voice of mind - by ルイランノキ


 シャットダウン35…『夢幻泡影12』

 
──静穏な夜。
 
テント内で繰り返されるシドのイビキと、時折合いの手のようにカイが寝言を発する。
 
「ん……おやすみなさい……」
「ははっ、夢の中でも寝てるのかな」
 と、カイの寝言に反応した丈瑠。
 
彼は布団の中で俯せになり、マナーモードにしてある携帯電話のアプリゲームをやっていた。ルイも起きていて、自分の布団に入り、上半身は起こした状態で小説に目を通していた。
 
「カイさんは本当によく眠りますね」
「ルイはまだ寝ないの?」
「もう少ししたら、眠りますよ」
「早寝早起きしてるイメージがあったけど、いつも遅くまで起きてるよね……。俺は夜な夜な公園で暇潰してたりして、向こうの世界にいた頃から寝るのは遅かったけど、ルイは大丈夫なの? 料理作ったり掃除したり、常に動いてて疲れてないの?」
 心配そうに訊く丈瑠に、ルイは優しく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。僕はほとんど戦闘に参加しませんし、泉にも浸かりましたし、睡眠時間は3時間あれば十分です」
「そうなの? でも……治療魔法使うと魔力だけじゃなくて体力減ったりしない?」
「……なぜご存知なのです?」
「え、今やってるゲームの魔法使いがそうだから」
「ゲーム……」
「他のゲームは体力と魔力は別なんだけど、このゲームは魔法使いのキャラがちょっと使い辛いんだ。一応攻撃魔法も使えるんだけど、治療魔法も攻撃魔法も使うと体力まで減っちゃってさ。──あ、ごめん……」
 ハッとして、すぐに謝った。
「僕と同じですね」
 と、ルイは笑った。
「ごめん……そういうつもりで言ったわけじゃ……」
「わかってますよ。タケルさんは優しいのですね」
「えっ……そんなことないよ……」
 と、丈瑠は俯いた。
「共に、がんばりましょうね。長い旅になると思いますが、僕達が力になります」
「うん、ありがとう」
 
丈瑠は照れ笑いをして、ゲームを再開した。
しかし、電池表示が残りひとつになり、アプリゲームが強制的に終了してしまった。
 
「あっ。ケータイの電池が……。充電器持ってきてないし、電池なくなったらもう使えないか……」
 と、丈瑠は肩を竦めた。
「充電シール、余っているので差し上げますよ」
「……? シール?」
「えぇ」
 と、ルイはシキンチャク袋から充電シールを取り出した。魔法円が描かれている小さなシールだ。
 丈瑠に渡し、言った。
「電池に貼ってみてください。多分、タケルさんの携帯電話にも使えると思うのですが」
 丈瑠は戸惑いながら、カバーを外して電池パックにシールを貼付けた。
「これでいいの?」
「はい。充電されませんか?」
「え、これだけで?」
 半信半疑で携帯電話の画面を見ると、表示されている電池のアイコンが点滅していた。また、充電中を示すランプもついている。
「すごい! これも魔法だよね?!」
「えぇ。充電シールは旅人のために作られたもので、モーメルお婆さんが開発してくださったのですよ」
「モーメルお婆さん?」
「魔術師です。様々な魔道具を作り出している方で、よくお世話になっているのですよ。タケルさんもいずれお会いすることになると思います」
「魔術師……怖い人?」
「いえ、優しい方ですよ」
「そっか。よかった」
「充電シールは数ヶ月は持ちますから、シールの魔法期限が切れたら言ってくださいね」
「うん、ありがとう!」
 
充電の残り表示が“ふたつ”になったのを確認し、アプリゲームを再開した。
主人公の勇者と自分が重なり、胸が騒いだ。それはまだ夢の中にいるような、心地好いものだった。
 
丈瑠は幼い頃からゲームが好きだった。だけど、買って貰えることはなかった。
本屋でゲーム雑誌を見る度に、面白そうで、いつかバイトをはじめてお金を貯めたら買おうと思っていた。
思春期を迎えたころ、父親から「これで好きなもん買ってこい」と、暫くの間家を出るようにという口実でお金を貰うようになった。自分は邪魔者なんだと寂しさを感じるときもあったけれど、働いてもないのにお金が手に入るのは嬉しかった。
暫くの間はあまり使わないようにして、お金を貯め、携帯型ゲーム機を買った。それからは外で暇を潰すのが楽になった。ゲームをしていればあっという間に時間が過ぎて行った。──そのかわり、勉強をする時間はなかったが。
中学3年になったころ、誕生日でもないのに父親が携帯電話をプレゼントしてくれた。金は払うから気にすんな、と言って。
なんの為に買ってくれたのかは、すぐにわかった。学校が終わって家で課題をやっていると、父親からメールが入ってきた。
 
【母さんは帰ってるか?】
 
ある時から、父さんが再婚した相手(戸籍上では俺の母親だけど俺は母親だとは思っていない)が家に帰ってこない日が増えた。詳しい理由は知らないけど、父さんとうまくいっていないのは確かだった。
 
【帰ってない】
 そうメールを返すと、
【同僚の西川が来るからお前も留守にしておけ】
 
西川というのは、父さんの愛人だ。また『同僚』と嘘をつくところは昔から変わっていない。ハッキリ言えばいいのに。彼女とセックスするから暫く家を出てろって。それか、「彼女を連れて帰る」とだけ言えば、頼まれなくても家を出てやるのに。
携帯電話を手に入れてから、父さんはお金をくれなくなった。ケータイさえあれば暇を潰せると思ってのことだろう。おかげで新しいゲームソフトを買えなくなった。
小さな抵抗で、アプリゲームをダウンロードしまくった。携帯代はかなり高額になっていたはずなのに、父さんは何も言ってこなかった。
俺に対して少しでも悪いと思っていたのかもしれない。
 
ゲームの中の世界は、輝いて見えた。
モンスターを倒せばお金が手に入る。勉強なんかしなくていい。仲間がいて、色んな場所へ冒険に行く。名誉を手に入れる。
 
学校帰りにいつもと違う道を歩いた。細い路地裏を見つけ、ふと思う。この路地裏を抜けたら別世界へと通じていたりして……と。
ガキっぽいと思いながらも、夢を見ずにはいられなかった。
 
いつだって探していた。
二次元や別世界へと通じる道を。
 
でも、別世界へ通じる道も扉も
何処にもない。
此処から抜け出せれば、
どこでもよかったのに。
 
あの世でも。
 
──そして見つけたんだ。
別世界へと通じる、光。
 
 
やっと 見つけたんだ──
 

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©Kamikawa
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