voice of mind - by ルイランノキ |
携帯電話を耳から離してテーブルに置いていても、スピーカーかと思うほどにけたたましい声が聞こえる。
『お前なに出てるわけぇー?! 気持ちわりぃーんだよ! ギャハハハハハ!!』
「……アールぅ、アールのせいだよ。だから言ったでしょー? 大変なことになるって」
と、机に置いた携帯電話を疎ましい目で見ながらカイは言った。
「で、でもさ、友達なんでしょ?」
『ギャハハハハハ! おーい、聞いてんのかぁー? バーカ!』
「友達じゃないよぉ。友達の友達の知り合いだよ……。ねぇ電話切ってもいいと思うー?」
「切ってもまた掛かってくるんじゃないかな」
『ギャハハハハハ! 電話に出ておきながら無言って笑えるわ!』
相手には2人の会話が聞こえていないようだ。
「ジョー迷惑……」
「超ね。ジョーじゃなくて“ちょう”」
そう言いながら、アールはカイの携帯電話を手に持った。「もしもし?」
『ギャハハハ……ハハ……? 誰だお前。あーぁ、またバカがナンパした女ー?』
「違います。カイは今……手が離せなくて。ご用件は?」
『はぁー? じゃあお前誰なんだよ! バカの代わりに出るとかバカじゃねー? ギャハハハハハ!』
「……で、ご用件は?」
うるさいバカ笑いに苛立つが、なるべく冷静を装った。
『用件? バカにバカってわざわざ伝えに来てやったわけー! ギャハハハハハ』
「バカはそっちでしょ」
『──は?』
「アールぅ! なに言っちゃってんの!」
と、カイは慌ててカーテンに身を隠した。なんの意味もないけれど、なにかに包まれていると安心する。
「バカバカって言う奴の方がバカだって、知らないの?」
『なんだお前。喧嘩売ってんのか?』
「とんでもない。わざわざ教えてあげたってわけ」
と、アールは電話相手の言葉を真似て対抗した。
『はぁ? なに言ってんだお前! やっぱバカだろー! ギャハハハハハ!』
「あなた耳ついてないの? 聞こえなかったならもう一回言ってもいいけど。理解出来ないなら何度でも言ってあげるけど。──ていうか用件ないのに電話してくるとか余程さみしがり屋さんなんだね」
『うるっせぇ! バーカ! いいからカイに代われ馬鹿女ッ! お前に電話したわけじゃねーんだよ!』
2人が口論しているとき、ルイが朝食を持って戻ってきた。カーテンに隠れて隙間から心配そうにアールを見ているカイと、椅子に腰掛けて電話を片手に冷めた表情を浮かべているアールが目に映る。
「私に電話したわけじゃないことくらい分かります。カイの電話なんだから。さっきも言ったけどカイは今手が離せないの。だから私が代わりに電話に出たの。わかる? 小学生でも理解出来ると思うけど」
『死ねよ』
「……はあ?」
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!』
ガタンッ! と、アールは席を立ち、息を深く吸い込んだ。怒鳴ってやろうかと思ったからだ。けれど、ここは冷静に、と、吸い込んでいた息をゆっくりと吐き出した。
「用件はないんですね? こっちはあなたと違って暇じゃないの。残念ながらあなたみたいなお子様のお相手が出来るほど大人でもない。だから、構ってほしいなら保育園にでも行ったら? お友達もたーっくさんいて、問題児でも先生が優しく面倒を見てくれるんじゃないかな? それじゃ!」
早口でまくしたて、電話を切った。怒りに満ちた深いため息を吐き出した。
「アールありがとー! スカッとしたよー!」
と、カイはアールに抱きついた。最近、スキンシップが多い。
「私にお礼は言わない方がいいよ……」
「えー?」
「“デンデン”の神経を逆なでしちゃっただけだと思うから」
と、ニコッと笑ってカイにケータイを渡した。「ごめんね!」
「いやぁあぁああぁあぁっ……なんてことしたんだよぉ!!」
と、カイは頭を抱えた。
「ごめん……。これでも抑えたんだけど、『死ね』って連呼されてムカついちゃった」
「アールのバカバカバカバカバカぁ!」
「起きて何時間も経ってないのにバカって何回言われたかな私……」
──と、ルイが部屋にいることに気づく。
「あ、ルイ。ごめんね騒がしくて」
「いえ。朝食を持って来ました」
と、テーブルに置く。カイはテーブルの横で膝をついて愕然としている。
「ありがと。嫌なとこ見られちゃったな」
「驚きました」
「あはは……。昔はこんなんじゃなかったんだけど……」
視線を落とし、スプーンでスープを掻き混ぜた。
昔はこんなんじゃなかった。言いたいこともろくに口に出せなかった。口喧嘩などほとんどしたことがなかった。唯一あるのは家族とだけ。
「僕もスカッとしましたよ。デンデンさんは口が悪い方なので」
と、椅子に腰掛けたルイ。
「知ってるの? デンデンっていう人」
「えぇ。以前僕もカイさんの代わりに電話に出たことがありまして」
「ルイはどう対応したの? 大人の対応しそう」
「僕は用件を聞こうとしましたが、丁寧に言えば言うほど、ことごとくバカにされてしまいました」
「それで……?」
「アールさんと同じようなことを言ってしまいましたよ。『もう少し言葉遣いを学習されてはいかがですか?』と」
「わぁーお。ルイだから言えることだね」
そう言いながら、アールはパンを一口大にちぎり、口に運んだ。
「僕は決して言葉遣いが丁寧なわけではありませんよ。シドさんに直されましたから」
「え、シドが言葉遣い教えてくれたの?」
「いえ。シドさんに、僕と話していると堅苦しすぎて疲れると言われたので、なるべく崩すようにしましたから」
「私がもし昔のルイと話しをしていたら、半分も言葉を理解できなかった自信あるよ」
そう言ってスープを飲んだ。
「カイさんも朝食にしますか?」
「モーメルばあちゃん家で食べるぅ」
「カイさんも行かれるのですか?」
「アールとルイを2人きりで行かせないよ!」
と、カイは立ち上がった。「アールは俺と行きたいはずだし!」
口にパンを放り込み、もぐもぐしながらアールはきっぱりと言った。
「ルイと行きたいかな」
朝食を食べ終え、出かける準備を始めた。ルイは食器を片付けに行き、カイは刀を腰に差した。
「カイ、結局行くの?」
と、アールも剣を差しながら訊く。
「そりゃあ行くよぉ。アールの本当の気持ちはわかってるつもりだ・か・ら!」
「本当の気持ちってなに……」
「大丈夫、大丈夫。アールの気持ちに応える準備は出来てるよー?」
と、カイはアールの肩に手を回して、にっと笑った。
「……ごめん、カイの言ってることがいまいち理解出来ないんだけど」
「うんうん。アールはバカだから言葉を理解出来なくてもしょうがない! そんなところも受け入れるよー」
「いや、まぁ確かにバカだけど、言葉は理解してるよ……」
準備を終えた3人はホテルを後にした。
今にも雨が降り出しそうだ。ゲートボックスの前には列が出来ていた。
「あ、2人ずつしか入れないんだよね? またカイがお金なくてシドを連れてきたりして」
と、アールはカイをからかった。
「もうそんなヘマはしないよぉ! ってなわけで、ルイお金ちょーだい」
カイは両手でお金を受け取る器を作った。
「カイさん、そういえばアーム玉を集めるために渡したお金をまだ返してもらっていないのですが」
「あ、そうだった!」
と、カイはポケットから財布を取り出し、お釣りをルイに渡した。カイの財布は意外にもまともで、革製の黒い長財布だった。
「カッコイイ財布だね」
と、アールは目を向けて言った。
「あ、これ? シドと同じの買ったんだー」
「カイさん、確かアーム玉をひとつ2000ミルで買ったとおっしゃっていましたよね? お釣りが1000ミル足りないのですが」
「あ、花を買ってしまってぇ」
「花?」
と、アールとルイが声を合わせて訊き返した。お菓子やおもちゃならわかるが、カイが花を買うとは意外だ。
「情報屋のフィオナさんにお礼として花をねー?」
「……カイさん、お礼もなにも彼女は情報提供を仕事としているのですよ?」
「喜んでくれたからいいじゃーん」
「大変だね、ルイ」
と、アールはルイを哀れんだ。
「やはりカイさんにお金を預けるのは間違いでしたね」
そう言ってお釣りからゲート代をカイに渡した。「ゲート代ですからね?」
「わかってるよぉ。って、また俺ひとりなのー?!」
前に並んでいた人がゲートを使い終わり、アールとルイは一足先にボックスに入った。
カイは腑に落ちない気分で先に2人を見送った。
「ルイと2人でモーメルばあちゃん家に行こうとしたり、ゲートボックスもルイと2人で入ったり。俺が近くにいるのに。……あれかな、俺と2人っきりになるのが恥ずかしいとか? 意識しているからこその──」
「おい早く使えよ! 後ろ詰まってんだよ!」
妄想に浸っていると、後ろに並んでいた男に踵を蹴られてしまった。
「あ、すいません。」
カイは慌ててゲートボックスに足を踏み入れた。
Thank you... |