voice of mind - by ルイランノキ


 シャットダウン34…『夢幻泡影11』

 
「タケルぅー! 汗洗いながそぉー!」
 と、カイはテントの中でくつろいでいた丈瑠に声を掛けた。
「あ、でも今シドが浸かってるよ」
「いーじゃんべつに」
「3人じゃ狭くない?」
「いーじゃんべつに」
「……そうかな」
「早く行こう!」
 と、カイは丈瑠の腕を掴んだ。
「──カイさん、連絡してくださいましたか? リアさんはなんて?」
 ルイはテント内に出した丸い座卓にノートを広げている。
「あ、ゼンダのおっちゃんに電話したんだよー。防護服出来てるから持ってこさせるってさ」
「そうですか……。他にはなにか言っていませんでしたか?」
「ん? 特になにもー」
「そうですか……」
「ルイも泉で汗流そー?」
「いえ、僕は後で入りますから」
「ちぇー。んじゃ、タケル行こー」
 
カイと丈瑠はテントを出て、先にシドが入っている泉へと浸かりに行った。
泉の中心にそびえ立つアリアン像。涼しげな風が水面を揺らした。
 
「ねーねー、タケルが住んでたとこって、どんなとこー?」
 泉に浸かり、両手ですくって顔を洗いながら訊いたカイ。
「東京に住んでたよ。人もビルも多くて、空気が悪いところ」
「トーキョー? 世界の名前?」
「え、違う違う。地球っていう星の、日本という国の、東京っていう地域」
「チキューのニホンのトーキョー?」
「そうそう! 東京は都会でさ、有名なものといえば……やっぱ東京タワーかな」
「トーキョタワー?! なにその楽しそうなタワー!! 遊べるとこ?!」
「うぅーん……多分カイが想像してるタワーとは違うと思う。電波塔だし」
「え……なんだ電波塔かぁ……なんで電波塔なんかが有名なの? トーキョーには電波塔しかないの?」
「違うよ……。でも見晴らしは綺麗だし、夜景スポットだよ」
「ふうん? なんかパッとしないねぇ」
「でも映画ではよく使われる場所だしさ、スカイツリーの建設が始まってからは……あ、スカイツリーっていうのは──」
「空の木?! もしや空まで高い木? てっぺんにはなにがあるの?!」
「……いや、スカイツリーも電波塔なんだけどね」
「…………」
 カイはあからさまにテンションを落とした。「もうタケルにはガッカリだよ」
「俺のせいなの……? あ、東京タワーの写真なら携帯電話に入ってるよ」
「電池パックのとこにでも電波塔の写真入れてんの? 変な趣味だねぇ」
「違うって……写真ってゆうか、写メ。携帯電話で撮影したデータ」
「あぁ……なんか言ってたねぇ。携帯電話で写真も撮れるって」
「うん。──待ってね、確か脱いだ服ん中に……」
 と、泉から身を乗り出して、脱いだ服から携帯電話を取り出した。
 
データボックスから東京タワーの写真を探し、カイに見せる。
 
「これが東京タワーだよ」
「うわ! 綺麗! 赤い! おしゃれじゃん!」
 カイは食い入るように見遣った。
「うん、夜の東京タワーだからね。ライトアップされてるんだ」
「すごいねぇ、お洒落にライトアップされてる電波塔なんか初めて見たよぉ」
「0時になると消えるんだけどね」
「ふぅーん、変なことに魔法使うんだねぇ」
「……あ、違うよ。消すって電波塔自体を消すんじゃなくて、明かりをね」
「あぁ、なんだ。じゃあなんでにライトアップすんの? どうせ消すのに」
「…………」
「スカイツリーの写真はないのー?」
「あるよ。えーっと……これ」
 東京タワーとは違い、ライトアップされていない昼間のスカイツリーだ。
 
残念ながら実際に見に行って撮ったものではなかった。ネットで拾った画像を保存したものだが、カイにわかるはずもなく、丈瑠はあえて何も言わなかった。
実際に見に行ったわけでもないのに拾った画像を保存しているなんて、寂しい奴だと思われたくなかった。
 
「……空の木とはほど遠いねぇ」
「ん、多分カイの想像力が高すぎるんじゃないかな。さっきも言ったけどあくまで電波塔だから。中に入ったってただ景色がいいだけだったし」
 と、丈瑠はさも行ってきたかのように話した。
「だよねぇ……」
 
──東京は、寂しいところだった。
 
丈瑠は画像を見ながら、思い返していた。
窓から外を覗けば、誰かが視界に入ってくる。誰かの足音が聞こえる。生活の音がどこからか聞こえてくる。自分以外にも生きている人間がそこら中にいる。──当たり前のことだが、それが孤独をよりいっそう強めた。
蟻のように、こんなに沢山人が行き交うのに、誰も俺の存在に気づいていないような孤独感。街中で大声を出して泣き叫んでも、変な奴がいるとしか思われない気がした。
四方八方から聞こえてくる笑い声に耳を塞ぎたくなった。自分が笑われているような気がした。頭の中で笑声がこだまする。向けられた笑顔、気持ち悪い白い歯。突き刺してくる人差し指。
人が多い分、犯罪率が高い。無差別殺人事件のニュースを耳にする度に、なぜ自分を見つけてくれなかったのかと思ったりもした。自分なら、殺されても誰も悲しまないのに……と。
 
人込みの中に埋もれる日々。注目を浴びようと思えば簡単なことだった。見物人なら十分にいる。集める必要もない。
でも、注目を浴びて誰かの記憶に残ったとして、それがなんになるのだろう。
 
──耳障りな笑い声。
 
本当は誰よりも、笑顔を交わす人々の中に入りたかったんだと思う。
 
弱い自分を認めるのが嫌で、強がっていた。笑いたいのに笑えないから、笑ってる奴らを冷めた目で見ていた。見下すように。
 
「他にはなにがある? トーキョー」
 と、カイが訊く。
「東京ドームかな」
「つまんなーい……名前からして」
「球場なんだけど、いろんなアーティストがそこでコンサートを開いたりしてるんだ。あ、ロックの音楽聴かせたでしょ? そのアーティストも東京ドームでコンサートしてた。行ったことはないけどね」
「ふーん。他はぁ? 楽しいとこないの?」
「東京ディズニーランドとか?」
 それまで黙って泉に浸かっていたシドが、口を開いた。
「──なぁ、もしかしてスカイツリーってのも“トーキョースカイツリー”か?」
「あ、うん」
「なんでもかんでも“トーキョー”がついてんだな。どんだけ主張したいんだよ」
「あはは、言われてみればそうだね」
「ディズニーランドってなにー? ワクワクするとこ?」
 と、カイが目を輝かせた。
「ワクワクするとこだよ。ディズニーのキャラクター達がいるテーマパーク。アトラクションが沢山あるんだよ」
「……なぁお前、行ったことねぇだろ」
 と、シドが言った。
「え……」
「説明が浅すぎる。そんな楽しいとこならなにがどう面白いのか言ってみろよ」
「…………」
「トーキョーってとこに住んでんのも嘘だろ」
「本当だよ! ──東京に住んでるのは本当。でもディズニーランドには行ったことない」
「なんでー?」
 と、カイが言った。「あ、もしかして大富豪の遊び場とか?!」
「ううん。東京ディズニーランドって言いながら実は千葉県にあるし……一緒に行く人がいなかっただけ。」
「一人で行けばいいじゃーん。俺なら一人で行くけど」
「むなしいだけだよ。友達、家族、恋人たちの中で一人なんて」
「そんなに沢山人がいるなら一人でもわかんないじゃん」
「……人の目を気にしてるわけじゃなくて、孤独感に耐えられないんだよ」
「友達作ればいいじゃん。楽しそうな人達に話し掛けてさぁ、一緒に遊ぼーって!」
 シドが鼻で笑った。
「んなウゼェことできるのはお前だけだろ」
「そうだよ、俺には出来ない。そんな勇気ないよ」
「世界を救う勇気はあるのにぃ?」
「今ならなんでも出来そうな気がするけど、向こうの世界にいたときは……」
「飛び降りるのに勇気はいらなかったの?」
 と、カイは無神経に尋ねる。
「勇気にも色々あるでしょ? 人前で何かをやる勇気、命をかける勇気、新しいことに挑戦する勇気とかさ」
「ふむふむ、確かにねー。あ、タケル変われるよ。この世界で!」
 と、カイは笑ってみせた。
「うん! 精神的にも強くなって、世界を………」
「どしたの?」
「世界を救うってさ、なにするの?」
「……アハハハハハハ!」
 カイとシドは思わず大笑いした。
 シドは言った。
「お前天然? あんだけ意気込んどいて知らなかったのかよ!」
「え……だって……そういえば詳しく聞いてないと思って」
「あれー? ルイから聞いてないのー? ルイ説明役なのにぃ」
「そうなの? 聞いてないや……」
「あははは、多分タケルが全部わかったようにやる気満々だから説明し忘れてんのかもー。そういえば飲み込み早いなぁと思ってたんだよー」
「やっぱ俺、おかしいよね」
 と、苦笑した。
「俺が教えてあげる! シュバルツを倒して世界を救うんだ!」
「簡単な説明だね。──シュバルツって?」
「この世界を滅ぼそうとするやつだぁよ」
「滅ぼそうとはしてねんじゃね」
 と、シドが言った。「手に入れようとしてる……かな」
「そのシュバルツって今どこにいるの? 野放しにされてるの?」
 丈瑠の問いに、シドが答える。
「──いや、今はまだ眠ってる。“死霊の島”にいると言われている」
「名前からして気味が悪いね」
「あぁ、元々は名も無き島だった。数百年前から魔術師らが集まって死者を甦らせる儀式など行なわれていた場所だ」
「死者を? そんなこと出来るの?」
「いや、一度死んだ人間を甦らせたことが出来たのは、アリアンだけだ」
 そう言ってシドはアリアンについて説明を足してから、続けた。
「──で、結局アリアンのように死者を甦らせることは出来ず、奴らが“作り出した”のはアンデッド」
「アンデッド……ゾンビってこと?」
「あぁ。黒魔術師が何人集まろうと生み出すのはアンデッドばっかだったと聞いた」
「黒魔術師って?」
「お前をこの世界に召喚させた奴も、黒魔術師だが、資格のない者が悪魔を配下として従わせ、良からぬことに邪悪な力を使おうとする奴らだ。資格がない者に制限はないからな。黒魔導師なんかもまぁ悪魔の力を借りて犯罪に使ったりする連中だよ。黒魔術師も黒魔導師もそれだけで犯罪者として扱われる。ほとんどが処刑対象だ」
 
黙って首を傾げる丈瑠に、カイは言った。
 
「独学で多才な知識や腕はあっても、医師免許がなければ人を手術しちゃいけないのと一緒だよん」
「あぁ……わかりやすい。じゃあ暗黒魔法っていうのは?」
「力ある者にしか使えない魔法だよ」
 と、カイが言う。「資格を持たずに悪魔と契約した魔導師が、黒魔導師なんだ」
「悪魔? えっと……とりあえず……死者を甦らせることは出来ないんだね、魔法が存在する世界でも」
「いや、だから一人だけ死者を甦らせた奴がいる」
 と、シドは言った。
「えーっと……アリアン?」
「そ、アリアン」
 シドはアリアン像を見上げた。「世界を救った女神。伝説になってる」
「…………」
 丈瑠もアリアン像を見上げた。
 
翼を広げ、目を閉じ、微かに微笑む口元、祈りを捧げる両手。──丈瑠の目には、ただの銅像にしか見えなかった。街中によく飾られている、女性像と変わらない気がした。冬になると誰かがふざけてマフラーを女性像の首にかけていたりするんだ。
 

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