voice of mind - by ルイランノキ


 紅蓮の灯光3…『ちっぽけ』

 
カイを結界で囲み、魔物を攻撃魔法で仕留めようとしたルイだったが、思い止まり魔物を結界で閉じ込めた。
この先しばらくは回復を早める聖なる泉がない。泉の水を汲んではいるものの、体内に摂取する場合は浸かるよりも効果が低い。消耗した魔力を回復させるには回復薬か泉の水を飲むか、使わずに温存するしかないため、節約するためにも攻撃魔法より消費が少ない結界を使うことにしたのだ。
 
時間をおけば魔力が少しずつ回復していくが、ごくわずかずつしか回復しない。仕留めるのはシドに任せることにし、ルイはアールに目を向けた。
アールは、ナイフモグラを追い掛けているシドを追い掛けたが、追い付けずに諦めて叫んだ。
 
「シド! 追い付けないほうがいいかも!」
「はぁ?!」
 
シドが立ち止まった瞬間、ナイフモグラが地面から飛び出してきた。シドはすぐに刀を振るったが、大きな鈎爪で振り払われてしまう。
アールは参戦しようと急いでシドの元へ駆け寄ると、ナイフモグラは再び地面の中へと逃げ込んでしまった。
 
「あ……」
 落胆したアールに、シドは目を向けた。
「おいお前……お前が追い掛けんなっつったんだろーが」
「ごめ……追い掛けたわけじゃ……」
「まぁいい。──おいルイ! あいつが飛び出してきたら結界で囲んでくれ!」
「ちょっとまって」
 と、アール。「結界で囲んでも地面掘って逃げられちゃうんじゃない?」
「バーカ。結界は六面体なんだよ。底無しじゃねんだから逃げらんねーよ」
「そうなんだ。あれ? 魔物……」
 アールは、さっきルイが結界で囲んでいた魔物に気づいた。「私あっちの仕留めてくる」
「おう。んじゃ、モグラ野郎は俺がひとりで片付ける」
「ルイの力を借りてね」
 と、口走り、思わず手で口を塞いだ。
「ルイの力を借りて……?」
 シドは目を細めてアールを睨んだ。
 
だってそうじゃん。と思ったが、口に出さずに飲み込んだ。言ってしまえば『ルイの力なんか借りねぇ!』と言い兼ねない。
 
「ルイの……結界を“利用”してね」
 と、言い直した。若干意味が変わる。
「まぁそうだな。結界なんかなくてもあと少しで倒せた。ルイも暇そうだから利用してやる」
「……うん。じゃあ私はあっち行ってくる」
 
心無しか、シドの意地っ張りが増しているような気がした。
アールはルイの元へ戻り、剣を構えた。
 
「ルイ、この魔物倒すから結界外して?」
「わかりました。では僕はシドさんの元へ」
 ルイは結界を外し、アールに任せるとシドの元へ走り寄った。
 
「ルイ、いいな?」
 ナイフモグラはまだ土の中を徘徊している。
「えぇ、任せてください。──しかしどうやっておびき出すのですか? 今こうして立ち止まっていますが一向に出てくる気配がありませんよ」
「そのうち出てくんだろ」
「そうこうしているうちに、もう1匹のナイフモグラが向かってきていますよ」
「なにッ?!」
 
シドの背後から土を盛り上げながら近づいてくる。反対側でもナイフモグラがタイミングを見計らっている。
 
「……挟み撃ちにでもする気かぁ?」
 悪い予感は的中する。2匹のナイフモグラはルイとシドの周りを円を描くように走り始めた。
「シドさん、2匹同時に飛び出せば結界で囲めますが、時と場合によります」
「なんだよ時と場合って」
「飛び出した瞬間に僕も狙われた場合、結界を張る余裕はありません」
「……じゃあテメェは離れてろよ」
 
シドがそう言った瞬間、2匹のナイフモグラが飛び出してきた。それぞれ2人を捉えている。
鋭い爪が顔に振りかかる。ルイは体勢を低くしてロッドで払い、シドは刀で受け止めた。鈎爪と刀の刃が当たり、鈍い音がした。力任せにナイフモグラを振り飛ばす。
ルイを襲ったナイフモグラは既に地面の中へと身を隠していた。シドに飛ばされたナイフモグラは地面に潜れないように、ルイはシドごと結界で囲む。
 
「後は任せろ!」
 ナイフモグラは体勢を立て直して地面を掘ろうとしたが結界の床があって爪を霞めた。「もう逃げらんねーぞ」
 
ルイが逃したもう1匹のナイフモグラは、地面の中を這ってアールに近づいていく。
 
「アールさん気をつけてッ!」
 
獣を倒していたアールは振り返り、地面に目をやった。すぐにナイフモグラが地面から飛び出してくる。イソギンチャクのような鼻がウネウネと動いて、アールは顔をしかめた。──きもちわるっ!
ナイフモグラが地面に着地する前に、ルイが駆け寄り、シドと同じようにアールとナイフモグラを結界で囲んだ。
アールは剣を振るうが、爪で交わされたあげく、一端着地したナイフモグラは結界の壁を蹴ってアールに飛び掛かり、再び爪を振り下ろしてきた。
 
「顔ばっかり狙うなッ!」
 身を屈めて交わし、背後につくと振り向きざまに剣を振るった。
 
背中を斬り付けられたナイフモグラは地面に倒れ込み、息耐えた。
シドはアールより先にナイフモグラを倒しており、文句を浴びせた。
 
「一発で倒せよバーカ」
「シドだって交わされてたくせに」
 アールはムッと口を尖らせ、そう言い返した。
 
ルイがアールとナイフモグラを囲んでいた結界を外し、カイを守っていた結界も解除した。
 
「お前確か“選ばれし者”だったよな? 訓練したとか言ってたが、選ばれし者ならいっぺんに倒すくれぇの力があってもおかしくねぇのになぁ?」
 
嫌み炸裂だ。こういうときだけ“選ばれし者”であることを引き出してくる。
 
「あっという間にシドより強くなったらアナタの面目丸つぶれでしょ?」
「なんだとッ?! そういうのは俺より腕を上げてから言えっ!」
「それもそうか……」
「アールぅ、折れちゃだめだよそこはぁ」
 と、結界から出たカイが言った。
「先を急ぎましょう。ここでじっとしていればまたナイフモグラが現れますよ」
 
一行は再び歩き出したが、しばらくしてシドが辺りをキョロキョロと見回した。
 
「どうしました?」
「ションベンしてぇんだよ」
「お薬飲まなかったのですか?」
「忘れてた。ちょっと行ってくる。待ってなくていいからな」
 と、シドは数メートル先にある枯木へ向かった。
 
的が必要なんだろうか……と、アールは思う。
この辺りは背の高い植物がほとんどない。枯木ですら点々としていて見渡しがいい。
 
「ションベンしてる最中に襲われたらどうするんだろうねぇ」
 と、カイが面白半分に言った。「出したまま死ぬのは嫌だなぁ」
「下品な会話は謹みましょう」
 と、ルイが言う。
「俺は心配してるんだよ。ね? アールぅ」
「私に話を振らないで」
「アールがおトイレしたくなったら俺が壁になって隠してあげるよ」
「私ちゃんと薬飲んだし……」
 
アールは無限に広がる空を見上げた。永遠に続く空と、どこまでも続く大地。
海外に出掛けた人が自分がちっぽけに思えると言っていたけれど、本当だった。海外へ出たことは今まで一度もなかったが、今いる場所も海外のようなもので、広い世界が自分をちっぽけな存在だと思わせてくる。
残念なことに、悩んでいたことがリセットされるとか、小さなことで悩んでたんだなとか、そんな前向きな感情は芽生えてこず、持たされた荷物が大きすぎて、ちっぽけ過ぎる自分が荷物に押し潰されて消えてしまいそうに思った。
 
──でも……
 
「あ、シド戻ってきた」
 と、カイが言った。
 シドは足早に戻ってくる。
「枯木に栄養を注いでやったぞ」
「魔物に襲われなくてなによりです」
「は? ションベンしてる時に襲われたらションベンぶっかけてやる」
 
──仲間がいる。
手を引いてくれて、倒れそうな時は支えてくれる仲間が、私の存在を示してくれる。
 
「あ、そういえばまだカイには紹介してなかったね。朝も寝てたから」
 と、アールは言った。
「え? なになに? 女の子?」
「男の子。スーちゃんだよ」
 そう言うと、アールの服の中からスライムが出てきた。
「わぁーっ! かわいい! 頂戴!」
 カイはすぐに気に入ったようだ。
 

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©Kamikawa
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