voice of mind - by ルイランノキ |
脱いだ服を畳む間もなく、アールは泉へと飛び込んだ。
「さっ……寒いっ!」
じわっとあたたかい泉が冷え切った体に染みて、ぶるっと体を震わせた。
極楽、極楽、と、銭湯にいるおじさんみたいなことを口走りそうになる。
泉の“湯”を両手ですくって顔を洗った。顔の傷は大分薄くなってはいるようだ。
どんな傷も、生きている限りは塞がってゆく。
アールは頭まで浸かり、限界まで息を止めた。水の中では篭った音がする。──静かだ。
「ル……アールぅ」
──カイの声……?
「アールぅ、いないのかぁい?」
泉から顔を出したアールは、目隠しをして泉の近くに立っているカイを見遣った。
「なにしてんの……?」
「あ、アール? これこれー」
と、ハンドクリームのようなものを差し出すカイ。目隠しをしているせいでアールの頭の上にがざしている。
「目隠し外して大丈夫だよ」
「え? いや……えっと……」
「タオル巻いてるから」
「あ、なんだぁ」
と、目隠しを取るカイ。
「それ、なに?」
「ルイがアールにって。お風呂上がりに全身に塗ると湯冷めしないし体ポカポカなんだよー、濡れた肌にも使えるからおすすめー」
「へぇ、便利だね! 出たら寒いだろうなって思ってたから助かるよ、ありがとう」
「アール、タオル巻いてるなら俺も一緒に入ろうかなぁ」
「それはちょっと勘弁」
「えー、タオル巻いてるからいいじゃん。服を着るときは目を……すぼめとくからさぁ」
「いや、閉じててよ……」
と、アールはため息混じりに言う。
用が済んだはずのカイだが、泉に寄り添うようにして腰を下ろし、また雪だるまを作りはじめた。
「ねぇカイ、寒くないの?」
「チョー寒い。アールが冷たいから」
「うまいこと言うね……。ていうかもうテントに戻ってよ、髪洗いたいし」
「洗うって、泉に浸かるだけで汚れは落ちるのにぃ?」
そう言いながらペタペタと雪を丸める。
「そうだけど……洗わないと洗った気がしないし」
「ふぅん」
「いや……『ふぅん』じゃなくてさ」
「もぉーっアールはわがままなんだからぁ」
カイは渋々テントへと戻って行った。
作りかけの雪だるまを見て、アールは大きな欠伸をした。濡れた髪に手を伸ばし、手ぐしで軽く整える──
「え……?」
髪に触れた手に違和感を覚えた。恐る恐る見遣ると、手には髪の毛が何本か絡み付いていた。
「うそ……なにこれ……」
ストレスからだろうか。アールはもう一度手ぐしで髪をとくと、また髪の毛が数本抜けてしまった。
「最悪……」
ログ街で顔に酷い怪我を負ったのに、そんなに気にならなかった理由がある。
ストレスで吹き出物が出来ていたから、怪我のお陰で吹き出物が目立たなくなって少しホッとしたからだ。アールにとって吹き出物は怪我をすることよりも恥ずかしかった。吹き出物は汚いイメージがあったのと、この世界での生活が自分に合わず、口に出さなくても吹き出物がそれを物語っているようだったからだ。
口に出せない、出したくない言葉がいくつもあった。
口に出してしまえば、強いフリさえ出来なくなってしまいそうで。
ため息をつくと、白い息がふわりと広がった。
口にだせばハッキリとした答えが返ってくる。口に出したところで改善されることはなにもない。
かさかさになった肌。抜ける髪。突然発症する動悸や息切れ。目眩。
おいで……あたためてあげる
幼い頃、死にたいと思ったことがあった。けれど、いざ死と隣り合わせにいると、死にたいなど思わない。死にたくないとばかり思う。死に対する恐怖感。帰りたい場所がある。
おいで……
もう一人の自分が逃げ場をつくろうとする。何度も私を呼ぶ声がする。
おいでアール……
裸のまま、雪の中で眠ればあたたかくなる気がした。全てから解放されて、楽になれそうな気がした。
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「カイさん、遅かったですね」
テントに戻ったカイにそう言ったルイ。
「ちょっと小話をねー」
そう言いながら布団に寝そべった。「チョー寒いチョー凍える」
「すぐに戻るよう、言いましたよね」
「女の裸でも眺めてたんだろ」
シドがストーブの修理をしながら、そう言った。
「いや、アールはタオルを巻いていたよ」
と、何故かキリッとした表情で言うカイ。
「タオル姿を見たわけか」
「それはそれはもうセクスィだった。濡れたタオルがピッタリとアールの体にくっついて体のラインが……」
「あんな色気もねぇ女のどこがセクシーなんだか」
「わからないかなぁ。あのふくよかとは言い難いお胸が逆に可愛らしくてセクスィなんだよー。ドデーンとデカイお胸は触ってくださいと主張しているようで最高ではあるけれど、たとえ小さなお胸でも柔らかくて、それなりに弾力があるわけで……」
「下ネタがすぎますよ。それにアールさんに失礼です」
と、ルイは呆れたように言った。
「なんでだよぉ。入浴姿を見てなんとも思わないほうが女性に失礼だろー?」
「それは……わかりませんよ」
と、困惑したようにルイは顔を伏せた。
「こう……申し訳なさそうに膨らんでいるお胸が……」
「そそるのか。──お、ついた」
壊れていたストーブが動きはじめた。
「わーい、これでテントの中は極楽! てゆうかなんでストーブ修理したの?」
「あ? 壊れてたからだろ」
「でもシドはストーブなくても平気じゃーん」
と、カイはストーブの前に座る。
「まぁな」
「……もしかしてアールのため?」
「んなわけねーだろ。暇だったからだよ」
「ふぅぅぅん?」
「なんだよウゼェな!」
「あ、そういえば確かに巨乳じゃなかったけど、思ってたよりあった」
「平らじゃなかったわけか」
「平らは言いすぎだよぉ。……でもこの世界にきたばかりの頃より成長しているような」
「来たばかりの頃って……いつ見たんだよてめぇは」
「服の上からでも大体わかるじゃん?」
「呑気だなお前は」
と、布団に横になるシド。
「シドはやっぱ巨乳がいいわけー? それとも爆乳がいいわけ?」
「お二人さん……もうすぐアールさんが戻るかもしれませんから、そのような話はやめてください」
「胸なんか男にもあって女のほうが膨らんでるだけだろ。デブ野郎にも乳はあるしな」
「え、じゃあシドはプリケツ派なの? それとも……」
「お二人さんッ!!」
と、痺れを切らしたルイが怒鳴る。
「わーかったよもう話さないよぉ! ルイは乙女なんだからぁ……」
「──なんの話?」
と、アールが戻ってきた。「あ、ストーブついてる」
「アールおかえりぃ。シドがアールのために修理してくれたんだよぉ」
「そうなの? ありがとう」
カイの隣に座りながら、横になっているシドの背中越しに言った。
「てめぇのためじゃねーよバーカ」
「そうなの? でもありがとう」
Thank you... |