voice of mind - by ルイランノキ


 離合集散12…『止まっている時間』

 
アールがいたときには雪が降っていたが、今では考えられないほどのぽかぽか陽気が、のんびりとした時間が流れるリトール町を包んでいる。
その一角にある小さな宿の和室で、ルイ達は腰を下ろしていた。
 
「ここ一週間で見つけたのはたった1個だけかよ……」
 と、シドはアーム玉を眺めながら言った。
「そう簡単に見つかるものではありませんよ」
 ルイはシキンチャク袋から箱に入ったお菓子を取り出した。
 
畳の上に寝転がって漫画本を読んでいたカイがすぐにお菓子に気づく。
 
「おやつの時間?!」
「違いますよ。宿屋のご主人に渡すものです」
「えーなんでぇ? 他の街ではそんなことしてなかったじゃないかぁ……」
「ここは無償で旅人に部屋を提供してくれているのです。先ほど少しお話をしたときに、お金は受け取らないとおっしゃっていたので」
「ふーん。じゃあ俺のおやつはぁ?」
「ちゃんとありますよ」
 そう言ってルイは部屋を出た。
 
階段を下り、居間の引き戸をノックすると、宿の主人が顔を出した。
 
「どうしたんだい?」
 40代半ばで鼻の下で整えられた黒い髭が紳士的にも見える。
「つまらない物ですが、よろしければ……」
 と、ルイはお菓子を手渡した。
「気を遣わんでいいのに。ま、有り難くいただくよ」
 と、主人は笑顔で受け取った。
「あの、この町には転送ロッカーはありますでしょうか」
「あぁ、あるよ。古い物だが一応使える」
 
ルイは主人からロッカーの場所を聞くと、すぐに宿を出た。
言われた場所は小さな公園の端に設置された屋根付きの休憩所だった。錆び付いたベンチが置かれている。
 
ロッカーの戸棚は全部で10程度。ルイはシキンチャク袋からキーを取り出した。キーには《5》と数字が彫られている。同じくロッカーの扉にも0〜9までの数字が彫られており、5番の棚にキーを差し込んだ。すると扉に魔法円が浮かび上がる。キーを抜き、次は魔法円にキーを翳した。キーが微かに光ると、魔法円に文字が浮かび上がり、鍵が開いた。
 
ルイはシキンチャク袋から1冊の本を取り出し、ロッカーの中へ置いた。それからメモ用紙を取り出すと、メッセージを書き、本の上に置いてロッカーの扉を閉めた。
鍵を差し込み、回して抜き取ると、扉に浮かび上がっていた魔法円が光り、ロッカーの中へ仕舞った本とメモは消えてしまった。
ルイは鍵をシキンチャク袋に仕舞い、天気の良い空を見上げて、寂しさを含んだため息を零した。
 
━━━━━━━━━━━
 
ルイがロッカーに入れた手紙と本を、扉がガラスになっている金庫のようなボックスから取り出したのは、リアだった。リアは手紙に目を通した。
 
《ルイです。僕たちは今、リトール町にたどり着いたところで、順調に旅を続けております。
アールさんの様子はどうですか? 電話を掛けているのですが繋がらない状態です。たとえ繋がっても、僕は彼女に何を伝えたいのか、正直分からない次第です……。
一緒に送りました本は、出来れば僕からということは内密に、アールさんに渡していただけませんか?
アールさんが買ってくださった小説なので、気づかれてしまうでしょうが……。彼女も続きを楽しみにしていたようですので。
よろしくお願い致します》
 
リアは小説の表紙を確認した。猫背の運転手だ。リアは笑みを浮かべると、渡すときのセリフを少し考えてからアールの部屋へと向かった。
 
午前9時半。
アールの部屋にリアが訪れ、ルイに頼まれていた本はアールの手に渡った。
 
「これは……?」
「猫背の運転手。知らない? 面白いのよ?」
「下巻……ですね」
「前にね、ルイ君と電話したときに、アールちゃんも同じ小説を読んでるって聞いたの。だから上巻はもう読み終えてるかなと思って下巻を持ってきたんだけど、下巻も読んじゃった?」
「……ううん。まだ。ありがとう」
 と、アールは小説をパラパラとめくった。「リアさんも読むんですね」
「うん、面白いわよね。アールちゃんまた私に敬語使ってるね」
「あ……ごめん」
 と、アールは微笑した。「リアさん」
「なあに?」
「猫背の運転手、ずっと主人公の名前が出てこなかったのに、上巻の最後でやっと出て来たと思ったら下巻へ続く……だったから、下巻待ち遠しくなかった?」
「…………」
 リアは怪訝に首を傾げた。
「リアさん?」
「疑ってるのね、アールちゃん」
「え……」
「主人公の名前、まだ出て来てないはずよ? 本当に私がその小説を読んだのか、今確かめたでしょ」
「あはは……すいません……」
 図星だった。
「どうしてそんなことするのかなー?」
 リアは笑いながらアールの顔を覗きこんだ。
「……本当はルイから渡されたんじゃないかと思って」
「どうしてルイ君が?」
「携帯電話に着信があったんです。かけ直さないまま電源切ったから、なにかしら別の方法で連絡してくるかな……と思ったんだけど、自意識過剰だったみたい」
「きっと心配しているわ」
「そうでしょうか」
 と、呟いたあと、すぐに「そうですよね」と言い変えた。
「落ち着いたら、連絡してあげたら?」
「はい……」
「じゃあ私、戻るわね」
 
リアは部屋を出ようとしたが、アールが呼び止めた。
 
「私別に……ルイたちのこと恨んだりはしてないんです」
「──えぇ、わかってるわ」
 リアは優しく頷いた。
「最初は見捨てられたって思って……悲しかった。でも仕方がないかなって。迷惑ばかりかけてたし、一生懸命、私の世話をしてくれていたのに、それに応えられなかった」
「うん」
「だから……合わせる顔がないって言うか、電話しても気まずくて。自分が今どうしたいのか、わからないし。私は……どうすればいいのかな」
「どうもしなくていいわ」
 と、リアは即答した。
「え……?」
「そうね、なにかするとしたら、その本を読むことかな」
「……これ?」
 と、アールは小説を見遣った。
「そう。今は心を休ませる時間なのよ。本を読んだり、ショッピングしたり、のーんびり過ごしたりして、心が休まったとき、改めて考えるといいわ」
「そんなのんびりしてる時間なんて……」
「急いだってベストな選択肢はわからないわ。自分ときちんと向き合う心の余裕ができたとき、自ずと答えが出るんじゃないかしら」
「……出なかったら?」
 アールは不安げに訊いた。
「もう少し待てばいいのよ」
「待てないよ……時間がないのに……」
「時間がないって煽りすぎちゃったみたいね。でも、時間がないからこそ、休む時間も必要なのよ。それに、待っていてくれている」
「ルイたち……ですか?」
「ううん」
 と、リアは首を振った。「あなたの故郷よ」
「故郷?」
「あなたがいた元の世界は、あなたの帰りを、時間を止めて待っていてくれてるじゃない」
 
リアの言葉に、アールは心の闇に小さな光が射したような気がした。
そんな風に考えたことがなかったからだ。自分が別世界にいることを誰も知らないのだから、自分の帰りを待っている人なんかいないと、そればかり考えていた。
 
──私が帰れば、時間は再び動き出す。
 
「ありがとう、リアさん」
 と、アールは笑みを浮かべた。
「お礼を言われる覚えはないわよ? あ、そうだ。今度お買い物に行かない?」
「買い物? なにを買うんですか?」
「あー、また敬語。買う予定のものはないけど、見て歩くの楽しいじゃない?」
「うん。でも私お金あまりないから……」
「おごるわよ」
「いいです悪いし……」
「気を遣わないで? なんなら父からお小遣せびってもいいわよ?」
「そんなぁ。私のお父さんじゃないし」
 と、アールは笑った。「仕事出来たらなぁ……」
「仕事? いくらでもあるわよ? 父に訊いてみてあげる」
「ほんと? ありがとう。頭を使う仕事は出来ないけど……」
「仕事をもらって、バイト代もらったら、ショッピングね!」
「はい!」
 

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