voice of mind - by ルイランノキ


 シャットダウン18…『語り合い』

 
冬になると居間にはコタツがあった。姉がまだ実家にいた頃は、姉が占領していて居間には近づかなかった。
例えばコタツに足を入れていて、姉の足に少しでもぶつかってしまうと蹴られたり、コタツの上に置かれたおやつは無言の取り合いになったり、テレビのリモコンは姉が握っていたし……。
居心地が悪いから、自分の部屋にいることが多かった。
 
姉が恋人と同棲を始めてからは、気兼ねなくコタツを使えると思ったけれど、父が帰ってくる頃には2階の自分の部屋へ戻っていた。
父が嫌いなわけじゃないけど、この時にはもう私の中では親との壁が出来ていた。──といっても、ただ私が勝手に殻に閉じこもっただけ。
いつだって親が褒めるのは姉だった。それは仕方のないこと。姉と私は出来が違う。だから、姉は褒められて当然だし、欲しいものを買ってもらえて当然。
一方私は、よく叱られていた。勉強しなさいとか、暇なら家事を手伝いなさいとか。
普段だらし無いから仕方がない。
 
わかっているのに、姉を憎んだ。
どうして姉ばっかり……とか。自分がだらし無いのがいけないのに。でも私は私で、私なりに頑張ってきた。姉ほど良い結果ばかりは出せなかったけど、自分なりに頑張ったの。
でも結果が出ないのは頑張りが足りないからだと叱られた。
 
どんなに頑張っても結果が出ないこともあるのに。
私は、結果が悪くても頑張ったことは褒めてもらいたかった。そしたらまた次も頑張れるから。
それって甘えなのかな。
 
姉のようには上手くいかないことばかり。姉は1時間勉強しただけで良い点がとれていた。私は倍勉強しても平均点もとれなかった。
勉強の仕方が悪いのかなって思って、友達に勉強の仕方を聞いたりもした。悪戦苦闘してる最中に、叱られてやる気をなくした。
 
すぐやる気を無くすのも自分のダメなところだった。
何をやってもダメ。だから叱られる。姉は完璧。私は欠点だらけ。姉妹なのにこうも違う。
自分が悪いとわかっていながら何でも熟す姉を敵対して、そんな私を姉が嫌っていたのも当然で。
可愛くない妹。自慢出来ない妹。恥でしかない私。
 
姉と両親はよく、コタツを囲んで談笑していた。
その笑い声が私のいる2階の部屋まで聞こえてきて、耳を塞いだこともあった。
 
ひとりぼっちだと思った。
自ら一人になってるくせに。
 
親は私にうんざりしていたはず。
 
そんな悩みを誰かに話したことなど、一度もなかった。
答えは出ている悩みだから。
 
━━━━━━━━━━━
 
透き通った夜空に星が瞬いている。時刻は真夜中の2時。
目が覚めたアールは布団から起き上がり、背伸びをした。
ミシェルとの電話を終えた後、寒さのあまりすぐにテントへ戻って暖まった。それからは特にすることもなく、鞄の中身を整理したり、食事の準備を手伝ったりして時間を潰した。
途中、ルイの携帯電話にギップスから連絡があり、明日の朝到着するとのことだった。
夜になり、また眠りについたアールだったが、昼寝をしたせいでこんな時刻に目が覚めてしまったのだ。
 
静かに仕切りを開けると、ルイとシドが眠っていたが、カイの姿がない。昼食のときも夕飯のときも珍しく元気がなかったカイ。
心配になったアールは、コートを羽織ってテントを出た。辺りは真っ暗だ。目が慣れるまで少し時間がかかった。
カイのことだから一人でそう遠くには行っていないだろう。そう思いながら休息所を後にしようとした時、すぐ近くからカイの声が聞こえてきた。
 
「そうなんだよねぇ……こんな話が出来るのは君だけだよぉ」
 
その声は聖なる泉のアリアン像の裏から聞こえる。
誰と話してるんだろう。もしかしてギップスさんが来たのかな。それとも電話?
 
「だぁーれにも俺の気持ちなんてわかってくれないから、君がいてくれて……助かるピョン」
『ワタシもカイがいてくれて嬉しいピョン!』
「……カイ? おしゃべりうさぎと話してたんだ……」
「えっ? アールぅ!」
 と、驚くカイは、おしゃべりうさぎを抱き抱えて座っていた。
「なにしてるの? 風邪ひくよ?」
「うん……ちょっと誰かと話したくてさぁ」
「それでおしゃべりうさぎ?」
「この時間じゃ、誰も起きてないしぃ……あ、アールが起きてきたけど!」
「うん。お昼寝しちゃったから目が覚めちゃって」
「アールもお昼寝するんだねぇ」
「なにもすることなかったし、布団の中はあったかいしね。ていうか……カイは本当におもちゃが好きだよね」
「おもちゃが嫌いな人なんかいないよー」
 と、カイはおしゃべりうさぎを撫でた。
「確かにそうだけど……。もしかして、小さい頃にあまりおもちゃ買ってもらえなかったとか? その反動で今おもちゃを沢山買っちゃうとか」
「ううん。違う……」
 そう答えたカイは、どこか寂しげに笑った。
「……? なにか理由があるの?」
「うん。俺ねぇ、小さい頃、イジメられてたんだ」
「え……イジメ?」
 驚いて、思わず聞き返してしまった。
 
アールにもイジメられていた過去があったことと、いつも明るいカイの周りには、人が集まって来るイメージがあったからだ。
 
「うん。俺ね、ブッツブツだったからさぁ、ボーンメッシュとか呼ばれてぇ」
 と、笑う。
 アールは首を傾げ、
「ごめん、ブッツブツ? ボーンメッシュって?」
 と訊いた。
「ニキビとかぁ、アレルギーで赤いブツブツが出来やすくてねー? ボーンメッシュってゆうのは魔物の名前。ニガウリみたいにブツブツしてるやつ。ニガウリわかるー?」
「うん、ニガウリはわかるよ」
「そっかぁ。ニガウリだけに苦いよねー、俺あれ嫌いだなぁ」
「私も苦手だけど、それでなんでおもちゃ?」
「あるとき父ちゃんに買ってもらったゲームがあってさぁ、それまでみんな俺のこと避けてたのに、そのゲーム目当てで集まってきたんだ」
「……そっか、そういうもんだよね、子供って」
 なんだかやる瀬ない思いがして、アールは小さくため息をついた。
「うん。でも嬉しかったんだよー、ゲーム目当てでも話し掛けてもらえたし、ゲームがきっかけで仲良くなった子もいたからねー」
「それでおもちゃが好きなんだね?」
「うん。泣いてる子供がいてさ、おもちゃ見せたら泣き止んだりするんだよ。子供用のゲームなのに、大人がムキになって遊んでいたりしてさ、おもちゃっていいなーって」
「ふふ、そだね」
「アールもおもちゃ好きだよねぇ?」
「おもちゃにもよるけどね」
「え? 大人の玩具とか?」
「違うよ! ほら、テレビゲームとかあるじゃない。ああゆうのはコントロールが難しくて苦手かな」
「あーぁ、でも慣れると楽しいよー?」
「うん、そう思う……」
 
雪斗を思い出す。
たしかに隣でずっと時間を忘れてゲームをしていた彼は、本当に楽しそうだった。
 
「俺、沢山おもちゃを集めたり作ったりして、将来おもちゃ屋をやるつもりなんだよー」
「そうなの? 素敵だね」
「でしょー? 夢のあるおもちゃ屋。夢屋!」
「夢屋? もしかしてお店の名前?」
「そう! もっと捻ったほうがいいかなと思ったんだけどぉ、わかりやすい名前がいいと思ってさー。子供にもわかりやすくて覚えやすいだろー?」
「うん、いいと思う!」
「ヘヘッ! アールはー?」
「ん?」
「アールの夢はなにー?」
「私? 私の夢は……好きな人とお付き合いをして、結婚して、子供が生まれて、一緒に年をとってくことかな」
「つまんなぁーい……」
「言うと思った……。友達にも言われたし」
 
久美に話したことがあった。カイと同じ反応だった。
 
「だぁって普通じゃん! 夢がない!」
「酷いなぁ。平凡かもしれないけど、幸せなことだと思わない?」
 そう言ったあと、少しだけ心に蟠りを感じた。
「平凡ねぇ……」
 と、カイは腕を組んで首を傾げる。
「平凡……じゃなくなったけどね」
「え、なんでー?」
「ここから帰れなきゃ、夢を叶えられない」
「……帰れるよー」
「なんでそう言い切れるかな……」
「だぁいじょーぶだよぉ。帰るまでに色々あるかもしれないけどさぁ、ハッピーエンドだよ」
「無責任なこと言っちゃって……」
 と、アールは苦笑した。
「ねぇカイ……もしさ、私が常に元の世界へ帰りたいと思ってたら、幻滅する? この世界を救いたいと思って行動してるんじゃなくて、帰りたいから動いているのだとしたら……」
「俺はアールに幻滅したりしないよー」
「どうしてよ……」
「大好きだもーん」
「答えになってない」
「そうー? 例えばさぁ、アールが俺に酷いことしたとしても、俺はアールを嫌いにはならないんだ」
「……どうしてよ」
「大好きだから!」
「もういい」
 アールはため息をこぼした。
「アールが俺に100パーセントの酷いことをしても、俺はアールのことが200パーセント好きだから、100パーセント残ってるってこと」
「……そんな臭いセリフどこで考えたの?」
 そう言いながらも、照れ臭い。
 カイはにっこりと笑った。
「冗談でも嬉しいよ、ありがとう」
「冗談じゃないよー、ねーうさぴょん」
「私をそこまで好きになる理由がないよ」
「アールってなんにもわかってないんだなぁ、自分の良さを」
「カイってなんにもわかってないんだなぁ。私の最低さを」
「もぉ。そうやって自分を懲らしめるの、楽しい?」
「だって私は……」
「ま、アールが自分を嫌いな分、俺がアールを好きでいてあげるよー」
 
冗談や嘘でも、カイの言葉には救われた。
こんなにも包み込むような言葉を貰ったのは初めてだった。本気じゃなくったって、スラスラと並べられた彼の言葉に、騙されてもいいかなって思った。
 
久しぶりの、照れ笑い──
 

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©Kamikawa
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