れるかもしれない。沢山の笑顔を背負っている。
 
突然独りぼっちになって動揺し、心細くなるのは仕方がない。
例えば友達と初めての海外旅行に行ったとして、突然はぐれて独りぼっちになったらきっと不安になる。それだけでも不安になる。なのにここは海外なんて甘い場所じゃない。別世界。魔物がいて自分の命を狙ってくるし、仲間との連絡手段もない。そこで独りぼっちなんだよ? 心細いのは当たり前。それは認める。しょうがない。
心が折れそうにもなる。正直、正義感なんて元々そんなに強い方じゃないし、自分を信じることも出来ない弱い人間だから。
 
認めた。自分の弱い部分を。
その上で、どうするか考えるんだ。
 
私は弱い。めんどくさがりで、全然大人じゃない。そう思う今こそ自分を変えられるチャンスだ。自分を変えるきっかけはきっと日常に沢山潜んでいる。なにをするにも選択肢があって、普段は意識せずに楽な方を選んでいるんだ。
 
 【休む】【諦める】【進む】
 
コマンド選択は3番目の【進む】に決定。
いつもの自分とは違う選択肢。
 
守りたいものがある。帰りたい場所がある。
 
アールは再び歩き出した。
闇の空に、小さな光が見えるまで。
 

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