voice of mind - by ルイランノキ


 秋の扇1…『ジャック』

 

 
朝を迎えたログ街。小鳥が餌を求めて飛び回る。生憎の曇り空。街を照らす光は乏しい。
シドは腰に刀を差した。
 
「んじゃ、行ってくるわ」
「はい。お気をつけて」
 今日もシドは誰よりも早くホテルを出て、仕事へ向かう。
 
時刻は8時。ルイはシドが朝食を食べ終えた食器を重ねた。
個室のドアが開き、アールが目を擦りながら顔を出す。
 
「おはようございます」
「……おはよう」
 アールは欠伸をした。虚ろな目で、シドが寝ていたベッドに腰掛ける。
「なにかお飲みになりますか?」
 と、ルイは食器をお盆に乗せ、訊いた。
「お茶をもらおうかな。熱々の」
「かしこまりました」
 ひとまずお盆をテレビ台の端に置き、手際よくテーブルの上でお茶を入れる。
 
まだベッドで寝ているカイが、寝返りを打ちながら寝言を呟いた。
 
「おねえ……さん……」
 そんなカイにアールは目を向ける。
「いい夢見てるみたいだね」
「そのようですね」
 と、ルイはニコリと笑ったが、アールの様子が気になっていた。
 
どこか気分が晴れないような表情。──疲れがとれていないのだろうか。それとも、悪い夢でも見たのだろうか。
注いだお茶を、アールに手渡した。
 
「熱いので、気をつけてくださいね」
「うん。ありがとう」
 息を吹きかけて冷ましながらお茶を啜った。小さなため息をこぼす。
「朝食はどうしますか?」
「まだいいや」
「わかりました」
 ルイは食器を乗せたお盆持って、部屋を出て行った。
 
アールはボーッとお茶の水面を眺める。──と、その時、窓ガラスに何かがコツンと当たる音がした。
 
「……?」
 
重い体を立たせ、お茶をこぼさないように気をつけながら窓際へ歩み寄る。狭いベランダに、小石が落ちていた。
外に目をやると、下にシドの姿が見えた。なにやら手で窓を開けろとジェスチャーしている。テーブルにお茶を置き、窓を開けてベランダに立った。
 
「わりぃ! 電話取ってくれ!」
「電話……?」
 部屋の中を見回すと、テレビ台の上に携帯電話があった。
「これかな」
 手に取ってベランダから見せると、シドが手を上げた。落とせとの合図だ。
「……ここから? 朝からプレッシャー」
 
部屋は4階。アールは狙いを定めて携帯電話を落とした。ハラハラしたが、シドは片手で上手くキャッチし、軽く手を上げて礼を示すと、バイクに跨がって街の奥へと消えて行った。
 
「ふわぁ……」
 
大きな欠伸をひとつ。部屋に戻ろうとしたとき、ある男に気がついた。心臓がドクンと反応する。──あのフードを被っている男だ。建物の横から、こちらを見上げている。
 
「……気持ち悪い」
 アールはすぐに部屋に入り、窓を閉めた。
 
個室から携帯電話の音が鳴る。朝から忙しいなと思いながら机の上に置いていた自分の携帯電話を取りに個室へ戻った。着信相手を確認すると、見知らぬ番号からだ。謎の男のこともあり、不安がよぎる。
 
「……もしもし?」
『おっ! アールちゃん! 俺だ俺!! いやぁーどこでも電話が出来るっていいなぁ!』
「ジャックさん?」
『おう! 朝から悪いな!』
 
そう言えば携帯電話を買ったばかりのジャックに電話番号を教えていたことを思い出す。
 
「いえ……。どうしたんですか?」
 ジャックの声に安堵した。
『退院だ退院!』
「えっ、退院したんですか?! そっか、よかったですね。退院おめでとうございます」
 そう言って思わず笑顔になる。
『おう! でな、暇なら会えないかと思ってよぉ』
「あ……ごめんなさい。今日は色々と用事があって」
『そうかぁ。まぁ急だからしょうがないな! 明日は時間あるか?』
「えっと、午前中なら大丈夫かと。それか夜の9時以降なら。VRCへ通っているので」
『そっかそっか。じゃあまぁ明日の7時過ぎにまた連絡するわ』
「はい。──あ、ジャックさんいつ退院したんですか? これからどうするんですか?」
 と、アールは椅子に腰かけた。
『今だ今! 今退院したところだ。俺はログ街でアパート借りてるからそこに帰るだけだな。色々準備して、エディの故郷へ行く』
「あ、そっか……。ジャックさんってログ街の人だったんですね」
『あぁ、故郷は違うけどな! ログ街に住みはじめたのは12年前からだ』
「そうですか。退院したこと、ルイ達にも伝えておきます」
『おー、そうしてくれ。結局見舞いに来てくれたのはアールちゃんとルイだけだったなぁ』
「すみません……。もっと入院が長引くんだと思っていました」
『アールちゃんが謝ることじゃねぇよ! 俺の回復力は逞しいだろ? なんてな! 本当はルイのおかげだ』
「ルイの?」
『聞いてねぇのか? 瀕死の状態だった俺を、治療魔法で助けてくれたんだ。感謝しきれねぇよ』
「そうですか……」
『ま、とりあえずまた明日な!』
「はい。──あ、体には気をつけてくださいね」
『おう! じゃーな!』
 
最後まで大きな声で話していたジャック。アールは電話を切ったあと、耳を摩った。
携帯電話をズボンのポケットに入れて個室を出るとルイが戻っていた。
 
「お電話ですか?」
「うん、ジャックさんから。退院したんだって」
「本当ですか? それはよかったです」
 ルイはホッとした笑みを浮かべた。
「あのさ、さっき外に変な人がいたよ。ほら、一緒にジャックさんのお見舞いに行ったときの帰りに話し掛けてきたフード付きコートを着た人……」
 ルイの表情が曇る。窓越しに外を確認した。
「──今はいないようですね」
「同じ人かはわからないけど、雰囲気が似てる気がして。考えすぎかな?」
「……警戒しておきましょう」
「うん。あ、何時からモーメルさん家に?」
「9時頃に行こうかと思っています」
「そっか。じゃあやっぱり朝食食べたほうがよかったかな」
「持って来ますね」
 と、ルイは笑顔でまた部屋を出ようとした。さすがに申し訳なく思い、アールは慌てて引き止めた。
「待って! 自分で行くから……」
「いえ、アールさんは待っていてください。お茶、冷えてしまいますよ?」
「でもさっき下に行ったばかりでしょ? エレベーターもまだ壊れてるのに……」
「そんなに気を遣わないでください」
 そう言ってルイはテーブルに近づき、椅子を引いた。「どうぞ。座っていてください」
「……ありがとう」
 複雑な気持ちで椅子に座った。「ごめんね」
「謝らないでください。好きでやっていることです」
 
ルイは嫌な顔ひとつすることなく、朝食を取りに部屋を出て行った。
 
アールはお嬢様にでもなったような気分だった。でもあまり嬉しくはなかった。勿論、ありがたい気持ちはあるが、自分は何も出来ない人間に思えてくる。
確かにこの世界へ来る前までは親に頼ってばかりいた。頼っていたというより、親が食事を作って当たり前と思っていたほどである。
 
椅子に座ったまま両腕を上げてぐっと背伸びをすると、どこからか愉快な音楽が流れてきた。カイの枕元から聴こえる。
席を立ち、カイが眠るベッドに近づいた。愉快な音楽は流れ続けている。
 
「カイ、電話鳴ってるよ」
「…………」
 アールはカイの耳元に口を近づけた。
「ケータイ鳴ってーるよぉおぉぉっ!」
「んっ?! ん……?」
 と、カイはうっすらと目を開けた。
「大声で一応起きるんだ……。ケータイ鳴ってるよ」
「けーたい……? あっ!」
 カイは枕の下から携帯電話を取り出すと、ボタンを押して音を止めた。
「アラーム?」
「ううん。電話ー。ふわぁー…眠い」
「電話……切ったの?」
「いいのいいの。出たら大変なことになるよ。おやすみー」
 と、カイは目を閉じた。
「大変なこと? ねぇ、私とルイはモーメルさんの家に行ってくるね」
 
そう伝えると、カイはガバッと布団から上半身を起こした。
 
「なーんで2人で行くのさぁ……デート?」
「違うよ。モーメルさんから連絡あったんだって。何か用があるみたい」
 と、アールは椅子に腰かける。
「えー、俺は呼ばれてないのぉ?」
 そう言ってうなだれると、またカイの携帯電話から愉快なメロディーが流れてきた。「俺も連れてってよー…」
「電話出なくていいの?」
「いいのいいの。大変なことになるから」
「なによ大変なことって……」
 苦笑しながら、お茶を啜った。
「なに飲んでんのー?」
 と、カイは鳴り続けている携帯電話をベッドに置いたまま、アールに近づいた。
「お茶だよ」
「なーんだ」
 カイも椅子に腰掛ける。
 
愉快なメロディーはまだ鳴り続けている。
 
「電話……出たら? 出たほうがいいよ」
「えー、誰からの電話かも知らないくせにそんな恐ろしいこと言わないでよぉ……」
 と、嫌な顔をする。
「誰からの電話?」
「デンデン!」
「え? デンデン? 虫?」
「デンデンだよデンデンー…。デンデン・ポーグ。あいつうるさいんだもーん。わかるでしょー? うるさい奴と話す苦痛……」
「でもまだ鳴ってるし、大事な用事かもしれないじゃない」
「そのお茶くれたら出てもいーよ」
 と、カイは上目遣いで目を潤ませる。
「飲んでいいから出なよ早く……」
 アールはお茶をカイの前に差し出した。
「わーい。……で、アールはどこから飲んだ?」
「あ、ごめん」
 と、アールは口をつけた部分を袖で拭いた。
「…………」
 カイの気分が一気に落ちた。この世の終わりのような落ち込み様である。
「早く出なよ」
 と、アールは立ち上がってカイの携帯電話を取りに行き、カイに手渡した。
「出たくないー…」
「お茶あげたじゃん!」
「わかったよもぉ……」
 と、カイは嫌々ながら電話に出た。
「……もしもしぃ?」
『ギャハハハハハ! 電話に出たし! ばっかじゃねぇー?!』
「…………」
 
電話の相手の声は、アールにまで聞こえていた。カイに訴えるような目で見られ、アールは気まずそうに目をそらした。
 

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