voice of mind - by ルイランノキ


 秋の扇8…『強くなるから』

 
ゲートを使ってログ街へ戻ってきた3人は、ホテルへの道を歩いていた。
  
「あの……私ちょっと用があるから」
 アールはそう言って足を止めた。
「用ですか?」
「用ってなにー?」
 と、カイも訊く。
「実は友達と会う約束をしてて」
 
また、嘘をついた。隠し事に嘘は付き物だ。隠し通すと決めた以上、チクリとした胸の痛みは我慢するしかない。
 
「お友達?」
 カイとルイは目を丸くした。アールに友達がいるとは初耳だった。シェラ以外心当たりがない。
「うん。ホテルの浴場で会ってね、ミシェルさんっていうの。だからちょっと行ってくるね」
「おひとりで……ですか?」
「うん。心配しないで。今日はちゃんとケータイ持ってるし」
 心配かけまいと笑顔でそう言った。
「でもさぁ、アール危ない目に合ったばかりだしぃ、ひとりには出来ないよねぇルイ」
 と、カイはルイに同意を求めた。「だから俺が一緒に行くから、そのミシェルちゃんを紹介してほしい」
 カイはアールのことももちろん心から心配だが、ミシェルという女性も気になっている。
「アールさん、カイさんの言う通り、アールさんをひとりにするわけには……」
「大丈夫だって。なにかあったらすぐ連絡するから。ね?」
 ルイは困った面持ちで視線を落とした。
「ダメだよねぇルイぃ。ハッキリ言ったほうがいいよー、『ダメです! だからカイさんと一緒に』って」
「ルイごめんね心配かけて。──私、ちゃんと鍛えて強くなるから。なるべく早く強くなるから。みんなが心配しなくて済むくらい、私がひとりでいても心配いらなくなるくらい強くなるから」
 
ルイは暫く黙ってアールを見据えた。
彼女を守りたいと思う。危険な目に合わせたくはないと思う。そうやって心配してしまうせいで、彼女の自由を奪っていた。
何が正しくて何が間違いなのかは分からない。けれど、自分の優しさはまるで、彼女にリードがついた首輪を付けているように思えた。
守らなければならない使命がある。守ってばかりいては学べないこともある。リードを外せば手の届かない場所まで走っていく。一緒について行くことも出来る。──けれど。
 
「わかりました。では、遅くならないうちに戻ってきてくださいね。呼んでくだされば、迎えに行きますから」
 ルイは、微笑んでそう言った。
「ありがとう、ごめんね。──じゃあ行ってきます!」
 
ルイは、走り去っていくアールの背中を、見えなくなるまで見送った。
 
「ひとりで行かせてよかったのぉー?」
 と、カイは納得がいかない様子で訊いた。
「なにかあったら、すぐに助けに行きます」
「無理しちゃってぇ……」
「さ、帰りますよ。アーム玉を集めに行こうかと思っていましたが、今日は大人しく部屋で過ごすことにしましたから」
 そう言ってルイは歩き出す。
「アールから連絡があったらすぐに行けるようにでしょー?」
 と、ルイの後ろを歩きながら、笑うカイ。
「もちろんです」
 
帰り道を歩みながら、カイはアールが走って行った道に目を向けた。──彼女の姿はもうない。なにか思い詰めるような表情で、カイは呟いた。
 
「強くなるから……かぁ……」
 アールが言っていた言葉に、沈鬱になる。
「なにか言いましたか?」
「ううん! 3時のおやつはなににしようかなーって!」
「まだ早いですよ」
「わかってるよぉ!」
 
━━━━━━━━━━━
 
アールはルイ達と別れて、すぐに自転車で来ればよかったと思った。仕方なくスマイリーの家に立ち寄り、自転車を借りて仕事場へ向かう。途中、パラパラと雨が落ちてきた。
仕事場にたどり着くと、急いで着替えを済ませてビニールハウスの中へと入る。ムワッとした熱い空気を浴びて、眉をひそめた。
暑さに気を取られながら、作業を始めた。
 
ビニールハウスの中はシソの香りが漂っている。シソの葉を摘みながら、シソを使った料理といえばなんだろうかと考える。シソの天ぷらは美味しい。お肉にシソを巻いて揚げた物や、チーズとシソは意外に合う。自分で作ったことはないけれど。
暑さも気にならなくなるほど集中しはじめた頃、スマイリーがハウスの中に入ってきた。
 
「アルさん」
「アールです。こんにちはスマイリーさん」
 アールはシソを摘む手を止めた。
「あぁ、アールさんでしたね。みんなが“アルちゃん”と呼んでいるからつい」
「もう呼びやすい方でいいですよ」
 と、アールは笑う。
「今日も来てくれて助かります」
「いえ。危うく忘れそうでしたけど」
「アルさん……」
 スマイリーは気まずそうな目を向けた。「報酬のことなんですが、仕事をやめるときに纏めての支払いでいいですか?」
「……はい」
 なぜ? と思ったが、訊かなかった。余計なところで気遣う悪い癖が出る。いつか人よさそうな人から騙されそうだなと自分で思う。
「すいません、纏めて支払いなんて不安ですよね……」
「いえ。大丈夫です」
「そうですか? では辞めるときに声をかけてください」
「わかりました」
 
スマイリーは頭を下げ、ハウスから出て行った。
 
騙されてないよね? 人手が足りないと困っていた人の助けになるなら例えただ働きでも……とも思ったが、ルイ達に内緒にしてまで続ける仕事だ。やっぱりただ働きだけは避けたい。
作業を再開しながら、きちんと報酬を貰えることを祈った。
 
30分ほどして、あまりの暑さに一度外に出ようかと思っていたとき、携帯電話が鳴った。画面に表示されたのはワオンの名前だった。
アールは作業を中断して電話に出た。
 
『アールちゃん、昨日はその……すまなかったな』
 ワオンはいきなり謝罪を口にした。シドとの揉め事のことである。
「いえ……。どうしたんですか?」
『え? いや、それを言いたくてな』
「それだけ言うためにわざわざ電話してくれたんですか?」
『あぁ……。ほら、明日またトレーニングするのに、いつまでも気まずいとアレだろ?』
「そうですね……。でも、私の方こそすいませんでした。偉そうに色々言っちゃって」
 と、ハウスの中でひとり、アールは電話越しに頭を下げた。
『いや、アールちゃんが謝ることじゃねえ。あれから冷静になって改めて考えてみたんだ。アールちゃんの言う通り、カレンの言葉には根拠がない。まぁ……だからこそますます真相が知りたくなったんだけどな!』
 そう言ってワオンは笑った。
 
電話越しでも、ワオンが無理をして笑ったのが感じとれた。
 
「一度、シドと話されたほうがいいかもしれませんね」
『そうだなぁ。あいつが話すかどうかは疑問だけどな。頑なに黙ってる理由もわかんねぇよ』
「そうですね。それとなく訊いてみましょうか?」
『おっ、頼めるか? 俺が訊いても答えねぇからな。訊き出してくれ』
「“それとなく”訊いてみます」
 と、言葉を強調した。
『いやー助かる。褒美に俺とのデート券をやろう』
「いりません。それとなく訊くだけですよ。──あっ、ミシェルさんの年齢わかりましたよ!」
 と、アールは思い出し、声を上げた。
『ミシェル……あぁ! あの綺麗な人か!』
 ワオンの声のトーンが上がる。わかりやすい人だ。
「23歳だそうですよ」
『恋人は?!』
「いるみたいですね」
『…………』
「あ、でも私の勘違いかもしれないけど、あまりうまくいってないような雰囲気が……」
『本当か?!』
「うぅーん、恋人がいるのか訊いたとき、表情が少し曇った気がしたので。あ、そういえばミシェルさん、昨日もVRCへ行ったみたいですね。会わなかったんですか?」
『ん? いや、彼女はもうVRCへは暫く来てないようだぞ』
「え?」
『今手元に名簿と記録があるんだが……、アールちゃんとミシェルさんが会った日を最後に、来てないな』
「……そうですか」
 
なぜミシェルは嘘をついたのだろう。なにか知られたくないことでもあったのだろうか。
 
『まぁそのうちまた来てくれるだろう。──じゃあアールちゃん、また明日な。希望があれば明日デートしてやってもいいぞ』
「さよなら。また明日」
 と、アールは電話を切った。
 
ミシェルのことが気にかかる。ミシェルのあの痣や怪我は、トレーニングで受けた傷じゃないのだろうか。
恋人のことを訊いたら表情が曇ったミシェル。
 
「……まさかね」
 
悪い予感がした。その予感が当たらないことを願った。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -