voice of mind - by ルイランノキ


 離合集散11…『どーかな』

 
戦争が無くならないのは、人は皆同じではないからだと、小学生の頃のアールは思っていた。
 
人数が増えれば増えるほど、纏まりはなくなる。人はひとつにはなれない。
自分のクラスがまさにそうだった。一致団結しなければならない運動会ですら、纏まりがなかった。みんな頑張ろという気持ちはあったみたいだけれど。
 
ちょっと騒がしいくらいでなんの問題も無かったクラスも、たった一人の子の感情で変わっていった。
「わたしあの子キライ」
正直にそう言った女の子に、「私も」と同意する子が現れて、グループを組むようになった。そしてはじまるイジメ。
 
全ては感情からはじまるんだ。
 
 
──この世界の平和を望む人が大半を占めているけれど、そう思わない人もいる。
平和に対するあり方や考え方も人それぞれ違う。
みんな同じ意見とは限らない。
 
みんな違う考えや念いを秘めている。
 
━━━━━━━━━━━
 
午前1時過ぎ。アールはあてもなく廊下を歩いていると、バルコニーに出た。風が無く、静かな夜。
外を眺めながら廊下のように長いバルコニーを歩いていると、今度は広いスペースが設けられ、花壇とベンチが置かれている場所にたどり着いた。ベンチに腰掛け、夜空を見上げる。ぼんやりと光を放つ三日月が浮かんでいた。
 
──ここは遠い場所。
いつになったら帰れるのだろう。どこまで耐えれば希望が見えてくるのだろう。闇に包まれているのか、光を浴びているのか、自分に待ち受けている未来が想像出来ない。
 
静かに目を閉じ、光ある未来を思い浮かべた。「ただいま!」そう言ってドアを開けると、家族が待っている未来。「おかえり」と母が言う。母の手抜き料理を食べて、マズイなって思う。でも感謝する。時々一緒に台所に立って料理を作るようになる。「あんたいつから料理上手くなったの?」なんて言われる。でもルイの話をしたって信じないだろうから、「秘密」って答える。
あまり会話をしなかった父とは積極的に話すようになる。仕事から帰った父の肩を揉む。時々、一緒にビールを飲んだりする。
帰ってきた姉に「おかえり」って言う。きっと気持ち悪がられる。それでも沢山話し掛けて次第に打ち解け合って、恋愛相談とかするようになる。
 
親友の久美には電話して会う約束をする。お洒落の話や思い出話に花を咲かせる。別世界のことは、「変な夢を見た」という設定で話して、反応を見る。きっと盛り上がる。
 
雪斗には会いに行く。彼を見た瞬間にきっと柄にもなく抱きつくの。素直に「大好き」と伝える。「急にどうしたの」と驚かれる。ここでもまた、「実はこんな夢を見たの」と、別世界での出来事を話し、君の大切さを改めて思い知ったのと伝える。
すると君はきっと、笑う。たかが夢なのにって、笑うんだ。
 
そう、長い夢だった。
そう言って私も笑うんだ……。
 
 
「アールさん……」
「──?!」
 突然声を掛けられ、驚きながら振り返った。見知らぬ男が立っていた。
 
その男は訓練所の操作室で口止め料として金を受けとった男である。
 
「今……よろしいですか?」
 そう言われ、アールは立ち上がると警戒しながら言った。
「どちらさまですか?」
「訓練所の監視員です。アールさんのモニターを見ていました」
 
訓練所のことを思い出し、この男はなにか知っているのだと感づく。
 
「すみませんでした!」
 と、男は唐突に頭を下げた。
「あの……?」
「正確には、私はなにも知らなかったのです。アールさんが利用した部屋の操作を行ったのは別の人で、私だけ知らなかった。でも口裏合わせに私はお金を受けとったのです」
 男は申し訳なさそうに説明した。
「操作って、なんで……」
「詳しくはわかりません。しかし計画していたようです」
「そう……まぁ……悪質な嫌がらせ、かな」
 と、アールは笑った。
「名前……訊かないのですか?」
「名前? 犯人の?」
「はい……」
「受け取ったお金返したんですか?」
「……いえ」
「じゃあ訊いても答えられないですよね」
 アールは優しく言った。
「…………」
 男は黙ったまま視線を落とした。確かにその通りだった。
「お金受け取っておきながら、犯人ばらしたらフルボッコにされちゃいますよ」
 微笑し、男を見遣る。
「フル……ボッコ?」
「犯人の名前訊いて、本人を問い質しても白状するとは思えないし、白状されて理由聞いても計り知れてる。──みんな同じじゃないんだ」
 
アールがぼんやりとそう言うと、男は小首を傾げた。
 
「あ、ごめんなさい。わざわざありがとうございます」
 こんな時間に捜しに来たのだ。余程思い詰めていたのだろう。
「いえ、あの……もう訓練所には……?」
「どうかな。また行くかもしれません」
「なぜです? 彼等はまた同じことをするかもしれませんよ。私が止められればいいのですが……」
 男はそう言って肩を竦めた。
「同じこと、するでしょうね。経験ありますから」
 
はじまったイジメはなかなか終わらない。イジメっ子が飽きるまで続くのだ。
 
「ではどうして……」
 
尻尾を巻いて逃げたくはなかった。負けを認めたくない。かと言ってまた同じ光景を見せられて平気でいれる自信はない。耐えられるかどうかもわからない。
逃げたらきっと楽になる。でもそれはその時だけのことで、逃げ場があればの話だ。
 
「それよりこんな時間までお仕事ですか?」
 と、アールは話を変えた。
「いえ……もっと早く決断出来ればよかったのですが、こんな時間まで悩んでしまいました。私は最低です……」
「私に伝えようか悩んでたんですか? それで伝えようと決めて私を捜しに?」
「はい……」
「最低だなんて思いませんよ」
 
アールはベンチに腰掛け、遠くを見遣った。
 
「完璧な人間なんかいない。貴方が最低なら、世の中最低な人間ばかりです。私も……」
 
行動には必ず理由がついてくる。なぜお金を受け取ったのか、なぜ悩んだ挙げ句伝えることを選択したのか。知るつもりはなかった。そんなことどうでもいい。知ってどうするわけでもない。
この男がどれほどの決意でわざわざ真夜中にアールを捜してまで告白しにきたのかは、表情を見ればわかることだった。
 
「ありがとうございます」
 男は小さく礼を言った。救われる思いだった。
「話、それだけですよね。もう戻っていいですよ」
 と、アールは穏やかな口調で男に目を向けて言った。
「アールさんはまだお休みになられないのですか?」
「眠れないんです。眠る必要もないし。ほら、毎朝早いからって無理して眠る必要がないんですよ。特に明日の予定はありませんし。昼過ぎまで寝ていても怒られないし……今は自由だから……」
「そうですか……」
 男には、アールが寂しそうに見えた。「あの……」
「はい?」
「旅は、お辛いですか?」
 
無神経な質問に、アールは少し苛立った。辛くないわけがないのに、なぜわざわざ聞き出すの。
 
「……どーかな。」
 アールは目を逸らし、そう答えてやった。
 

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