voice of mind - by ルイランノキ |
よろめきながら街の外へと出ると、ルイがアールの体を支えた。
こうして一行は、逃げるようにログ街を後にしたのだった。
街を出てから、会話なく歩き続け、夜が更けていった。休息所は程遠く、道の端でテントを張った。
シドとカイはまだ布団も敷いていない床に寝転がる。アールは隅に腰を下ろすと、ため息をついた。
「晩御飯、作りますね」
と、ルイは食事の準備を始めた。
「……手伝おっか?」
アールがルイに目を向けて言う。
「いえ、ゆっくり休んでいてください」
「……うん」
ログ街で力を身につけるはずだったのに、思い通りに行かないことばかりだ。
アールは仕切りを閉め、メイクを落として服を着替えた。
明日からまた旅が始まるというのに、テントの中は陰気な空気が漂って、とても気持ちを切り替える気分にはなれなかった。
ルイはログ街で仕入れた食材を使って料理を振る舞った。一同は黙々と食べ、カイとシドは早々と布団に入った。
アールも食事を終えると布団を敷き、仕切りを閉めた。
身体が怠く、すぐにでも眠ってしまいたかったが目を閉じるとログ街の住人たちが獲物を捕える目で追いかけてくる映像が浮かんでなかなか寝付けなかった。
カイの寝言やシドのイビキが聞こえてこないところをみると、彼等も寝付けないのだろう。
アールは自然と眠くなるまで目を開けていた。仕切りの向こうから紙をめくる音がする。
身体を起こして仕切りを開けた。ルイが小さなテーブルを出して山積みにされた紙の束に目を通している。カイ2号から受け取ったエルナンの資料だった。
「ルイ、まだ寝ないの?」
と、アールは小声で訊く。
「えぇ、まだ見ていない資料があったので」
「エルナンさんの?」
「はい。アールさんに少し話しましたよね。エルナンさんには奥さんがいて生物学者だったと」
「うん、奥さんもう亡くなってるんだよね? カゲグモの研究をしてたんだっけ……エルナンさんは奥さんのお手伝いをしてた」
アールは布団の上であぐらをかいた。
「はい。そして属印者であった彼は『計画は失敗に終わった』と言って亡くなったのです。ブランという名を口にしながら」
「ブラン……」
アールはシキンチャク袋からノートを取り出し、ルイから聞いたエルナンのことを忘れないようにと書き留めた。
「ブランという人物も気になりますし、カゲグモを飼育していた理由が妻の研究のためだけだというのもなんだか腑に落ちません。それから、アーム玉」
「あ、カイ君がエルナンさんの家から持ってきたやつだね」
「えぇ。一体なにに使うつもりだったのか……」
と、ルイは黙り込んだ。
「なにか心当たりあるの?」
「モーメルさんが話していましたよね。シュバルツの目覚めを望み、アーム玉を捧げ続けている輩がいると」
「じゃあエルナンさんはシュバルツの崇拝者ってこと?」
アールはそう訊きながら、メモをとろうか迷っている。
「いえ、まだわかりません。証拠も根拠もないので」
「……そっか」
アールはノートを閉じた。
「……アールさん」
と、ルイは深刻な面持ちでアールを見遣った。「テリーさんのことを話していただけませんか」
「あ……うん」
と、アールは顔を伏せた。
まだちゃんと説明をしていなかった。どこから話せばいいのだろうかと頭で考えていると、シドが寝返りを打った拍子に上半身を起こした。頭をわしゃわしゃと掻いている。
「シドさんも眠れないのですか?」
ルイがそう訊いたが、シドは黙ったまま下を向いている。
「あのね」
と、アールは話を切り出した。
アールはゆっくりとひとつひとつ記憶を辿りながらルイに説明をした。シドも黙って聞いているようだった。
ログ街で見つけた仕事の帰りにテリーと会ったこと、情報の取引きをしたこと、お金が必要になって死体を運ぶという仕事に手を出したこと、しかし取引きを破棄されたこと。エレベーターに仕掛けられていた罠はテリーが犯人だったということ。そして、選ばれし者の存在を知っていたことを。
ルイは暫く黙っていたが、静かに口を開いた。
「エレベーターではなぜアールさんに目をつけたのでしょうか。そのときはまだアールさんの正体は知らなかったようですが……」
「女だからだろ」
とシドが言った。「ナメられてたんだろ」
「私もそう思う……」
と、アールは呟くように言った。
テリーの弟の話も伝えた。ゼフィル兵に捕らえられたはずの一味が全員死んだ、と言っていたことも伝えた。
「私がいるから人が死ぬんだって言ってた。これ以上被害者を増やさない為にも今ここで死んでもらうって言い出して……」
「待ってください。全員というのは、ジムさんも含め、ということでしょうか? 彼等はただゼフィル兵に捕まっただけですが」
「それが死んだって……属印者だから」
ルイは険しい表情で言った。
「ゼフィル兵に連絡して確かめてみます。夜分遅いので気が引けますが。──外で電話してきますね」
ルイは立ち上がるとロッドと携帯電話を持ってテントの外へ出ていった。
「お前が隠し事をするとろくなことがねぇな」
と、シドがため息をついた。
「ごめんなさい……」
「ほかになにか隠してることはねぇだろうな?」
「隠してること……」
アールはそう呟き、心当たりがないか自分に問う。
「隠すつもりはなくても言いそびれてることとかねぇのかよ」
「……あ」
鉄工所でジムと話した内容はまだ言っていない。
「亡くなったそうです……」
と、ルイが浮かない表情で戻ってきた。そしてこう続けた。
「突然、肩や腰に捺されていた属印が光を放ち、爆発したそうです。捕らえた彼ら全員……ではなく、ジムさんを除いて」
「え……?」
「ジムさんは爆発があった隙に逃げ出してしまったようです」
シドとアールは険しい顔をした。なぜジムだけ助かったのだろう。
「そういやお前、鉄工所でジムと話してたよな? ほんとになにも聞いてねぇのか?」
と、シドはアールに訊いた。
ルイは床に座り、テーブルの上に広げていたエルナンの資料を一先ず一カ所に纏めた。
「僕も聞きたいです」
「……えっと」
アールは手元のノートをパラパラとめくり、時折書き留めておいた情報に目をやった。
「えっと、ムスタージュ組織のことを聞いた」
「ムスタージュ組織?」
と、ルイが訊く。
「ジムがいた一味。さっきの話も入れると、テリーの弟もこのムスタージュ組織の一員だったってことになる……。十七部隊まである組織で、なにを目的とした集団なのかまでは教えてもらえなかった。それから、ハーヴェイの力は後で発揮されるって言ってた……」
「ハーヴェイ……ジムの上に立ってたやつか」
と、シドは思い出す。
ルイは暫くその意味を考えてから、たどり着いたひとつの推理を口にした。
「力は後で発揮される……おそらくアーム玉のことではないでしょうか。“後”というのは“死んだ後”。誰かが彼のアーム玉を持っているのだと思います。そしてアーム玉に移されたハーヴェイの力をなにかに使おうとしている」
「なるほどな」
そう呟いたシドはアールに目をやった。「オメェはなにしてんだよ」
アールはルイの推理をノートに書き写していた。
「メモ。忘れそうだから……。そういえばアーム玉ってどんなことに使えるの? 亡くなった人の力を宿すことが出来るんだよね?」
「えぇ、そういえばまだきちんと話していませんでしたね……」
Thank you... |