voice of mind - by ルイランノキ


 シャットダウン7…『下ネタ注意報』 ◆

 
雪は止むことなく、強まることもなく、静かに降り続けていた。
歩き続けていると自然に体が温まってきて、VRCで何度も倒した魔物、モルモートはアールが積極的に仕留めていった。
その成長ぶりを、面白くなさそうに眺めていたのは、カイだった。
 
「アールすごぉーい!」
 満面の笑みでそう叫びながらも、心の中では複雑な思いでいっぱいだった。
 
ひやりとした冷たい空気が頬を冷やす。
日が暮れはじめ、ルイは立ち止まってデータッタを見遣った。
 
「なにしてるの?」
 アールはルイの隣からデータッタを覗き込んだ。
「今データッタを見ていたら予報機能も搭載されていることに気づいたのです。しっかりと雪マークと気温が表示されています」
「気づくのおせーよ」
 と、シドが水筒の水を飲みながら言った。「知ってりゃさみぃ思いしなくて済んだのによ」
「すみません……」
「寒そうにしてなかったくせに」
 と、アールは言った「モーメルさん説明不足だね。でも便利だねデータッタ。地図機能はないの?」
「さすがにこの小さな画面に表示するのは使い辛いですからね。データッタで出来るのは時間を見ることとシュバルツのエネルギー、それからアーム玉が近くにあると反応して自分の位置からアーム玉までの距離を表示してくれることです」
「いいからさっさと調べろよ休息所」
 と、シドが苛立ちながら急かす。
「えっと……」
 ルイはシキンチャク袋から地図を取り出して広げた。「3キロ先にありますね」
「3キロぉ?!」
 カイが怠そうに訊き返した。
「たったの3キロですよ」
「徒歩何分?」
 と、アールが首を傾げて訊いた。
「1時間以内には着きますよ。魔物とカイさんの歩くスピード次第ですが」
 アールは不安げな面持ちでカイを見遣った。
「歩くよ歩くー。歩けばいいんだろー歩けばぁー。てゆうかシドの刀が重くてさー」
「刀のせいにしてんじゃねーよっ。体力なし野郎」
「わぁひどい。いざという時は体力ありありだけどねー」
「そのいざという時っていつよ」
 と、アールは訊いた。
 
休息所に向けて再び歩き出す。
途中、何度か現れる魔物を退治しながら、1時間半ほどかけて一行は休息所へとたどり着いた。
 
「テントテントテントテントっ」
 と、カイがルイを急かす。
「今出しますから……」
「ジャケット着てても寒い寒い寒いっ」
 
聖なる泉の中央に立っているアリアン像に雪が積もっていた。
泉から、白い霧が出ている。
 
「キンキンに冷えてる……?」
 そう呟いたアールの視線を、テントを出し終えたルイが辿った。
「あれは湯気ですよ」
「湯気? こんなに寒いのに? 聖なる泉ってぬるま湯だったよね?」
「聖なる泉の水温は変わらないのですよ。常に38度程ですから、この寒さだと体が冷えきっているので少し熱く感じるかもしれませんね」
「そうなんだ。じゃあ早速入ろうかな」
 そう言ったものの、テントからタオルと着替えを持ったシドが出てきた。
「バーカ。てめぇは長いから後にしろっ」
 そう言って泉の前へ行くと、服を脱ぎ始めたため、アールは仕方なくテントに入って待つことにした。
 
カイは既に布団の中だ。
 
「アールさん、なにか温かいものでも飲みますか?」
「うん、コーヒーを」
「かしこまりました」
 ルイは先にテント内に座卓を出した。
 
調子の悪いストーブも念のために取り出してスイッチを入れてみると、今は機嫌がいいのかすぐに赤く光ってテント内を暖めはじめた。
アールはコートを脱いでテーブルに俯せになると、大きな欠伸をした。
 
「カイはいつ入るんだろ……」
「泉ですか? 最後でいいと思いますよ。シドさんが出たら、アールさんお入りください」
「ん……ありがとう」
 
顔を伏せて、目を閉じた。
──折り紙。
病院で出会ったマリがくれた、花の折り紙が脳裏に浮かぶ。売店で声をかけてくれた。優しい笑顔で折り紙の花を配っていた。ちょっとおませな女の子。
何才くらいだったかな。病気ってなんだろう。ジャックは知っているのかな。
 
 マリは 亡くなりました
 
苦痛な面持ちでそう告げた母親の声が、こびりついたまま消えない。
 
 
「アールさん、寝てしまいましたか?」
 ルイに声をかけられ、アールは顔を上げた。
「ごめん、起きてるよ」
「すみません、コーヒー、切らしていました……」
 そう言って、ルイは空になったコーヒーの瓶を見せた。
「そっか。じゃあいいよ」
 と笑顔で言う。
「他の飲みものにしますか? とっておきのものがあるのですが」
「とっておき?」
「えぇ。僕はコーヒーより好きなのですが」
「ルイがコーヒーより好きなものって? あ、紅茶?」
「いえ。“梅昆布茶”です」
「…………」
 アールは口を半開きにしたままルイを見遣った。
「苦手ですか?」
「ううん。超意外なチョイスだなと思って」
「そうですか? 梅の風味がほんのりとして好きなのですよ」
「梅昆布茶かぁ。カラオケで頼んだことあったなぁ。──ていうかこの世界に梅、あるんだ」
「カラオケ……よく行かれるのですか?」
 ルイは粉末の梅昆布茶が入っている袋を開け、準備を始めた。
「カラオケもあるんだ……」
「え……? あ……えぇ……」
「……?」
 ルイの様子が、変わった。
 
どうせまた“タケル”に関することだろう。彼等が口ごもるたびに“タケル”が過ぎる。
 
「カラオケは好き。音楽が好きだから」
「そうですか」
「気合い入れたいときはノリの良い曲を聴いたり、のんびりしたいときはバラード聴いたり」
「バラード、いいですね」
 と、お湯を沸かしながら答える。ポットの下には熱を与える魔法の布巾が敷かれている。
「ルイは演歌とか好きそう」
 と、アールは笑う。「意外と渋いもんね、ルイの好みって」
「えんか?」
「あ……えっと……民謡とか好きそう」
「民謡は好きですよ」
 お湯を注ぎ、テーブルに運んだ。梅の香りが、懐かしさと心地好さを感じさせた。
「ありがとう。いい香り」
 そう言って、アールは梅昆布茶を啜った。
「落ち着きますよね」
 ルイも後片付けを終えてテーブルにつき、梅昆布茶を啜る。
「コタツと、かりんとうがあったら最高だね」
「それは幸せですね。かりんとうの甘味と、梅昆布茶のほのかな酸味、そして暖かいコタツ。──コタツから出られなくなってしまいますね」
 と、笑みを浮かべるルイ。なんだか可愛く見えた。
「ふふっ。ルイってお爺ちゃんみたい」
「え……」
 以前もおじいちゃんのようだと言われた気がする。あまりいい気分ではない。
「上がったぞ」
 と、体から湯気を出しながらシドが戻ってきた。
「早かったね」
 と、梅昆布茶を急いで飲むアール。
「テメェがおせーんだよ」
 そう言ってシドは布団を取り出した。
「今日眠れるかなぁ……。ストーブまたつかなくなったら寒くて眠れないかも」
 と、アールが呟く。
「僕の布団も貸しましょうか」
「えっ。いいよ……ルイが凍えちゃう」
「でも……」
 布団を敷き終えたシドが、布団の上に腰を下ろして言った。
「〇〇〇〇して寝ろ。体も温まるだろ」
「シドさんッ?!」
 と、ルイは顔を真っ赤にて怒鳴ったが、アールは意外と冷静だった。
「放送禁止用語だね」
 と、呆れたように言う。「ルイ、気にしなくていいよ」
「き、気にしますよっ」
「ルイのが純粋だな」
 シドはそう言って笑った。
「悪いけど私に下ネタ攻撃は効かないから。私の方が年上だってこと、忘れないでよね」
 と、アールは梅昆布茶を飲み干した。
 
座っていたシドはスクと立ち上がり、アールに耳打ちをした。
   
「知ってるか? ルイの×××は××××で×××すると××××なんだぜ」
「──?!」
 禁止放送用語の連発に、アールの顔は真っ赤に染まった。
 

 
「やめてよっ!!?」
 と、シドを押しのける。
「あら? おねぇーさん、下ネタ平気だったんじゃないんすか?」
「うっさいわッ!!」
 と、アールは仕切りを閉めて着替えを取り出した。
 
「シドさん……アールさんをからかうのはよしてください」
「あ? あいつが強がるのが悪い」
 
着替えを持ったアールはどたどたとテントを出ようとして振り返った。
 
「このっ……変態野郎!!」
 そう言い捨て、出て行った。
 
「シドさん、アールさんに一体なにを……」
「真実を伝えただけだ。ルイの×××は××××で×××すると××××なんだってな」
 
テント内でルイの怒鳴り声が響き渡り、それまで寝ていたカイがビクゥッ!!と体を震わせて飛び起きた。
 

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©Kamikawa
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