voice of mind - by ルイランノキ


 紅蓮の灯光4…『ブレスレット』

 
ブラオにたどり着くにはだだっ広い荒野を抜けなくてはならなかった。
その間、持ち主を失ったシキンチャク袋や武器を目にすることがあった。手を合わせ、シキンチャク袋の中身を確認する。本来ならばあるまじき行為だが、外の世界での“落とし物”は、時に他人の命を繋ぐ。
 
「写真だ……」
 
カイがシキンチャク袋から古ぼけた1枚の写真を見つけた。家族写真だろうか。30代くらいの男性と女性が肩を並べ、2人の前には幼い男の子が笑顔で写っている。
 
「後ろに噴水が写ってんな」
 と、カイの後ろから写真を覗き込んだシドが言った。「噴水ってことはこれから向かうブラオで撮ったものか?」
 シドの問いに、ルイが軽く首を捻り、言った。
「噴水がある街は他にもありますし、ブラオからこの場所まで餓死するほどの距離ではないと思うのですが……」
「餓死?」
 と、アールが不安げな面持ちで訊く。
「遺体がないので憶測ですが、シキンチャク袋の中に食料用の袋はありましたが、肝心な食料が一切残っていませんので」
 魔物がわざわざシキンチャク袋という小さな袋の中まで食料を漁るとは思えなかった。
「自殺者ってことは?」
 と、シドが訊く。
「それも考えにくいです。自殺なら予備の武器を持っていないはずですよ」
 そう言ってルイは、拾ったシキンチャク袋からいくつかの短剣を取り出した。
「自殺する場所を決めていたなら、考えられるけど」
 そう言ったのは、アールだった。
 
どうせ死ぬのだから死に場所にこだわる必要はない。自分の世界では人目につきやすい場所ばかりで、人目につかないように樹海を選んだり、きちんと死ねるように高いビルを選んだりと、死に場所を選ぶことはあるけれど、この世界の“外”ならば旅人以外遭遇することはまずない。それに魔物に喰われるなら遺体も残らないだろうと考えるのが普通だ。
でも、“思い出の場所”で最期を遂げたいと思うことはあるような気がした。
 
世界に魔物が溢れる前までは、外だの中だの分離されることはなく、なにもないこの場所にもかつては人が住んでいたのかもしれない。
遺体も遺書もなく、荷物だけしか残されていないのだから本当のところは誰にもわからない。普通に考えれば、武器も食材が入っていたと思われる袋もあるのだから、旅人が力尽きたのか、魔物に襲われたかのどちらかだろう。この袋の持ち主が食料を持っていなかったにしても、食料を持っている仲間が他にいたのかもしれない。
現に、アールのシキンチャク袋の中にはリアからもらったお菓子が入っているくらいだ。主な食料はルイが持っている。
 
結局見つけた落とし物はカイが街まで持っていくことに決めたようだった。残念ながら回復薬など使えそうなものはなかった。
 
荒地帯での夜は、とても静かだった。緑が少なく、風が草木を揺らす音もしない。時折吹く強い風が、パタパタとテントの布を揺らす程度だった。そのお陰で、シドのいびきやカイの寝言がより一層うるさく感じる。昨日はあれほど心地よく感じていたというのに。
2人が寝静まってから、ルイはテント内で残っている荷物の確認をしていた。
回復薬はなく、聖なる泉で組んだ水が18リットル。
 
アールは仕切りカーテンの反対側で横になっていたが、テント内のランプの光がカーテンに映し出すルイの影を眺めていた。体を起こしてカーテンを開けた。
 
「眠れないのですか?」
 と、ルイはアールに気づき、訊いた。
「うん、ふたりがうるさくって」
 と、笑う。「荷物の確認?」
「えぇ。アールさん、確か回復薬をお持ちでしたよね」
「うん。ちょっと待って」
 アールはシキンチャク袋から薬を取り出し、テーブルに並べた。
「魔力回復薬が5つと……」
 そう言いながら薬を持つルイの手には、包帯が巻かれている。
「手のケガ、大丈夫?」
「えぇ、もう大丈夫ですよ」
「薬飲んだ? ケガを治すやつ……」
「いえ。これくらいどうってことありませんから」
「でも……」
「そう心配なさらないでください」
 
ルイはいつだって自分のことは心配かけまいとする。アールは思い出したようにシキンチャク袋から紙袋を取り出した。
 
「渡すの忘れてた」
 そう言ってあるものを手渡した。
「これは?」
「ルヴィエールで買ったの。みんなの分。一応デザインは派手過ぎないものにしたんだけど、やっぱりお揃いとかそういうの男の子は嫌かな。一応防御力を上げてくれるブレスレットなんだけど……」
 
買ったときは、喜んでもらえるかなと思っていたけれど、いざ渡すと不安になった。ルイは元々バングルを身につけていたし、更にブレスレットをするのは嫌かな、とか、デザインに悩んだけどダサいかなとか。
けれど、ルイはニコリと微笑んだ。
 
「ありがとうございます。早速身につけますね」
「あっ、じゃあ私が付けてあげる」
 と、アールはルイの腕にブレスレットを付けた。「邪魔だったら外していいからね」
「外しませんよ」
「そう? カイも付けてくれるかなぁ」
「大丈夫ですよ、彼ならいくらでも付けると思います。腕が隠れるまで」
「あはははっ、そんなに?」
「問題は……」
 と、ルイは寝ているシドに目をやった。「シドさんですね」
「そうだね……。お揃いとか嫌だろうし、ブレスレット自体嫌かも……。それに『俺には防御力が上がるアクセサリーなんか必要ない』って言いそう」
「その時は僕からもお願いしてみますよ」
「ほんと? ありがとう。──あ、デザインはお揃いだけど、色がちょっと違うんだよ? ここの部分が私は赤で、ルイは緑、カイはオレンジで、シドは青。それから……ヴァイスは黒」
 と、ブレスレットに通された丸い飾り玉を指差して言った。
「ヴァイスさんの分も買われたのですね」
「うん、一応ね。“ライズ”に似合いそうな色で選んだんだけど……どうかな。ルイは白と悩んだの。ルイの瞳の色が綺麗な緑だったから緑にしたよ。あ、お金はバイトして稼いだの。そのお金で買ったから、無駄遣いだとか言わないでね?」
「言いませんよ。大切にしますね」
 
そして翌朝、カイは跳びはねるように喜んですぐに腕に身につけたが、全員分あると聞いて少し肩を落としたのだった。カイはアールが自分にだけプレゼントしてくれたのだと勘違いしていたようだ。
  
一方シドはというと……
 
「はいこれ、シドの」
「……なんだそれ」
 と、すぐに嫌な顔をする。
「おまもりみたいなものだよ。全員に買ったの。お揃い。仲間の証?」
 と、アールは自分の腕につけたブレスレットを見せた。
 
あえて防御力が上がるアクセサリーであることは口にしなかった。
 
「無駄遣いしてんじゃねーよ。しかもお揃いとかダッセェ。ほんと女ってなにかとお揃いにしたがるよな」
「ボロクソ言ってくれてどうもありがとう。無駄遣いにうるさいルイはなにも言わなかったよ? むしろ喜んでくれてたかも」
「お前に叱れねーだけだろ。とにかく俺は付けねぇからな」
「なんでよ! ブレスレットくらいいいじゃん!」
 と、アールは頬を膨らませた。
「んなもん付けてたら邪魔になんだろーが!」
「──邪魔になるんだ?」
「あ?」
「シドは手首にブレスレットつけただけで邪魔になるんだ?」
 アールはシドを見据えた。
「なんだよその言い方……」
「私もカイもルイも、邪魔にならないのに。ブレスレットつけてたら邪魔で刀が鈍るとか? どっかに引っ掛けちゃうとか? たかがブレスレットなのにそんなに気になるんだ?」
 
シドはぶすっとした顔でアールを見遣りながら、拳を突き出した。殴られると思ったアールは一瞬目を閉じたが、シドは拳を突き出したまま、「──ほらよ」と、ぶっきらぼうに言った。
 
「え?」
「つけりゃいいんだろーが。付けるならさっさと付けろ」
「つけてくれるんだ! ありがとう!」
 と、アールは慌ててシドの腕にブレスレットをつけた。
「なくさないでね? 時間かけて選んだんだから」
「はいはい」
「デザインを選んで、値段もそんな高くないやつで──」
「はいはい」
「結構真剣に選んだやつなんだから」
「はいはい」
「シド……」
「はいはい」
「聞いてないでしょ人の話!」
「あ? 耳があるんだから嫌でも聞こえてるよ」
「ムカつくなぁもう!」
「ハイハイ。」
 
残すブレスレットはあとひとつ。ヴァイスのブレスレットだけだ……。
 

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