voice of mind - by ルイランノキ


 青天の霹靂3…『腹八分目』

 
廃墟のような建物が並ぶログ街だが、まともな建物も少なからずある。まともと言っても、決して綺麗とは言い難く、コンクリートの壁は所々ひび割れて、崩れている。窓ガラスは濁りが酷く、縁は錆び付いている。
ルイとアールが立ち寄ったのは、古びた内装に、色褪せた花柄のカーテンが年季を感じさせる、どこか落莫とした飲食店だった。
 
「……ホテルで食べてもよかったね」
 と、アールは店の中を見回しながら小声で言った。
 
お昼時だというのに客足が少ない。テーブルは9台あるが、窓際の席にはルイとアール、壁際の一番端にある席では痩せ細った男が黙々とステーキを食べている。
 
「お店の雰囲気はあまり良くありませんが、実はここの料理人は以前、サンシャインホテルでシェフとして働いた方なのです!」
 と、ルイは少し興奮気味に言った。
「サンシャイン……ホテル?」
 アールは首を傾げた。
 
料理が来るまで水で空腹を満たす。注文はルイに任せたため、内心またマゴイ料理が出てくるのではないかと心配になった。決してまずいわけではない。正体がわからないから警戒しているのだ。壁際に座っている客が美味しそうに食べているステーキでさえ、マゴイに思えてくる。
 
「サンシャインホテルは敷地面積や設備などが世界一を誇るホテルなのですよ」
「へぇ、東京ドーム何個分?」
 と、アールは素で訊いてしまう。
「とうきょう……」
「あ、ごめん。有名なホテルなんだね」
 
ルイがサンシャインホテルについて語っていると、思っていたよりも早く料理が運ばれてきた。正直、薄汚れたお皿に盛られているのではないかと思っていたけれど、まっさらなお皿にペスカトーレが美しく盛られている。パスタと絡み合ったムール貝やエビ、ホタテなどの魚介類が食欲をそそる。
 
「わぁ、美味しそう! パスタかぁ、肉料理かと思ってた」
「肉料理の方がよかったですか?」
 そう訊くルイに、アールは慌てて首を振った。
「ぜーんぜん! パスタ最高! いただきまーす!」
 嬉しそうに食べはじめたアールを見て、ルイはホッとした笑みをこぼした。ルイも同じものを注文している。
「なにこれ美味しい!」
「ペスカトーレはシェフのイチ押しですからね」
「そうなんだ! でもこんなに美味しいのに……なんでお客さん少ないんだろ」
 と、アールは小声で言った。
「少しお値段が高いからでしょうね。シェフの名前はアルカンジェロさんといって、僕は以前サンシャインホテルで彼の料理を頂いてからファンになりました。料理本も出されていて、名の知れた方なのですが、彼がどうしてこのログ街で小さな飲食店を始めたのかは謎ですね」
「……高いの? 大丈夫?」
「それは心配いりませんよ。今日は特別です。アールさんが無事に戻ってきてくださったお祝いです。小さなお祝いですけどね」
 ルイは優しく微笑んだ。
「ううん。超うれしいよ、ありがとう」
 
久しぶりに食べたパスタは、とても美味しかった。プロの料理人が作ったからという理由だけじゃない。節約重視のルイが値段を気にせずにご馳走してくれた、その気遣いと優しさがより美味しくさせたのだ。どんな美味しい料理でも、嫌いな人と食べれば味が落ちるというもの。
それでもアールは、やっぱりルイの手料理の方が美味しいと思った。旅を続けて疲労が溜まっていても、毎日仲間のために作ってくれている姿を見ていたからかもしれない。仲間を思い、体調を気遣い、そんな優しさが料理の味に含まれているのだろう。
 
「ごちそうさま!」
 と、アールは手を合わせて満足げに言った。
 
アールが食べ終えると同時に、ルイも食べ終えていた。ルイは食べるペースをアールに合わせたのだ。
 
「美味しかったねー、もう出る?」
「いえ、まだデザートが残っています」
「デザート? デザートも頼んだの?」
「えぇ。お口に合えばいいのですが」
 
パスタでお腹がいっぱいになっていたアールは食べられるか不安だったけれど、暫くして運ばれて来たデザートを見た途端に満腹だった胃に別腹スペースが出来た。
 
「メロン?! 私メロン大好き!」
 アールは子供のように喜んだ。
 
丸くくり抜かれたメロンやスイカが大きめの白いお皿にバランス良く飾られ、薄く模ったチョコレートとオレンジ色のシロップでデコレーションされている。
 
「メロンが食べたいとおっしゃっていたので」
 と、ルイは嬉しそうに言った。
「そんなこと言ったっけ!」
 無意識に言った発言に身に覚えがなかったけれど、美味しいパスタを食べたあとにメロンも食べられるなどこんなに幸せな昼食なかなかない。
「ふふっ、いただきます!」
 真っ先にメロンを口に運ぼうとして、ふと手を止めた。「あれ? ルイは食べないの?」
 運ばれて来たのはアールの分だけだった。
「僕はもうお腹がいっぱいですから」
「そう……なんかごめんね」
「いえ。喜んでもらえたようで、それだけで僕はお腹がいっぱいですよ」
 
そんなセリフを恥ずかしげもなく違和感もなくサラリと言えるのはルイだけなんじゃないかと、アールは思った。
 
「あ、一個食べる? スイカ」
「いえ、大丈夫ですよ」
「じゃあ……メロン……?」
 アールはスプーンですくっていたメロンを差し出しながら訊いた。
「いえ、メロンは特に結構ですよ、アールさんがお好きなものを頂くわけにはいきませんから」
「よかった!」
 そう言ってアールは口に運んだ。「──?! ……?!」
「アールさん?」
「おーいしいっ!! ……おいしいよ……美味(びみ)だよ……泣きそう」
 アールはそう言って目頭を押さえた。
「本当にお好きなのですね。でも僕も好きですよ、メロンはガン予防になりますし、便通を良くしたりと大活躍ですからね。肌荒れにも効果があるようですから女性にはうってつけかもしれませんし……あ、アデニシンは脳卒中や動脈硬化に──」
「なにそれウィキ〇ディア情報……?」
「うぃき〇でぃあ? それは一体……」
「いや、なんでもない。単純においしいよね、メロンって!」
「そうですね。ちなみにスイカには利尿作用があることをご存知ですか?」
「いいえ。知りませんでした」
 
ルイは歩くウィキ〇ディアだ。食事中に便通の情報はいらないよと言いかけたけれど、少し天然が入った彼も魅力的だ。あえて言わずに聞き流しておくことにした。
おいしい食べ物で満たされたお腹をさすりながら、アールとルイは、VRC施設へと向かった。
 
「歩いてどれくらい?」
「1時間くらいでしょうか」
「…………」
 アールは思わず立ち止まる。
「アールさん? やはり徒歩は大変ですか?」
「え、うん……そりゃあちょっと……」
 食べ終えたばかりだし……というのは言い訳かもしれないけれど。
「でしたら運び屋で」
 と、答えながらルイは思い出した。「運び屋は……お金が……」
「あ、じゃあいいよ、うん。歩こう! バーチャル世界で戦闘をする前にいい運動になるし!」
「アールさん……すみません。それから、バーチャル世界ではなく、バーチャル空間です」
「あ……はい」
 
アールはこれ以上、自分のことでお金を使わせるのは申し訳ないと思い、徒歩で行く決心をした。すぐ楽をしようとする自分を責めた。
 
「すみません……大丈夫ですか? やはり辛ければ運び屋を利用しましょう」
「大丈夫。てゆうか運び屋ってなに?」
 
2人は話しをしながら施設へ向かう。時折、生臭さが鼻をつく。そんなときは大抵、路地裏に残飯が捨てられていたりする。
 
「目的地までバイクに乗せてもらうのですよ」
「バイク? 怖いなぁバイクは……」
「乗り物は苦手ですか?」
「ううん、バイクが苦手なの。ずいぶん前……知り合いのバイクの後ろに乗せてもらったことがあって。横転したわけじゃないけど、知り合いがおもしろがってスピード出すから怖いのなんのって」
 と、アールは苦笑いをした。
「そうでしたか……。あ、アールさん」
 ルイは何かに気づき、指を差した。「レンタサイクルがありますよ」
「ほんとだ! 行ってみよっか!」
 
歩く決心をしたばかりだというのにすぐに食いついたアール。隙あらば楽をしたがる性格は別世界に行ってもなかなか治らないのが現実なのかもしれない。
2人が歩いていた道の反対側にレンタサイクル店があった。2人は迷わずお店に入った。
 
「ごめんくださーい」
 何台も並ぶ自転車を眺めながら、声を掛けると、事務所であるプレハブから年老いた女性が顔を出した。
「あらあら……お客さんかい。ちょっと待っておくれ」
 そう言ってお婆さんはゆっくりと靴を履き、二人の元へ歩み寄った。「レンタルかい? 1日レンタル500から3,000ミルだよ」
「自転車によって違うんですか?」
 アールは自転車を眺めながら訊いた。
 
子供用の小さな自転車から、クロスバイク、シティサイクル、電動自転車、二人用の自転車、マウンテンバイクなど、種類は豊富だがどれも使い古されている。サドルは破け、ハンドルやチェーンが錆びていてゴミ置場から拾ってきたようなものまである。
 
「値段は自転車のフレームに書いてあるから、見て選んでおくれ」
 
アールは高校生の頃、自転車通学だった。成人になってからもよく乗っていた。車や原付き免許を取ろうかと思ったこともあったが、日頃からあまり遠出はしないし、バス停が近くにあるし、自転車で十分だと思っていた。──というのは言い訳で、免許を取る自信がなかっただけである。
 
「では2台お借りしてよろしいでしょうか」
 と、ルイが財布を出しながら言った。2人はリアキャリアが付いていないシティ車を選んだ。
「いいよ、その自転車なら1日1,000ミルだよ。2人で2,000ミルだね」
「1台だけ何日か暫く貸していただきたいのですが」
「構わないよ、何日くらいが希望だい?」
「そうですね……とりあえず1週間くらいで」
「1週間ね。手続きをするからあっちの事務所に来ておくれ」
 

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