voice of mind - by ルイランノキ


 シャットダウン22…『見ちゃった』◆

 
朝食を食べ終えた一行は出発する準備を始めた。
 
「お前ストレッチしたか?」
 と、腰に刀を掛けながらアールに訊くシド。
 
アールは写真のことが気掛かりで、茫然としながら支度をしている。
 
「おいっ」
「え……?」
 ようやくシドに気づき、振り返る。
「ストレッチはしたかって訊いてんだよ」
「あ……うん」
「ほんとかよ……。ったく、世話やかすなよ」
「うん……」
 
アールはちらりとカイに目をやると、欠伸をしながら面倒くさそうに布団を畳んでいた。テーブルに置いていた写真をルイが手に取ったのを見て、ドキリとした。
 
「カイさん、写真です」
「しゃしんー?」
「ギップスさんが持ってきてくださいました」
「ギップスぅ? え、なんでギップス?」
「カイさんはまだ寝てらっしゃいましたが、朝食の前にギップスさんが来たのですよ。カイさんが刀を無くしたことを知ってわざわざ届けにきてくださりました」
 
カイの刀はテントの隅に立てかけてある。
 
「ミシェルさんがカイさんの愛用刀をわざわざホテルまで取りに行ってくれたそうですよ」
「なにそれぇ! なんで起こしてくれないのさぁ!!」
 そう言いながら乱暴に写真を受けとった。「──なんの写真?」
「モーメルさんにフイルムを預けていたのでは?」
「え……」
 カイは封筒から写真を取り出そうとしていた手を止めた。
「どうかしましたか?」
 座卓を仕舞いながら、尋ねたルイ。
「見た? 写真……」
「いいえ。僕は見ていませんが……」
 と、ルイはアールに目を向けた。
「私も見てないっ」
 と、アールは不自然に答えた。「見ようと思ったけど……やめた」
「…………」
 そんなアールの様子をルイは黙って見ている。
「そっかぁ……よかったぁ」
「変なもんでも撮ったのか?」
 と、シドはカイに貸していた刀をシキンチャク袋に仕舞いながら言った。
「え、あぁ……うん。俺の裸をね!」
 そう言ってそそくさと写真を仕舞った。
「気持ちわりぃな。自分の裸なんか撮ってどーすんだよ」
「俺のことが好きな子に配るんだよぉ」
「いい迷惑だな」
「なんでさぁ! 俺だったら好きな子のヌード写真欲しいけどなぁ」
「女と男は違うだろーが!」
「なぁーんだよぉ! 別にシドにあげるわけじゃないんだからいいだろぉ?!」
 
2人がそんなやり取りをしている中で、ルイはアールに声を掛けた。
 
「アールさん」
「あ……ごめん。ちょっと……」
 写真について訊かれるだろうと察したアールは酷く動揺した。
「嘘をつく理由があるのですね」
「……ほら、カイが自ら言ってるじゃない。自分のヌード写真撮ったって。あれ見ちゃったから……見なかったことにしたくてさ」
「それも、嘘ですよね。そういった写真は現像出来ないはずですから」
「あ……うん……ごめん。あとで話す」
 と、アールは逃げるようにテントを出た。
 
──秘密にされていることを聞き出すのは、勇気がいることだった。
空気が重くなるほどの秘密。それに触れる怖さに言葉を詰まらせる。
 
学生の頃、クラスメイトの女の子達が自分を見ながらヒソヒソと話していた。
ずっと気になっていた。雰囲気からして、いい話ではないことはわかっていた。それでも何を話しているのか、気になっていた。傷つくことであろうと分かっているのに。
 
「気にしないほうがいいよ」
 そう言ってくれた友達は、なにか知っているようだった。
 知らないままのほうが傷つくこともないけど、知らないままは気持ちが悪い。
「キモいって言ってたよ……」
 
聞かなければよかったと後悔した。そして、友達に言わせてしまった罪悪感。
平然と笑って流したけれど、家に帰って悔し涙を拭った。
 
私が何をしたっていうの。
原因はどこにあるの。きっかけは何だったの。
自分の行動、言葉遣い、仕種を見直した。ダメなところは沢山あった。嫌われて当然だと思った。
そんな私と仲良くしてくれている友達に涙した。
 
隠し事に触れる不安は、拭えない。
 
 
「今日もさみぃな……」
 黒いコートを纏ったシドがテントから出てきた。黒いコートを着ていると少しスタイリッシュに見える。
「珍しいね、シドがコート着てるとか」
「あ? 俺だって寒いもんは寒いんだよ」
「俺も寒いーっ!! チョー寒い!!」
 と、カイは腕を摩りながら出てきた。
 
昨日はあれほど嫌がっていたのに、今日は歩くようだ。
 
「雪降ればいいのにね」
 そう言ってアールは空を見上げた。冷たい風が流れ、足元は積もった雪に覆われているが、雪は止んでいる。
「ゆきーの降る朝にぃー」
 と、カイが歌いだす。「こごーえる寒さの中ぁー」
「なにその歌」
 と、アールは訊くが、カイは歌い続けた。
「かのーじょが現れてー、暖めてくれたぁー。そのー日からー、ぼくはぁー寒さも感じないー…温もりも感じないー…彼女は雪女だったぁー」
「雪女の歌? 有名なの?」
「うん、チョー有名」
「うそつけ!」
 と、シドがあきれる。「お前が作ったんだろーが」
「うん、シドとルイの間ではチョー有名」
「へぇ……」
 と、アールは軽く苦笑い。「他には?」
「2番もあるよ」
「あ、雪女はもういいや。だって寒さも温もりも感じないって、凍り付けにでもされたんでしょ?」
「え、うん。そうだけど最期は笑うんだよ老人が」
「老人?」
「うん、雪女に遭遇したのは老人で、若い雪女に抱かれてポックリ逝っちゃう歌だから。俺が爺さんになったらそういう死にかたしたいなって思ってさぁ。若い女の子が老人を抱いてくれるとは思えないから、雪女なら有り得そうかなってー。寒い時期に考えた歌。売れると思うんだ」
「──長々と説明してくれてありがとう。歌手にでもなるつもり? おもちゃ屋は?」
「おもちゃ屋で流すんだよー」
「雪女に抱かれる老人の歌を?!」
「うん、年をとっても夢や希望は持とうねっていう思いを込めた歌だしぃ」
「感情込めて歌ってもなかなか伝わらないと思うよ」
 
身支度を終えたルイが外へ出て、テントを仕舞った。
 
「さ、出発しましょう」
 
一行は休息所を出て歩き出す。
静かな朝に、きしきしと雪を踏み締める音が鳴る。
 
「じゃあさ、椎茸の歌はー?」
 と、カイがアールに言う。
「どんな歌?」
「地味だけど食べたら美味しいよ、でも嫌いな人はとことん嫌いだから、でしゃばると後悔するよっていう歌」
「……うん、何が言いたいのか分かるようで分からないかな」
 
──話題なんて、なんでもよかった。
 
「そうー? 自信持てない人に『自信持って!』なんて言う人いるけどさぁ、いくら自信持ってもダメなときはダメってことなんだけどー」
「そっか。雪女よりは椎茸の方がお店のBGMにいいかもね」
 
──笑って話しながら、タイミングを見計らっていた。
 
「じゃあ椎茸にするー。あとねぇ、花火の歌もあるよー」
「あ、それいい歌っぽい!」
「花火は綺麗だけど綺麗なのは一瞬だけ。だからこそその一瞬を楽しむ。女性も若くいられるのは一瞬だけ。だからこそ若い今を思う存分楽しんじゃおうよっていう歌」
「うん、なんかムカつく」
「え? なんで? 若いのは今のうちじゃない?」
「それよりさ、」
 
心臓が馬鹿みたいにドクドクと速まった。
ふと思い出したように自然と写真のことを訊こうとしたけれど、タイミング悪くシドが割り込んでしまった。
 
「つまんねー話ししてないで魔物に朝の挨拶してこいよ」
 と、シドが言った。前方に魔物が現れたのだ。
「うん……」
 アールは首に掛けていた刀剣を元の大きさに戻し、構えた。
「“それよりさ”の後はなにー?」
 と、カイが訊く。
 
アールは今しかないと思い、決意した。
 
「……あの写真見ちゃった。ごめん」
 
アールは魔物に目を向けたままそう答え、走って行った。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -