voice of mind - by ルイランノキ


 シャットダウン52…『人格』

 
「こちらでお待ちください」
 と、アールは空いている客室へと通された。
 
壁には細かな模様が施され、誰が描いたのか分からないが2メートルはある額縁に飾られた大きな風景画、部屋の床全体を覆う絨毯、光沢のある机に背もたれが長い椅子、どれを取っても豪華で目を奪われる。
だけど、アールは不快に感じていた。
これまで狭いテント内で男と生活し、ろくに風呂にも入れず、この部屋にあるソファより硬くて薄い布団で眠り、魔物を殺しながら距離を稼ぐ日々を送っていた彼女にとっては、嫌悪感しかない。
 
「戻ったか」
 と、部屋に入ってきたのはゼンダだった。
「……何人目」
 と、アールは訊く。
「何人?」
「何人目のゼンダさん? 分身でしょ?」
「……3体目だ」
 そう答えると、ゼンダは椅子に腰掛けた。「まぁ座りなさい」
「死んだ人みたい」
 と、アールは椅子に座らず、立ち尽くしたまま言った。
「死んだ人?」
「3体目っていう言い方。人の数え方は一人二人三人。死んだら一体二体三体でしょ」
「…………」
 アールは一点だけを見つめていた。会話をしていても、心ここにあらずといった様子だ。
「タケルの話を聞いたの」
「……そうか」
「なんで死んだの?」
「…………」
「彼の不注意? それだけ?」
「君はどう思っているのだ?」
「なんでタケルに選ばれし者だと言ったの」
「聞いてないのか?」
「聞いた。納得いかない」
「……私もだ」
「なにそれ」
 と、アールは漸くゼンダの目を見遣った。
「──座りなさい」
「タケルの死は必要だった?」
「座りなさいと言っているんだ」
「…………」
 アールは眉をひそめ、仕方なく椅子に腰掛けた。
「君は、何故戻されたのかわかるか?」
「見捨てられた」
「……それは違う。君は一時的に帰されただけだ。少し休む必要がある」
「イカレてるから?」
 と、アールは鼻で笑った。
「アール……君は──」
「どーでもいい」
「…………」
「もうどうでもいい」
「なにがどうでもいいんだ」
「旅を続けたって元の世界に帰れるかわからない。途中で命を落としたら私の存在は消えてしまう。家族や友達……恋人の中から私の存在が……消えてしまう……」
「……聞いたのか」
 と、ゼンダはため息を零した。
「生きて全てを終わらせれば済む話だと簡単には思えない!」
「……そうだな」
「ゼンダさん……私が一番恐れていること、わかりますか?」
「……帰れなくなることか? いや、死か」
「消えること」
 と、ゼンダを見据えて言った。そのアールの目に、ゼンダはヒヤリと冷たいものを感じた。
「…………」
「なんのために私は全てを奪われて消えなきゃならないの。消える前から何言ってんだと思ってる? 私は可能性の話をしてるの。私が旅を続けていたのはこの世界の為じゃない」
「帰る為か……」
「そう。早くこんな場所とおさらばして帰るため。この世界に奪われたものを取り返すため! 私はここに来たくて来たわけじゃない。私はタケルとは違うッ!!」
 と、アールはテーブルをたたき付け、立ち上がった。
「落ち着きなさい」
「タケルの話を聞いた私はどう思ったと思う?」
「申し訳ないとでも感じたか?」
「は? なんでよ……私のせいだから?」
「そうじゃない」
「じゃあなんで私がタケルに罪悪感を覚えなきゃいけないのッ?!」
 そう言って不本意に流れた涙を拭った。
 
苛立っていた。ゼンダの言う通り、悪いと感じていたから。そんな自分に納得がいかなかった。
私は悪くない。何も知らなかったのだから。それなのに何故、こんなに胸が締め付けられるんだろう。
写真でしか見たことがない“タケル”に、恐怖を感じていた。
 
タケルは私を どう思ってたか。
 
私を見て、自分のほうが相応しいと思うに違いない。私さえいなければタケルが選ばれし者でいられたかもしれない。
私を無事に召喚させるため、手始めに実験台とされたタケルは私をどう思うか。
 
──写真に写るタケルの目が、私を睨みつけているような気がしてくる。
 
  お前が本物か
 
そう言っているような気がしてくる。
 
「アール、部屋を用意してある。暫く休みなさい」
「……しばらくってどれくらい?」
「時期にリアがコテツという男を連れて部屋に行く。──コテツは面白い奴でな、良い話し相手になる」
「……フフッ」
 と、アールは笑った。
「なにかおかしいか?」
「バカじゃないの? なにが良い話し相手よ。どーせ精神科医かなんかじゃないの」
「……今の君には、よき理解者が必要だ」
「知らない奴が私の理解者になるっていうの? バカバカしい」
「…………」
「理解出来る人なんかいるわけない。全く同じ立場で全く同じ心を持ってない限り誰にも他人の理解なんか出来ない!」
 
その時、部屋をノックする音がした。ジェイが様子を窺いに来たのだ。
 
「アール様、お帰りなさいませ。──なにかお飲み物は?」
 と、ドアの前に立ち、訊いた。
「私の帰る場所は此処じゃない」
 アールは“お帰りなさいませ”という言葉に噛み付いた。
「……失礼致しました」
「様付けもやめて。不愉快」
「以後、気をつけます」
「──ムカつく」
 と、アールはジェイに歩み寄り、押し退けて部屋を出て行ってしまった。
「アール様!」
「様付けはやめろと言われたばかりだろう」
 と、ゼンダは立ち上がった。「放っておきなさい。一人で外に出ることはないだろう」
「しかし……」
「彼女の痛みは予想以上だ。人格が変わるほどにな」
「…………」
 

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©Kamikawa
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