voice of mind - by ルイランノキ


 シャットダウン43…『夢幻泡影20』

 
ルイ達が呼ばれた待合室のテーブルに、飲み物とお菓子が置かれていたが、誰も手をつけずにいた。
 
動揺を隠せない様子で、ルイが言った。
 
「タケルさんは……選ばれし者じゃない?」
 
ゼンダから聞かされたのは、耳を疑う話だった。
世界の破滅が近づいている中でようやく出会えた希望の光が、偽物だった。──それも意図的に全く関係のない人間(タケル)を召喚させ、選ばれし者であると虚言。
なぜそうする必要があったのか、ゼンダは坦々と話した。まるで丈瑠は実験材料であるかのように。
 
当然、ルイ達にも疑問が沸いて来る。“試す”必要があったとはいえ、なぜ“嘘”をつく必要があったのか。
ゼンダは言った。選ばれし者の情報を事前に知っておくためには、そうするしかなかったと。そして共に旅をする自分達が選ばれし者の手となり足となる“役割”を問題なく行えるかどうかの見極めも必要だったと。
 
──到底、そんな理由を理解出来るはずがない。
 
ルイはただ黙ってゼンダの話を聞いていた。薄々何かがおかしいとは思っていた。城に戻ったことで感じるギルトの力がまだ生きていることを証明していた。ピリピリとした魔力が漂っている。
 
「タケルはどうなるの?」
 そう不安げに訊いたのはカイだった。
 目の前に置かれたお菓子には目もくれず、丈瑠のことばかり気掛かりだった。
「彼が決めることだ。真実は私が告げよう」
「待ってください」
 と、ルイが口を開く。「僕が彼に話します」
「話せるのか?」
「仲間ですから」
「……そうか。だが、話すのは情報を得てからにしなさい。何か聞き出すことは出来たのか? 彼が……いや、グロリアが存在する世界がどのような場所か」
「聞き出す……? さぐるようなことはしていません」
 と、ルイは険しい表情を見せた。「ただ、話は聞きました。魔法も魔物も一切存在しない世界のようです」
「……ふむ、興味深いな。何故そのような世界に選ばれし者の存在があるのか」
「ゼンダさん」
 と、ルイはゼンダの目を見据えた。「他に理由があるのではないですか?」
「なんのことだ」
「嘘をついた理由です。選ばれし者が存在する世界の様子など、タケルさんではなく選ばれし者に直接訊けば済みます。タケルさんに訊くにしても、嘘をつかなくても彼は話してくれたでしょう。──わざわざ選ばれし者に仕立てる必要はなかったのではないかと」
「……本当にそう思うか? 突然見知らぬ世界に飛ばされた人間に、お前は実験台になったのだと告げ、お前の世界がどのようなものか聞かせてくれと頼み、平然とわかりましたと言って話し出すと思うのか? 責任逃れをするようだが、全てはギルトの提案だ」
「ギルトさんが言うことは絶対なのですか?」
「ルイ、君達を騙したことは申し訳ないと思っている」
 と、ゼンダは半ばため息混じりに言った。「まだ話していないことがある」
「なんですか?」
「タケルは、一度死んでいるということだ」
 
意味がわからないと言わんばかりに、カイが首を傾げた。
 
「どうゆーことぉ? 確かにタケルは屋上から飛び降りたって言ってたけど……生きてるじゃん! 飛び降りた瞬間にこっちの世界に呼んだんじゃないの? 死んじゃう前にさぁ」
「いいや、彼は既に死んでいた。体を打ち付ける前にな。魂が体から抜けていたのだ。──死に対して恐怖心がある者ほど命の停止は早い。タケルに今一度訊いてみるといい。死にたいと願い飛び降りたのだろうが、すぐに後悔したのではないかとな」
 
確かに丈瑠は、飛び降りた途端に恐怖心に怯えていた。それまでは飛び降り自殺に対して希望を持っていたというのに。
“死んでしまう”恐怖心が全身を震わせた。パニックを起こし、思考回路が停止する。
そして脳がシャットアウト。──最大の恐怖から身を守るための働きだった。
 
 時が止まる。
 
羽を広げた一羽の烏が、地面すれすれで停止した丈瑠を見下ろしている。
体から引き離された魂が闇に引きずり込まれ、その後、空っぽとなった身体が転送された。
丈瑠の魂と身体は個別に、別世界・エスポワールへと導かれた。
そして後に、繋ぎ合わされる。──魂を体内へ。
 
「タケルは普通の人間だ。なんの力もない人間は転送される時空の歪みに耐えきれず身体は引き裂かれ跡形もなくなる。そこで選ばれたのがタケルだった。タケルの生命を示す“光”は消えかかっていた。弱々しく今にも消えてしまいそうな光。ギルトは知っていたのだろう。彼の死を。……死んだ人間は、転送しやすい。壊れる心配もない。既に、壊れてしまっているのだからな」
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -