voice of mind - by ルイランノキ


 青天の霹靂14…『店員、アール』

 
VRCへ戻る途中の信号待ち。ルヴィエールほど人が溢れかえっているわけではないが、お年寄りや子供たちが横断歩道を渡っている。
 
「あの……刀って何に使うんですか?」
 と、アールは訊いた。
「VRCでは武器の貸出しもしてんだよ。ベグナムは武器職人だからな」
「なるほど……あ、でも──」
 
ボロボロな刀は何に使うんですか? と、訊こうとしたが、信号が青に変わってしまった。
トーマスは意外にも安全運転だ。ワオンの事故があった矢先に飛ばす気にはなれないのかもしれない。
 
VRCの建物が見えてきて、漸く解放されると思ったアールだったが、バイクは止まることなく施設を通り過ぎて行った。
 
「え? あのっ……トーマスさん?! 通り過ぎちゃいましたけど!」
 と、大声で言った。
「まだ寄るとこがあんだようっせぇな!」
「……それってまた私必要ですか?!」
 アールの質問に、トーマスは黙り込んだ。「──聞いてます?!」
「うるせぇなぁ! いちいち止まるのが面倒だったんだよ! いいからお前は刀を落とさねぇように気をつけとけ!!」
 
なんて勝手な人なんだろう。もしかしたらもうルイが迎えに来ているかもしれないのに。アールはトーマスという男に対して嫌悪感が募っていった。
 
暫く走り続け、ようやく停車したのはまた一軒家の前だった。
 
「ここも武器職人の家ですかぁ?」
 と、アールは半ばふて腐れ気味で訊く。
「バカか。俺の実家だ」
「はぁ?!」
「なんだよなんか文句が──」
 と、トーマスはアールが抱えているボロボロな刀に目を止めた。「ってオイ……それはなんだ?」
「へ?」
 トーマスの視線は刀に向けられている。
「これは刀ですが……。ダグラスさんとこで受け取ったやつ……です」
「……本当にダグラスから受け取ったのか?」
「えっと……刀は庭にあるから持ってけって」
「で? 庭にあったのがそのボロボロな刀か?」
「はい……。てゆうか、こっちの綺麗な方は庭にあって、こっちは……塀の外……」
「はぁッ?!」
 トーマスは怒り声を上げた。「何やってんだテメェはよぉ! どう見たっておかしいだろうが!!」
「え……だって……何に使うのか知らなかったからこれでもいいのかなって……」
「いいわけねぇだろボケ!!」
 と、唾が飛ぶ。
「すいません……」
 アールは肩を竦めた。
「貸せッ!!」
 と、トーマスはアールからボロボロな刀を奪うと、鞘から抜いてみた。「ボロボロな上に偽物じゃねぇか……」
「偽物?」
「ほんと使えねぇなお前は……」
「なっ! 使えないもなにも急に連れて行かれた上にひとりで行かせたのトーマスさんでしょ?!」
「行かせた俺に責任があるって言いてぇのか!」
「そっ……そりゃあ……ちゃんと確かめなかった私にも責任が……」
「『私にも』じゃなくて『私に』だろ!」
「私だけのせいにしないでください!」
 
口論になっていると、トーマスの家から年配の女性が顔を出した。
 
「騒がしいねぇ……なんだい?」
 アールは一瞬にして察した。トーマスにそっくりな女性。大体の年齢からして、トーマスの母親だろう。
「なんでもねーよっ。親父いるか?」
「あぁトーマスかい。中にいるよ」
 トーマスはボロボロの刀をアールに渡し、
「捨ててこい」
 と言って、自分は家の中へと入って行った。
「捨てこいって言われても……」
 
──この刀はダグラスさんの物じゃないのかな……。
 
「あんたも入るかい?」
 と、トーマスの母親が言う。
「あ……いえ。私はここで待ってます」
「そうかい。その刀、捨てるんなら三軒先の細い道を入った奥に、広い空き地があって粗大ごみ置き場になってるよ」
「ありがとうございます」
 トーマスの母親は、アールに軽く頭を下げると、家の中へ戻って行った。
「捨てて怒られても私のせいじゃないよね……?」
 アールはごみ置き場へと歩いた。普通のちゃんとした大人なら、もともとあった場所に戻しておくのがマナーだが。
 
だだっ広い粗大ごみ置き場はブロック塀で囲まれていて、冷蔵庫やテレビといった家電製品が捨てられている。
 
「テレビ……そういえばホテルにも小さいテレビがあったなぁ。ちょっと見てみたいかも」
 どんなテレビ番組が放送されているのか、気になる。
 
ボロボロの刀を、立てかけるようにして置いた。本当に捨てていいものなのかわからないため、一応、山積みにされている粗大ごみから離れた場所に置いた。
ふと、人の気配がして振り返ると、何も乗せていないリヤカーを引きながら近づいてくるお爺さんがいた。
 
「こんにちは」
 アールは挨拶をした。
「おや、こんにちは。何か捨てたのかい?」
 と、老人はリヤカーを止めた。
「あ、刀を……。でも捨てていいものかどうか……」
「ほう、ならその刀には手を出さんどこう。まぁ、ここに捨てられたもんは長らく放置されておるから、必要なものならそのうち持ち主が探しに来るだろう」
「おじいさんはなにを?」
「ゴミ拾いだよ。金になるものを拾って売るのさ」
「……大変ですね」
「あぁ。大した額にはならんしな」
 
老人の足元を見ると、素足だった。黒く汚れた足。伸ばしっぱなしの灰色がかった髭。穴が空いて破れているコート。
 
「おじいさん、足痛くない?」
「もう慣れたもんさ」
 そう言って粗大ごみを漁りはじめた。
 
アールはもう1本の刀を腰に装備し、老人と一緒にゴミを漁る。
 
「汚れるぞ? 同情してくれるのはありがたいが……」
「あ、いえ。どうせ暇なので」
「ホッホッホ。なら金属を探しておくれ」
「了解です」
 
アールは自分がしていることに対して特に深い意味は無かった。老人の役に立ちたいと思ったわけでもなく、かと言って「同情」というのも、なんだか違う気がした。
老人には悪いが、興味本位なのかもしれない。
  
「あ……」
 捨てられていた冷蔵庫を何気なく開けてみると、炊飯器や割れたガラスなどが入っていて、靴もあった。
「おじいさん、靴がありますけど」
「そんなもん売り物にはならんよ」
「まだ履けそうですよ? 汚れてるけど、破れてはいないし」
「ワシに靴はいらんよ」
「……でも、足場が悪いと奥の方まで探せませんよね」
「お嬢さんはどうしてもワシに靴を履かせたいようだな」
 と、老人は手を止めて言った。
「あ、いえ……。すいません。余計なお世話でしたね」
 アールは笑って、冷蔵庫をパタリと閉めた。
「……ふむ。どれどれ、サイズが合うかどうか」
 老人はアールに歩みよりながらそう言った。
「あ、履いてみますか?」
 
再び冷蔵庫を開け、靴を取り出した。割れた食器の破片が入っていないか確かめてから、老人の前に置いた。なんだか懐かしい感覚にとらわれる。
 
「確かに破れてはいないようだな」
 と、老人は靴を履いてみる。「おぉ、大きさは調度いい」
 その言葉を聞いて、アールは微笑んだ。
「──お客様、こちらの商品は一点ものでございます。今なら特別、無料で提供しておりますよ」
「お? なんじゃなんじゃ、お店みたいじゃな」
「一点ものだというのにお客様の足にピッタリだなんて、まるでお客様のためにこの靴が存在しているかのようです」
「ホッホッホ、うまいこと言うのぉ」
「いかがなさいます?」
「ふむ……タダなら頂こう」
「ありがとうございます!」
 
そう言うと、2人で笑い合った。
 
「お嬢さんは商売上手になるかもしれんな」
「商売をしていましたから」
「ほう……なんの商売だね」
「……洋服。靴も置いてありました。全部女性向けですけどね」
「そりゃ残念だ。いつかお嬢さんが働いていたお店に行ってみたかったのぉ……」
 老人は笑顔でそう言うと、足踏みをして靴の感触を確かめた。
 
懐かしいと思ったのは、お客様の前に靴を差し出す行動。働いていたときの感覚を思い出した。売り上げが悪い時は、似合っていなくても「とってもお似合いですよ」なんて、言っていたっけ……。
 

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