voice of mind - by ルイランノキ


 紅蓮の灯光8…『歩きだす』

 
ゆっくりと夜が明け、明るくなってきた空。
いつの間にか眠っていたアールは、目を覚ました。体を起こさず、一点を見つめていた。
 
──なんの音もしない。誰の声も聞こえない。
 
まだ、誰も戻ってきてはいなかった。動揺して胸焼けがする。それでも空腹を感じずにはいられなかった。水を飲もう。そう思っても、体が怠くて動けない。
人は水だけで一週間は生きられると、どこかできいたことがあった。例えそうだとしても、孤独に耐え切れず死んでしまいそうだった。
 
アールは重い体をゆっくり起こすと、はじめに自分の携帯電話を取り出した。──使えなくなっていたが一応電源ボタンを押す。もしかしたらなにかの間違いでまた電源が入るかもしれないと思ったからだ。けれど、何度押しても電源はついてくれなかった。
次にカイの携帯電話を見遣る。電源だけは入っている。こちらから電話を掛けられなくても相手からは掛けられるんじゃないかと、ここでも淡い期待をする。──けれど、着信はなかった。改めてリアに掛けてみたが、昨夜散々聞いたアナウンスが流れるだけだった。
 
 みんなどこに行ったの
 なにがあったの
   
「無事でいて……」
 
大丈夫、帰ってくる。と、言い聞かせることも出来ず、仲間の安否と、自分はどこまで堪えられるのか、そればかり考えていた。お腹の虫が鳴く。
 
「スーちゃん……スーちゃんは?!」
 
もしかしたら、テント内のどこかにいるのかもしれないと、名前を呼んだ。
 
「スーちゃ……」
 
テントには、アールひとりだけ。
泣きそうになるのを、胸を抑えて堪えた。
 
━━━━━━━━━━━
 
獣が地面の匂いを嗅ぎながらテントへと近づいてくる。顔を上げテントを見遣ったが、すぐに興味がなさそうに目を逸らし、その場を去って行った。
 
正午過ぎ。アールはテントの中で、うずくまったまま。なにもする気が起きずにいた。なにかするにも、なにをすればいいのかもわからない。そのうち戻って来てくれると心のどこかで思っていた。けれど、どこへ行ったのかも、いつ戻ってくるのかもわからない仲間を待ち続けるのは苦痛だった。
 
アールは静かに体を起こし、意を決した。──街へ行こう。
街まで何キロあるのかわからない。1日で着くのかも、何日もかかるのかもわからない。何日もかかるのなら体力のない自分がひとりで行くのは無謀な気もしたが、誰とも連絡が取れず、頼れる人もおらず、いつ戻るのかもわからない仲間をじっとこの場所で待ち続けるよりはいいと思った。
 
立ち上がって仲間の布団を丁寧に畳み、シキンチャク袋へ仕舞った。残されたルイの置き時計や、カイの刀も仕舞い、カイの携帯電話だけはポケットに入れた。
辺りを見回し、なにも残っていないことを確かめ、外へ出る。
魔物が近くにいないことを一通り見渡して確認したあと、テントを見遣る。──どうやって仕舞うのだろう。
ルイがいつもテントを出し入れしていたが、肝心な仕舞い方を見たことがないような気がする。
初めてテントを見たとき、確かルイは魔法円が描かれている四つ折りにされた紙を広げ、地面に置いていた。ということは、テントの下にその紙があるのかもしれない。
アールはテントを持ち上げてテントの下に手を伸ばすと、指先が紙に触れた。その紙をどうすればテントを仕舞うことが出来るのかはわからなかったが、とりあえず紙をテントから引き抜いた。すると、たちまちテントはスーッと消えた。
 
「……なんだ……よかった」
 
紙を四つ折りにし、シキンチャク袋に仕舞おうと思ったが、ズボンのポケットとへ入れることにした。いつでもすぐに取り出せるようにしておきたかったからだ。自分を守ってくれる人もおらず、結界魔法を使えないアールにとって、唯一逃げ込めるのはテントの中だけだった。
 
歩き出す前に、水をコップ一杯分飲んでから、ノートとペンを取り出した。もしかしたらテントを出していたこの場所に、みんなが戻ってくるかもしれない。──そう思い、メッセージを残すことにした。
しばらく悩んだが、結局、《みんなへ 私は街へ向かいます》とだけ書いた。他になにを書けばいいのか、わからなかった。
メッセージを書いたページを破り取り、地面に置いた。近くにあった大きめの石を乗せて、風に吹き飛ばされないようにした。
雨は降らないだろうかと、不安げに空を見上げ、天候を確認する。綺麗な青空に、真っ白な雲が流れている。
 
「……大丈夫かな」
 
アールは首にかけていた武器を元の大きさに戻し、歩き出した。
360度に広がる荒れ地。真っすぐ歩いてるつもりでも、いつの間にか街まで続く道を逸れてしまいそうだ。
それでも、歩くしかなかった。少しだけ、歩いた先で仲間と会えるかもしれない期待を胸に秘めて。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -