voice of mind - by ルイランノキ


 青天の霹靂2…『雑談』

 
──携帯電話。
 
中学生のときに買ってもらってから、肌身離さず持っていた。一人ずつメモリーが増えていくのが嬉しかった。
眠れない夜、メモリーから誰かを選んでメールを送ると、返事が返ってきた。友達や家族や恋人から貰った大切なメールは、保護して専用ボックスに保存している。
出かけた先で撮った写真も大切に保存しているし、好きなアーティストの曲もダウンロードして保存、ボイス機能も使ってみたりして、カラオケに行ったときに友達や彼氏の歌声を録音して保存していた。
友達がやっているブログはブックマークをしているし、彼氏に作ってあげるためにレシピが載っているホームページもブックマークしている。スケジュール機能には、大切な人たちの誕生日を表示しているし、遊ぶ約束をした日は必ずチェックを入れている。
 
沢山、予定があった。
 
携帯電話には沢山の思い出が詰まっている。でも、決して開かない。
ルヴィエールで出会ったセルというおじいさんのペンダントを見つけるために、携帯電話を使った。その時はペンダントのことで頭がいっぱいだったから、携帯電話を手にしても何も感じなかった。
 
今は触れたくもない。
 
無人島になにか持っていくなら、なにがいい? という“もしも”の話に、家族の写真と答える人がいた。私にはわからない。写真を見れば寂しさが癒えるの? 写真を見れば頑張ろうって思えるの? それとも、忘れない為……?
 
私は怖くて思い出を見れないでいる。
 
家族写真を見るのは、会えないから、でしょう? 会えないことから生まれる感情からは、なるべく目を逸らしていたい。だから会いたいと口に出すこともしたくはない。
 
 “会えない”と返ってくるから。
 “会えない”と再認識するから。
 
夢ではない現実を、突き付けられるから。
 
━━━━━━━━━━━
 
「アールさん? 起きていますか?」
 と、ドアの向こう側からルイの声がして、アールは目を覚ました。
 
個室でいつの間にか、机に顔を伏せて眠っていたようだ。背伸びをしてドアを開けた。
 
「アールさん、そろそろ行きましょうか」
 と、ルイ。
「行くって……?」
「VRCですよ。もうお昼ですから」
「うそ?! 寝すぎた……」
「行けそうですか? 外で食事を済ませてから行きましょう」
「うん」
 
アールは、壁に立て掛けていた武器を腰に装備した。
 
「カイは行かないの?」
 まだ布団の中に潜っているカイにそう訊いたが、返答はない。
「カイさんは寝てしまいました。書き置きしておきましたので、行きましょう」
 と、ルイもロッドを背中に装備した。
「それいいね、背中に装備するの。腰に掛けてると体のバランスが悪くなりそう……。重くはないんだけど、やっぱり歩くときに邪魔だし、周りに人がいるとぶつけてしまいそうで……」
「でしたら、背中に装備する為のベルトを買いましょうか。アールさんがVRCへ行っている間、僕が買ってきますよ」
 
二人は会話をしながら部屋を出た。
 
「でも高くない? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
「あ、でも背中に掛けて剣抜けるかなぁ……」
 と、アールは廊下を歩きながら、背負った剣を抜くイメージトレーニングをしてみた。
「それも大丈夫ですよ、魔道具のベルトを使えば問題ありません」
「ま、魔道具?! なんか恐ろしい力が備わってるベルトなの?」
 ルイは軽く首を傾げながら笑った。
「いえ、僕のベルトはただロッドを使うときに自動的にベルトが外れるようになっているだけですよ?」
「え……なにそれ魔法の力?」
「えぇ。そうでなければ、自分でベルトを外さないといけませんし、ロッドは長いのでベルトから抜くのは大変ですからね」
「えっと……もしかして“魔道具”って、魔法の力が備わってる道具って意味なの?」
 と、エレベーターの前に着き、アールはボタンを押した。
 
1階に下りていたエレベーターが上がってくるのを待ちながら、ルイは話を続ける。
 
「そうですね。でも、一言で魔道具と言ってもいくつか種類があります。“魔力”を秘めた武器のことも言いますし、魔術を使った儀式を行うときに使われるものなども」
「魔道具って聞くと、恐ろしい魔力をおびた武器とか防具ってゆうイメージが強かった……」
 
そう呟きながら、上がってきたエレベーターに乗った。ルイが1階のボタンを押し、疑問に思う。
 
「なぜそのようなイメージが?」
「え、だって……」
 と、アールは言いかけた言葉を飲み込んで、ルイから目を逸らした。
 
ゲームや、漫画や、映画などからそのようなイメージがついていた。自分の世界がゲームになっていると知ったらどう思うだろう。コントローラーを操作して進めていく世界。人を襲う魔物や、人の死さえゲームになって楽しんでいると知ったら……。不謹慎だと思うだろうか。
こっちの世界にはそんなゲームは存在しないのだろうか。戦争で沢山の人が命を落としても、戦争ゲームで殺し合って遊ぶ人たちがいるように、こっちの世界でも似たようなゲームはあるのかもしれないけれど、訊く気にはなれない。
 
「アールさん?」
 と、ルイは心配そうにアールの顔を覗き込んだ。
「あっ……えっと、なんか勘違いしてたみたい! それよりお昼はなに食べるの?」
 
アールは正直に話して、幻滅されるのが怖かった。この世界をゲームのように感じていたのかと思われそうで、嫌だった。半分図星だから尚更だ。
 
「なにか食べたいものはありますか?」
「んー……メロン……」
 と、アールはこの世界のことを考えながら適当に答えた。お昼はなにを食べるかなど、ただ話を逸らすために訊いただけのことだった。
 
エレベーターが開くと、同じホテルに泊まっている男たちが入れ違いにエレベーターへ乗り込んだ。アールが洗顔をしているときに話し掛けてきた、外から来た旅人だ。
 
「けどあいつ大丈夫かよ。調子に乗ると痛い目みるからなぁ。今度は腕一本喰われちまうんじゃねーのか」
「まぁ自ら意気込んでんだからしゃーねぇよ。止めても聞かねぇから」
 エレベーターのドアが閉まり、男たちは上の階へ。
「なんの話だろうね……」
 と、アール。
「あまり良い話ではなさそうでしたね。──あ、こんにちは」
 ルイはロビーにいたオーナーに気づき、挨拶をした。アールも続けて挨拶を交わす。
「またお出かけかい? 今日は帰ってくるんだろうね?」
 と、オーナーは笑いながら言った。
「あ……すみません。4日ほど留守にしてしまいましたね」
「いいんだよ、ちゃんと宿泊代を払ってくれればね」
 オーナーはからかうようにそう言った。「でも少し心配したよ。お嬢さん、具合が悪そうだったし、なにかあったのかってねぇ」
「すいませんご心配かけて……」
 と、アールは申し訳なく思った。「でももう大丈夫です。ちょっと……知り合いの家に長居しすぎちゃいました」
「大丈夫ならいいさね」
 と、オーナーは笑顔でそう言い残してカウンターの奥へ入って行った。
「優しい方ですね」
「うん、私こっちのホテルでよかったかも。シドたちは狭いだのなんだの言ってたけど」
「僕も、こちらのホテルで良かったと思っていますよ」
 
2人はホテルを出て、飲食店へ向かった。
 
「それは安いからでなくて?」
「それも一理ありますね」
 ルイは微笑んでそう言った。
「あはは、さすがルイだね。ルイって執事とか向いてそうだよね」
「執事……ですか」
「うん、どこかのお嬢様の付き人。『お帰りなさいませ、お嬢様』ってセリフ似合いそう!」
「……執事、ですか」
 ルイは暫し考え込んだ。
「ちょっと言ってみて? さっきのセリフ」
 と、アールは無茶ぶりをする。
「──お帰りなさいませ、お嬢様」
 と、ルイはイメージ通り、イケメン執事を思わせる笑顔で言ってみせた。まるで女性向けの恋愛ゲームに出てくる王子様のようである。
「……こんな感じでしょうか?」
「おぉ……」
「違いましたか?」
「やっぱ向いてないかも。多分お嬢様の父上にどつかれちゃうかもよ」
「なぜです?」
「『私の娘に色目を使うな!』つって」
 と、アールは笑う。
「いろめ?」
「シドは絶対向いてないよね」
 アールは想像を巡らせながら腕を組んだ。「カイも、お世話するよりされる側だし……って、私もだけど」
「アールさんの場合はメイドですね」
「メイド……響きはかわいいけど、こき使われるんだと思う。シンデレラのように」
「しんでれら?」
 
時折、アールはルイが知らない言葉を口にする。そのたびにルイは、彼女との距離を感じた。それでも、彼女から話しかけてもらえるだけでも嬉しかった。口を閉ざして悲しい表情を浮かべている姿を見るよりは、例え越えられない一線を引かれるような言葉でも、そこに笑顔があるならば、幾らか安心している自分がいることに気がついた。
 

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