voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配24…『バイクでGO!』

 
太股に刺さった包丁を目にした途端に激痛が走った。突然のことで目で確認するまで理解が遅れ、脳からの痛みの伝達も遅れてやってきたのだろう。
 
「あ"ぁあぁッ」
「年寄りを甘く見るんじゃないよ」
 2号の母親はそう言って、アールの足に刺した包丁を引き抜いた。
 
アールはあまりの痛みに呻きながらも、なんで左足ばかりこんな目に合うのかと腹がたった。
シドが漸くアールに気づいたとき、母親は包丁を振りかざしていた。
 
「くそッ──」
 シドは母親に刀を振るった。母親は驚いた拍子に床に倒れ込む。握っていた包丁が手から離れ、床を滑った。
「立てるかっ?!」
 と、シドはアールを見遣った。
「左足がッ……痛い……」
「そりゃ痛いわな」
 と、シドはアールの腕を掴んで立ち上がらせた。
「つかお前、身長伸びてねぇか?」
「……厚底靴履いてるからだよ」
 
2号も床に横たわっている。
シドはアールを連れて店の外へ出た。──が、すぐ近くにいた住人に見つかってしまう。
 
「いたぞ! 2人一緒だ!!」
 店の前を横切る細い道。左奥から住人が走ってくる。
「お前は先に行ってろ」
 シドは刀を構えてアールに言った。
「行くって……どこに?」
「表だよ! バイク置いてあるはずだからとにかくここから逃げろ!!」
 と、顎で右側の通りを差した。
「でも私……」
「いいから急げッ!!」
 そう言い残してシドは住人に向かって走り出した。戦闘が始まる。
「あ……私の武器……」
 2号に投げ付けたままだ。アールはひとまず店に戻ると、2号と母親は意気消沈していた。
「おじゃまします……」
 と、2号を横目に武器を拾い上げた。
 
そんなアールに、2号は目も向けなかった。もう戦う気はないのだろう。
 
「……カイ君、ばいばい」
 そう言ってアールは左足を引きずりながら店を出た。戦闘中のシドを背に、表の道へと急ぐ。
 
アールは一抹の不安を抱えていた。バイクなど運転したことがないのだ。こんなことなら原付きの免許くらい取得しておけばよかったと、今更ながら後悔した。
表の道へ出る前にフードを深く被りなおして、武器はネックレスに戻した。先に顔を覗かせてバイクの位置を確認したが、バイクの近くに住人が立っているのが見える。
 
「どうしよう……」
 こうしている間にも、ドクドクと左足から血が流れ出ていた。
 
アールはひとまずその場にしゃがみ込み、シキンチャク袋からタオルを取り出た。太股を縛ると、ドロッと血が流れ出た。傷口の上にタオルを縛ったというのに、あっという間に赤く染まる。
周囲を気にしながら、シキンチャク袋を漁った。ルヴィエールで貰った薬があったはずだ。いくつか薬を取り出したが、何色の薬が傷を塞ぐのか忘れてしまっていた。自分の忘れっぽさに苛立った。
そうこうしていると足音が近づいてきた。姿勢を正して警戒したが、近づいてきたのはシドだった。
 
「なにやってんだよッ。足痛むのか?」
「あ……バイクのとこに人がいて……。あと薬、沢山あるんだけどどれがどれなのか……」
「ったく」
 と、呆れた様子でしゃがみ込み、一つずつ薬を確かめた。「これだな」
 瓶の蓋を開け、アールに手渡す。
「直接傷口にかければいい」
「ありがとう……」
 アールが薬を使っている間、シドは表の道を覗き込んだ。そこら中に住人がうろついている。
「俺が囮になるから、その間にバイクまで走れ」
「え……シドはどうするの?」
「俺はどうにでもなる」
「でも、私運転できたとしても曲がれないしあのバイク大きいから足つかない……」
「ほんっとお前は一人じゃ足手まといにしかなんねぇーな」
「ごめんなさい……」
 と、アールは顔を伏せた。
「とにかく住人を引き付けるから、バイクまで走れ。エンジンくれぇかけられんだろ?」
「それからどうするの?」
「エンジンかけたらバイクの横か近くで身を隠してろ。俺がすぐに戻るから、戻ったら後ろに乗れ」
「それってうまくいくの?」
「やってみなきゃわかんねぇだろ」
「……失敗したら?」
「逃げる。それだけだ。俺は別の道から表に出て行くから、タイミングを見計らって行け」
「しくじったらごめん……」
 と、アールは不安な面持ちで言う。
「しくじった後に謝れ」
 シドはそう言って、一先ず来た道を戻った。
 
残されたアールは、怪我の確認をした。刺された傷口は塞がり、血は止まっているようだが、痛みはまだ残っている。
痛みよりも、包丁が貫通した“防護服”が気になった。
モーメルは、自分の力をコントロール出来るようになれば防護服の力が弱まることもないと話していたが、アール自身、自分の力がどれほどのものなのか把握出来ていない。
 
「シドだ!!」
 と、男の叫び声がした。「シドがいたぞっ!!」
 
アールは身を隠しながら、様子を伺った。住人達が一斉にシドを捕らえようと走り出す。
シドはなるべくアールがいる場所から離れようと、住人をおびき寄せながら距離を計った。
バイクの周囲に誰もいなくなったことを確認し、飛び出そうとしたが足を止めた。
建物の窓からちらほらと外を眺めている人影が見えたからだ。
 
──怪しまれないように堂々と歩こう。
 
アールはフードを出来るだけ深く被り、下を向いてバイクへ向かった。情報紙に載っていたアール・イウビーレだとバレれば、叫ばれてしまうかもしれない。バイクは目と鼻の先にあるというのに、距離が長く感じられた。
 
なんとかバイクまでたどり着き、キーがささっているのを確認した。震える手で、キーを回す。
 
「……あ、あれ?」
 エンジンがかからない。アールはエンジンのかけ方すら知らなかった。
 
何度もキーを回して確かめる。ライトがついていることに気づいた。
 
「……? キーはライトのスイッチ? じゃあエンジンは?」
 急がないと怪しまれる。もたついている場合ではないというのに。
 
そんなときに携帯電話が鳴った。正直電話に出ている余裕はなかったが、建物から見下ろしている住人の目もある。まさか指名手配犯がこんなに目立つ場所で電話をしているなんて思わないだろう。
携帯電話を取り出して確認すると、ルイからの着信だった。
 
「もしもしルイ? エンジンのかけ方を教えてっ」
 と、電話に出ると相手の要件も聞かずに尋ねた。
 
そしてアールはバイクに寄り掛かった。怪しまれないように態度だけは堂々としてみせる。
 
『エンジン……なんのエンジンでしょうか。アールさん、ご無事だったのですね』
「バイク!」
 と、焦っているため極力早く済ませようと短く返事を返す。
『鍵を回して、セルボタンを押してください。あとはアクセルを回せば動きますよ』
「セルボタンてなに?」
『ハンドルの近くに、ボタンがありませんか?』
「あるけど……どれ?」
 いくつかボタンがあって、わからない。
『えっと……赤色のボタンは違いますよ。ハンドルの右側に黒いボタンがありませんか?』
「これかな……」
 と、アールは恐る恐るボタンを押した。エンジン音がかかる。「おぉ!」
『バイクということは、どなたかと一緒ですか?』
「うん、シドが来てくれ……て……」
 前から近づいてくる住人に気づいた。「ルイ……そっちは大丈夫?」
 
そう訊きながら、携帯電話を持っていない方の手をネックレスに添えた。
近づいてくる住人はまだアールに気づいてはいない。辺りをきょろきょろと見渡しながら歩いてくる。
 
『えぇ……ただ、カイさんと連絡が取れないのです』
 アールはネックレスから武器を取り外した。小さいままの武器を握り閉め、歩いてくる住人に顔を見られないように背を向けた。
『──アールさん?』
「ルイ、聞いて。情報紙をばらまいた人は、私の命を狙ってるみたいなの。捕まったジムの仲間のお兄さんだった」
『……どういうことです?』
 住人の足音がすぐ後ろまで迫っていた。足音がピタリと止まる──。
「ごめん、またあとで」
 そう言ってアールは携帯電話を閉じると、振り向きざまに住人を突き飛ばした。
「──ッ!!」
 住人は尻餅をつき、その隙にアールは武器を元の大きさに戻した。住人の手には刀が握られている。
「アール・イウビーレ!」
 住人はそう叫ぶと、起き上がって刀を振るった。アールが鞘に仕舞ったままの武器で振り払う。しかしまたすぐに刀を振りかざしてきた。ひやりと全身に鳥肌が立つ──。
 
アールは人を相手に戦ったことがなかった。刃物を振りかざされるなどこの世界に来るまでは考えられなかった。
 
「シドッ!!」
 シドの名前を呼びながら、寸前で刀を交わした。腰が引けてしまう。
 
休む間もなく横から振るわれた刀の刃をしゃがみ込んで避けると、がら空きだった住人の腹に頭突きを食らわすように飛び掛かって押し倒した。
 
「シドッ!!」
 アールは苦戦しながら怒鳴るようにまたシドの名前を呼ぶ。
 
住人は右足でアールを突き飛ばし、立ち上がった。起き上がろうとするアールに刀を振り下ろした。──しかし、刀の刃と刃がぶつかり合う音が響いた。
 
「シド遅いよ!」
 と、助けにきたシドに感謝どころか不満を漏らすアール。シドは相手の刀を弾き返し、峰打ちを食らわせた。
「乗れッ!!」
 と、バイクに飛び乗る。
 
アールは慌てて武器をネックレスに戻し、バイクに跨がった。
シドはエンジンを蒸し、猛スピードでその場から走り去った。
 

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©Kamikawa
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