voice of mind - by ルイランノキ


 指名手配2…『酒盛り』

 
ルイが時間をかけて綺麗に掃除をしていた部屋が、ジャックが来てから1時間経った今、カイのおもちゃが所せましに散乱しいる。
 
「だーっはははは! なんでそんなもん持ってんだ!」
 カイを見ながら酒を片手に大笑いするジャック。
「こいつアホなもんばっか買うからなぁ」
 と、シドも顔を赤くして随分と酔っ払い、大笑いしている。
 
カイはひとり、コスプレパーティーをお披露目中だ。ロバの被り物がよく似合う。
ルイは椅子に腰掛け、グラスに注がれた酒をテーブルの上に置き、微笑んでいた。あまり酒には口をつけていない。
部屋は散らかり放題で騒がしい3人だったが、今夜ばかりはルイもこの賑やかな時間を楽しんでいるのが表情から読み取れる。
 
アールは床に座って壁に寄り掛かり、酒には手を出さず、3人を眺めていた。大きな欠伸をし、ミシェルのことを気にかける。──あれからどうしただろうか。
今日の出来事を思い出し、シキンチャク袋から残ったお金と、包装された本を取り出し、ルイに歩み寄った。
 
「はいこれ」
 と、それらを差し出す。
「これは?」
 受け取りながらルイは訊いた。
「残ったお金と、プレゼント」
 そう言ってアールは微笑んだ。
「プレゼント? 僕に……ですか?」
「うん」
 ルイは一先ずお金をテーブルに置き、包装紙を丁寧に開けた。──猫背の運転手、下巻だ。
「えっ! 下巻が出ていたのですか?!」
 と、ルイは目を輝かせた。
「うん! これは買わなきゃと思って」
「ありがとうございます!」
 
なかなか手に入らないレアなものを手にいれたかのように予想以上に喜んでくれたルイ。アールも嬉しくなった。
 
「アールさん、まだ読んでいないのでは……?」
「私は後でいいよ」
「ではお先に読ませて頂きますね」
 と、早速読みはじめるルイ。
「ルイ、お金……」
 テーブルに出されたままのお金。きっちりしているルイにしては珍しい。
「あ……すみません」
 と、ルイは慌てて財布にお金を戻した。
 
アールはまた床に座り、ジャックたちの会話に耳を傾けた。
 
「おい、今度は女装しろよ女装ー!」
 と、ジャックは言う。
「いやいや、女装なんかされたら酒がマズくなんだろ……」
 シドはそう言いながらぐびぐびと酒を飲んだ。
「俺の女装見て惚れないでよぉ?」
 カイは乗り気のようだ。
 ふと、ジャックがアールに目を向ける。
「なーんだ、全然飲んでねぇじゃねーか」
「あ……少し頂きましたよ」
 と、嘘をついた。
 
酒は飲めなくはないが、付き合い程度でしか飲んだことがない。
 
「もっとぐいっと飲まねーと!」
 と、ジャックは一升瓶を持ってアールの目の前に座る。「ほれ、こんなにあるんだ。アールちゃんの一気飲みを見せてみろ!」
「いや……私は……」
「なんだよ俺の酒に付き合えねぇってのかぁ? これだから女はつまらねんだよなぁ……」
 
     はあ?
 
その言葉にカチンとくる。女であることを理由に差別されると女としてのプライドが許さない。
アールは酒が注がれたグラスを手に、立ち上がった。
 
「おっ! 一気飲みするかぁ?」
 と、ジャックはアールを見上げて笑う。
「飲み干せない方に1000ミル」
 と、シドはへらへらと金を賭けた。
「じゃあじゃあ俺は飲み干すほうに1000ミルぅ」
 と、カイは賭けに乗った。
「おめぇ金ねぇだろ!」
「アールさん? 無理はしないほうが……」
 と、ルイも本から目を離し、アールに注目した。
「いただきます!」
 アールは注目を浴びながら、グラスに注がれた酒を一気に飲み干した。
 

 
──そして1時間後。
 
「なっさけないなぁ……もっと飲みなさいよ男でしょうが!」
 と、シドに絡むアール。すっかり出来上がっていた。
「うるせぇな! 今飲んだだろ!」
「飲みっぷりが情けないって言ってるの! 男ならこう!」
 と、一升瓶を手に持ち、そのままぐびぐびと飲んだ。
「アールさん! もうそれ以上は飲まないほうがいいですよ!」
 
小説の続きを楽しみにしていたルイだったが、本はテーブルに置かれ、アールから目が離せなくなっていた。一升瓶を取り上げる。
 
「こっ……こういうふーにだなぁ……」
 と、アールは虚ろな目でシドの肩に手を回した。「グビッと飲むのが……おちょこ……」
「おちょこ? “男”の間違いだろ」
 と、シドは呆れる。「つーかお前飲むと絡むとかタチ悪すぎだ!」
「うっ……うぅ……」
 と、突然下を向くアール。
「アールさん? 気持ちが悪いのですか?」
 ルイは心配しながらアールの背中を摩った。
「うっ……たち……」
「たち?」
「タチが悪いって言われました……どうしたらタチの悪さをなおせるんでしょうか誰か教えてください神さま仏さまご先祖さま川崎さんでもいい……」
 と、両手で顔を覆い、床に膝をついてぶつぶつと落ち込むアール。
「アールさんそんな……」
「酔っ払うと余計に面倒くささが増すな」
 シドの言葉にアールはゴンと床におでこを打ち付けた。
「神さまも仏さまもご先祖さまも誰も私を見てくれておらん……うわーん!」
 
ジャックはそんなアールを見ながら腹を抱えて笑っている。
 
「おんもしれぇーなアールちゃん!」
「笑い事ではありませんよ……飲ませすぎです」
 と、ルイが言う。
 
カイはおつまみのジャーキーを口に含んだまま床に寝ている。
 
「面倒な女になりたくなかった! ああああぁああぁん……うぇっ……うぇっ……」
「アールさん、落ち着いてください。ネガティブが全開過ぎます」
「うぅ……」
 と、泣きながら顔を上げたアールはカイを見遣った。「あ、カイー、遊ぼー!」
 
スイッチが切り替わったようにアールは四つん這いでカイに近づき、寝ているカイを揺さぶった。
 
「おーきろー! 地震だ地震ー!!」
「アールさん! カイさんも飲みすぎたようなのでそっとしておいてあげてください」
「ルイって冷たいね……」
 と、また落ち込むアール。
「すみません。でもアールさんも飲みすぎですのでもう……」
「楽しく和気あいあいとしているのにルイはそんな私を馬鹿にしているんですね……うわーん!」
「馬鹿になどしていませんよっ」
 と、慌てるルイ。
 
アールに振り回されているルイを見ながら、シドは楽しそうに笑っている。
 
「ならお尋ねしますけどルイはどーして本ばかり読んでおられる」
 と、急に立ち上がったアールは、ふらついて危うく倒れそうになった。ルイがすぐに体を支えた。
「すみません、僕はあまりお酒を飲まないようにしているので……」
「ルイ……お酒を飲まない者にお酒を楽しんでいる者の気持ちがわかるとは到底思えないわね。だからそうやって空気を読まずに楽しい時間を断ち切ることが出来るのね……」
「キャラ崩壊だな」
 と、シドは笑いながらつまみに手を伸ばした。
「さぁルイも飲んでごらんなさい。きっとあなたの世界が広がります。──うっ……おえぇ……」
「大丈夫ですか?!」
「大丈夫……口から何も出とらんです……」
「そのうち出ますよ。取り合えず座りましょう」
「ルイが一気飲みしたら座ってみせましょう」
「……わかりましたから」
「おー、ルイの一気飲み待ってたぜ!」
 と、ジャックは立ち上がり、テーブルの上に置かれていたコップに酒を注ぎ足した。「ほらよ、いっぱい注いでやったぞ。男を見せてやれ!」
 
ジャックに酒を手渡され、小さなため息をついたルイ。なるべく飲みたくはないが、すっかり出来上がってしまっているアールを落ち着かせるためにも空気を読むべきだと判断した。
 
「やめといたほうがいいんじゃねーの?」
 と、止めるシド。
「大丈夫です。僕は絶対に酒には呑まれませんから」
 
そう言って一気に飲みをはじめた途端に、アールはうなだれるように床に座った。
酒を飲み干したルイは辛そうに胸を押さえた。──熱い。
 
「おー、飲めるじゃねーか」
 と、ジャックは楽しそうに、ルイが飲み干したグラスにまた酒を注ぎ入れた。
「僕はもう……」
「いいから飲め飲め! アールちゃんに馬鹿にされるぞー?」
 
床に座っていたアールは、おつまみとして出されていたビスケットを手に持ち、ふらふらとシドの横に移動した。
 
「なんだよ絡むなっ」
「ビスケットをお持ちしました」
 と、強く握りすぎて砕けたビスケットをシドに差し出すアール。
「いらねぇー…」
「お客さん……ぜーたくはいけませんね。お食べませ」
「いらねぇって」
「シド、世の中にはこのビスケットのカケラさえも口に出来ない子供……たちが……」
 と、泣きそうな顔をするアールに、シドはうんざりしながら砕けたビスケットを口に放り込んだ。
「おいしーですよねー」
「知るか!」
「シド」
 と、アールはシドの二の腕を見遣る。「シドの腕ってアレだね」
「わっかんねぇー…」
 シドは眉間にシワを寄せながら酒を飲んだ。
「ほら、アレ……なんだっけ……あ、ひょうたん」
「テメェ喧嘩売ってんのかっ?!」
「けんかはいくらで売れますか? 今ちょっとお金に困っているんです……」
「あーもうマジうぜぇッ!!」
「1万円くらいですかねぇ……」
 
シドがアールに絡まれている間、ルイはジャックに酒を飲まされていた。
 

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©Kamikawa
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