voice of mind - by ルイランノキ |
予定よりも早めの旅の再開。アール以外の3人の足どりは重かった。
アールはVRCで少しだけ力を備えたのに、発揮出来ずに苛立っていた。寒さで体に力が入り、武器を握る手は震え、思うように戦えない。
「てめぇは下がってろッ!」
シドがそう叫び、アールはカイと共にルイの結界に身を潜めた。
この寒さでも機敏に魔物と戦うシドを見て、悔しさが込み上げてくる。
「アールぅ、寒いと動けないのも仕方がないよねぇ」
寒さで膝を抱えているカイがそう言った。
「体が温まれば少しは動けるんだけどね」
戦闘中のシドを見据えながら返事をする。
「またまた強がっちゃってー」
「……カイは武器ログ街に置いてきちゃったんだよね。楽でいいね」
少し棘のある言い方をしてしまう。自分も今、戦闘をシドに任せて楽をしているというのに。
「俺だって戦いたいけどさー、武器がないから無理」
「武器があっても戦わなかったじゃない」
ムカムカしていた。カイが脳天気なのはいつものことだけれど、思い通りに行かないことばかりで短気になる。
「ひどいなぁ。俺はタイミングを見計らってたんだよー、無駄な体力を使わないように、極力黙って2人を見守っていたんだよー?」
「よく言うよ……」
魔物を仕留めたシドが刀を仕舞う。ルイが結界を解き、一行は再び歩き始めた。
風のない中、雪が真っ直ぐに落ちてくる。未だタンクトップのシドの肩に落ちた雪はすぐに溶けて流れ落ちた。
5cmほど積もっている雪の上を、足跡を付けながら歩いていく。カイは無邪気に雪をすくって丸めた。
「ねぇアール、これシドの頭にぶつけたらシド怒るかなぁ」
「そりゃ怒るでしょ……」
「命中したら何かくれるー?」
「やめときなよ……怒られても知らないよ?」
「大丈夫、自然にぶつけるから」
「自然に?」
カイは先頭を歩くシドの頭上を目掛けて雪玉を投げた。雪玉のスピードが落ちて、歩くシドの頭のてっぺんにボトリと落ちた。凄まじい命中率だ。
真上から落ちてきたため、シドは雪を払いながら頭上を見やったあと、振り返ってカイを睨んだ。
「てめぇ……」
「俺じゃないよーっ。空を飛んでる魔物が落としたんじゃないかなぁ。ビックリだねー」
シドは黙ってアールに目を向けた。
「違う違う、私じゃないよ。カイが投げたの」
「うわ! なんで言っちゃうんだよぉ!」
「やっぱてめぇかッ!」
シドは雪を丸め、カイの顔面に投げつけた。
「なーにすんだよこのやろー!!」
負けじとカイもやり返し、
「てめぇが先に投げて来たんだろーが!!」
と、シドもやり返す。
「お二人さん、先を急ぎますよ」
呆れたようにやめさせようとするルイを無視して、2人は雪合戦を始めてしまった。
命をかけて旅をする彼らの姿に圧倒されていたアールだったが、今こうやって無邪気に遊ぶ姿をみると彼等はやっぱり10代の遊び盛りの少年なんだなと思える。
「アールさんすみません、こうなると暫く手のつけようがなくなってしまいます」
「私は大丈夫。ルイも参戦したら?」
「いえ……僕は結構です」
「ルイもまだ10代でしょ? 大人びるにはまだ早いぞ」
そう言ってアールは足元の雪をすくい、小さく丸めた。「戦闘開始っ」
「え?」
アールが投げた雪はルイの肩に当たった。ルイは少し驚いたものの、雪を丸めてアールに軽く投げ返した。
「そんなんじゃ全然ダメだよ。もっとこう硬く丸めて……」
そう言いながらまた雪を丸める。「勢いよく、投げるっ!」
思い切り投げた雪玉は手元が狂ってシドに当たった。
「あ……やばっ……」
「てめぇ……てめぇもやんのかゴルァ!!」
「アールがんばれー!!」
と、カイは笑いながらいくつも雪を丸めている。
シドが顔面を目掛けて投げてくる雪玉を腕で防ぎながら、アールはカイの隣に歩みより、カイが作った雪玉を次から次へとシドを目掛けて投げた。
「がんばれアール! 負けるなぁーっ!」
「カイ! もっと沢山雪玉作って!」
「まっかせろーい!!」
少し砂の混じった雪玉が宙を交差する。
「おいルイ! てめぇも手ぇ貸せ!」
「僕もですか? では僕も雪玉を作る係を」
雪と共に笑い声が飛び交った。
いつ魔物が現れてもおかしくないこの場所で、久しぶりに子供のように夢中になって遊んだ。夢中になれたのは仲間がいる安心感と、この世界に慣れてきたからだろう。地雷のある場所で遊ぶ勇気はないけれど、その場所で生まれ育った子供達は平然とその場所で無邪気に遊び回る。
「もう無理……手が痛い……」
と、カイが雪の上に仰向けに転がった。
「私も無理……腕が痛い……」
と、アールも雪の上に腰を下ろした。
シドは呆れた顔をして、俺の勝ちだなと呟く。ルイは疲れきっている2人を見て、優しく微笑んだ。
アールは息を切らしながら腕をさすった。久しぶりにはしゃいだ“初雪”の日。恐怖を忘れて全力で遊んだ。
──私は人を殺す喜びを知っている。
「カイさん、雪の上に寝そべるとせっかく温まった体温が奪われてしまいますよ」
──私は人を殺す爽快感を知っている。
「だってもう疲れたから起き上がる気力もないー……」
──自分自身が感じたことなのか、入り込んだ人物の感覚なのか定かではないけれど、それを沈静の泉で体感した。まるで私自身が人を殺め、感じたことのように。
「いつまで寝てんだよっ。さっさと行くぞ」
──でも、私は知らない。まだ知らない。
「アールさん、大丈夫ですか?」
──生きる喜び。
「大丈夫だよ」
そう言って、アールは立ち上がった。
お尻についた雪をはらう。かじかんだ手がじりじりと痛んだ。両手に息をハァと吹き掛けて温める。
ルイは自分の手袋を外してアールに渡した。
「よろしければ」
──いつか、生きててよかったと安堵する日が来るのだろうか。
死にたくはない。あの頃は幸せだった。そう思うことはあっても、まだ“生きててよかった”と思うことはない。
抱えている荷物の全てから解放されて、安心出来る日は、来るのかな。
「いいの? ルイの手が冷えるよ……」
「僕は大丈夫ですよ」
「ありがとう」
「手袋なら予備があんぞ。軍手ならな」
と、シドが言う。
「ではそれを僕に貸していただけますか?」
シドが取り出した軍手は、洗っても落ちない汚れが染み付いていた。躊躇いもなく身につけたルイ。汚い軍手だったが、ルイがつけることによってその汚れがオシャレな模様に見えて、おかしかった。
「先を急ぎましょう」
──いつか、
人を殺す日が来るかもしれない。
その時 私は 笑うのかな。
侵入されて追い出せない犯罪者の真情。
過ぎたことには出来ない強豪。
蝕んでいく。
追い払えないから、目を逸らすしかなかった。
「寒いと魔物も少ないね」
と、アールは歩きながらルイに言った。
「身を隠しているのかもしれませんね」
「けどこれから……」
と、先頭を歩くシドが振り返らずに会話に入る。「新たな魔物が出てくる。──寒さに強い魔物がな」
汚れを知らない真っ白な雪が舞い降りて、地面に積もり積もる。
厚みを増した雪を踏み潰して、足跡を残しながら新しい道を進む。
足跡に新たな雪が積もって消えていく。
ひんやりとした雪が、心にまで入り込んで冷やしてくる。
Thank you... |