voice of mind - by ルイランノキ


 離合集散1…『コテツ』◆

 

 
──窓のない部屋。
外が雨なのか晴れなのか、雪なのか……わからない。
自分から発する音と、壁に掛けられた時計の針の音、部屋の外から微かに聞こえてくる足音や話し声。
 
昨夜は静かな夜だった。
カイの寝言もシドの鼾も聞こえない。魔物のうめき声もしない。風の音もしない。なにもない暗闇に一人、放り込まれたような夜だった。
 
別世界に来て独りぼっち。仲間といても独りぼっち。
そう感じていたのに、こうして仲間から引き離されると彼等の存在が少なからず支えになっていたのだと気づく。
いや、きっと少なからずどころではないのだろうけれど、認めたくない自分がそう思うことを否定する……。
 
時刻は午後1時半。
昼間にリアが昼食を運んできたが、アールは手をつけずにいた。部屋にある上棚付きの木製机に置かれたまま、冷めきってしまっている。
ベッドに寄り掛かるようにして床にへたりこみ、呆然と一点を見つめている。
城に戻ってから2日目。ゼンダが言っていた、“リアが連れてくる人”とはまだ会っていない。──会いたくもない。今は誰とも話したくない。誰の顔も見たくない。何も考えたくはない。
できることならずっと、眠っていたい。
 
だけど嫌でも目が覚めて、新しい1日がはじまり、止まってはくれない時間に置いて行かれる。
 
アールは時計の音に耳を傾けた。カチカチと狂うことなく一定間隔で小さな音が時間の進みを知らせる。その音に合わせて針が一周し、また一周して……その繰り返し。
居心地がいいとも悪いとも言えないその空間に、部屋をノックする音が足された。
アールはちらりとドアに目をやったが、動く気にはなれなかった。身体が重く感じる。倦怠感でいっぱいだった。
 
しかしまた部屋の戸をノックする音が鳴る。そして──
 
「あの……アールさん、いませんか?」
 知らない男の声。声だけでも若い人だとわかる。「いないのかな……」
 
このまま出なければ帰るだろう。そう思ったが、控えめなその声が気になりはじめた。──誰だろう……。兵士だろうか。まだドアの向こう側にいる気配がある。
アールはゆっくりと重い体を起こし、ドアに近づいた。
 
「……だれ?」
「あ……アールさんですか? 僕、コテツと申します!」
「……コタツ?」
「コテツです。リアさんから部屋を聞いて……」
「あぁ、そっか」
 と、アールはドアを開けた。
 
少し話を聞いてすぐに追い返そうと思っていたが、コテツという少年を見て笑いそうになってしまった。
 

 
「は、はじめまして! コテツです!」
 身長はアールと大して差はなく、センター分けのグレーがかった髪に、頬と鼻にはソバカス、大きな丸眼鏡が特徴の少年だ。
「ふふ、はじめまして」
「なにかおかしいでしょうか……」
「服がダボダボだから」
 
コテツが着ているゼフィル兵と同じデザインのコートは、サイズが合っていないのか随分と大きく見えた。
 
「あ……あはは……僕小さいんで……」
 と、頭をかきながら恥ずかしそうに笑うコテツ。
 
ゼフィル兵と同じコートではあるが、色は白だ。まるで白衣のように見える。
 
「カウンセラーさん? ……には見えないけど」
「あ……僕まだ見習いで……」
「正直だね。入る?」
 と、アールは部屋へ招き入れた。
 
コテツの手には随分と年季の入った分厚い本が握られている。彼は部屋に入ると落ち着かない様子で床に座り、机の上に置かれている食事に目をやった。
 
「食欲、ないのですか……?」
「食べたくないの。それより先に言っておくけど」
 と、アールはベッドに腰掛けた。「相談とか悩みを話したりする気はないから」
「……はい。無理に話してくださらなくて大丈夫です。もし話せるようになったら……」
「話せないわけじゃない。話したくないの」
 と、少し語調を強めた。
「す、すいません。えーっと……」
 コテツは困惑しながら分厚い本をめくり、眼鏡をかけ直した。
 
アールはすかさずその本に手を伸ばし、コテツから取り上げた。
 
「あっ……」
 慌てるコテツをよそ目にアールはパラパラとページをめくる。
「なんの本? 人の悩みを聞き出す方法でも書いてるの? いくら見習いでも本を読みながらじゃ意味ないんじゃない?」
 
そう言って本を閉じ、ベッドではなく床に座り直した。
 
「読み込んでるくせに」
 と、言葉を足した。
「え……」
「この本、読み込んでるんじゃない? 何度も何度も、端から端まで……」
「はい……でもどうして……」
「読み込んでそうな真面目な顔だから」
 と、アールは笑った。「それにこの本随分ボロボロだし」
「それは……頂いたものなので」
「なんだそっか。推理ハズレちゃった」
「…………」
 
本を奪われてしまったコテツは、先程にも増してソワソワと落ち着かない。
 
「本があれば、安心するよね。本の内容は頭に入ってるはずなのに、本番になると弱いの?」
「あ……はい」
 と、コテツは顔を伏せた。
「……ごめんね、今私感じ悪いよね」
 アールは乾いた笑いをこぼし、視線を落とした。
「えっ……いえ、そんなことは……」
「イライラするの。気持ちに波があって、相手が誰だろうと反発したくなる……。イライラをぶつけたくなるの。ぶつける場所がないから」
「……はい」
「せっかく来てくれたのにごめんなさい」
 と、アールは本を返した。
「僕はまだ見習いですが、話を聞くくらいなら出来ます」
 コテツは本を受け取りながら、そう言った。
「だから話せって?」
「話したほうが楽になります」
「そんなの人によるでしょ。話す内容によるし、相手による」
「相手?」
「話す相手。──ルイ達を知ってる?」
「あ、はい! もちろんです!」
「例えば、恋愛で悩んでたとして、シドに相談なんかしたら、『くっだらねー』とか言われて余計にイライラしそうだし。でもそう言われて確かにくだらない悩みだったと思える人もいる」
「では、ルイさんは?」
「ルイに悩み相談をしたら、自分のことのように真剣に考えてくれそうだけど、私は相談しない」
「なぜですか?」
「私よりルイのほうが悩んでしまいそうだから」
 と、アールは笑った。「そんなに重く考えなくてもいい話にまで、真剣に考えてしまいそうでしょ? ルイって」
「では……カイさんは?」
「カイは……悩み相談を受けるタイプじゃないかも。でも、元気出したいときはカイに話せば元気をくれる」
「なるほど……」
「シドには相談したくないけど、言いたいこと言える相手だし、疲れてるときに傍にいてくれると落ち着くのはルイ。みんな大切。だけど……」
「だけど……?」
 
ドクドクと心臓が脈打ち始める。彼らを求める自分と、求めたくない自分が首を絞め合う。受け入れることが出来たなら楽になることも知っている、けれど受け入れた先に失うものも見え隠れする。
 
「アールさん?」
「だけど、いらない」
 アールは俯き、一点を見つめながら言った。 
「大切だと思うのは彼等しかいないからで……別に彼等じゃなくていいし……彼等なんかに頼りたくないのに」
 
頼ればいいのに、と、声がする。もう一人の自分がそう声を掛けて来る。バカになってすべて受け入れてしまえばいいんだよ。イエスマンになっちゃえばいいんだよ。なんで頼らないの? 彼らはひとりで悩むくらいなら頼ってくれと言うはずだ。すべてを信じて彼らに身を任せることができないのはなぜ?
彼らを信じていないから? この世界を否定したいから? 好き好んでここに来たわけではないから? 好き好んでここに来たわけじゃないのに彼らを信じて命をかけなければいけないことに納得がいかないから? ──タケルとは、違うから?
そんなこと考えていても、リセットはできないのに。進むべき道は、用意された道ひとつしかないのに。
 
「アールさん、大丈夫ですか?」
 コテツはアールの異変に気づき、困惑した。
「大切だなんて思いたくないのに」
「すいません……言ってることがよくわからないのですが……」
 
アールははたと我に返ったようにコテツに目をやった。
 
「あ、ごめん私……今なんて言ったかな。なんの話だっけ?」
 
──自分がなにを思っているのかよくわからない。なにを言いたいのかよくわからない。
気持ちの整理が出来ていない。虫食いだらけの感情。
 
「アールさん、僕の話を聞いてもらえませんか?」
「話? なんの話?」
「僕、本当は兵士になりたかったんです。ゼフィル兵に憧れていて、田舎から飛び出してきたんですけど、見ての通り体力も運動神経もあまりなくて、一から頑張ろうと思っていたんですが、『お前は向いていない』と言われてしまって……」
「それでカウンセラーに?」
「はい。僕は少しばかり心理学をかじっていたので、勧められたんです」
「へぇ……」
「兵士にはなれませんでしたが、ゼフィル城で働けるなら本望だと思いまして!」
「……カウンセラーの分野があるんだ」
「はい。戦いで酷く負傷した兵士は、心にも深い傷を負うこともありますから」
「心理学ね……なるほどね」
 
アールは微笑すると、コテツは首を傾げた。
 
「もしかしてそれ、キャラ作りだったりするの? 頼りなさそうだけど一生懸命でどこか母性本能をくすぐるような“かわいいカウンセラーさん”なら、私が警戒せずに話が出来そう……みたいな」
 そう言ってコテツを見据えるアールの目は、どこか軽蔑しているようだった。 
「キャラ作りだったならよかったのですが……僕は本当にまだまだで……」
「そう……」
 アールはコテツから目を逸らした。「また来るんでしょ? 話を聞きに」
「ご迷惑でなければ……」
「じゃあ今日はもう帰ってくれるかな……話をしたらお腹空いたから」
「わかりました……」
 と、コテツは立ち上がった。
 

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©Kamikawa
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