voice of mind - by ルイランノキ


 全ての始まり1…『退屈な日々』




2012年

──あの頃は、毎日毎日同じ繰り返しで、
“私”は退屈だった。


「ふわぁああぁ……眠い……」

青いキャンバスに、絵の具で塗り足したような白い雲が流れる日曜日。
アパートから見える公園から無邪気に遊び回る子供達の声が聞こえてくる。

「一番のりー!!」
「あーっ! りっちゃんが先にブランコ乗るんだよー?!」
「早いもの勝ちだもんねぇーっ! りっちゃんは1人でシーソーでもしてなよ!」
「ひとりでシーソー?! そんなのさみしすぎるよ!!」

時刻は午後1時。
桜井良子はあまりの眠気から、また大きな欠伸をした。

「ふわぁあぁ。……また欠伸でた。ねむい」
 
昨夜は7時間程寝たというのに、正午を過ぎても未だに眠気が抜け切らず、頭がボーッとする。欠伸をしたせいで頬を流れた涙を拭い、テーブルに肘をついて、ぼんやりとテレビ画面を眺めた。

良子の隣には、後頭部の寝癖が目立つ、冴えない男が背中を丸めて座っている。一見落ちぶれたニートに見えなくもないが、よく見ればそこそこの顔立ちだ。

「眠いならまた眠ったら? ゲーム画面見てるだけじゃつまんないだ……ろ……うわあぁああぁあぁっ?!」
 と、男は突然叫び、呆然と口を開けたまま固まってしまった。

まるで一時停止ボタンを押されたかのよう。テレビ画面は真っ暗になり、中央に《GAME OVER》の赤い文字がゆっくりと浮かび上がる。
 
「あらら……またゲームオーバー?」

そう言って笑う良子は、一人暮しをしている恋人、坂上雪斗のアパートへ遊びに来ていた。
彼の部屋は相変わらず、漫画雑誌やゲームが所狭しに散らかっているのに、テレビを置いている棚には彼が好んでやまないゲームのキャラクターフィギュアだけは綺麗に並べられている。本人はオタクではないと言い張るが、良子からしてみれば完全にオタクである。

「また死亡……」

突然叫んだかと思えば、今度はそう言って、ガラステーブルの縁におでこをコツンとぶつけて落ち込む彼は、まだ寝起きのような虚ろな目をしている。──実際、彼は昼まで眠っていたわけだが。

「もっとレベルアップしたら? いくら日曜でも大声出すと苦情来るかも」
 良子は足元に散らかっていた本を重ねながら言った。

ふと、グラビアアイドルが表紙を飾っている雑誌が目に入り、ピクリと眉を動かす。小さな三角水着からこぼれそうなほどの、はみ乳。
巨乳にもほどがある……。良子は目を細めた。

彼は、いつもテレビゲームに夢中で、せっかくの休日でさえテレビ画面に映るゲームの世界に入り浸っていることが多い。2人が付き合い初めの頃は、人並みに遊園地に行ったり、カラオケや映画館といったデートらしいデートをしていたものの、付き合って2年も過ぎるとすっかり音沙汰無しだった。

良子は彼のアパートに遊びに来る度に、部屋の掃除をし、お腹が空いたと言われれば不慣れながらに料理を作り、後はただゲームに夢中な彼の隣に座っているだけだった。
不満がないわけではないが、それでも子供のようにゲームに夢中になっている彼の姿を、隣で見ているのは案外好きだったりする。

「レベルアップは十分なはずなんだけどなぁ。敵が強すぎるんだよ。仲間まで死んだし……あーめんどくせっ!」
 と、雪斗は苛立ちながら髪を掻きむしった。
「ふーん。装備は?」
「金が足らんなぁ」
「…………」

良子の目には、たかがゲームに苛々している彼が、子供のようで可愛く見えてしまう。惚れた弱みだろう。

「じゃあ、お金貯めたら?」
「雑魚と戦うのめんどくせぇし」
「他にないの? お金稼ぐ方法」
「必要ない武器はとっくに売ったし、町の依頼は……めんどくさい……」

めんどくさい、めんどくさい。そう言いながらもゲームに嵌まるのはどうしてだろう。良子には到底理解など出来なかった。

「もうやーめたっ!」
 そう言ってコントローラーを放り投げる始末。

でも数分後にはまたゲームを再開していたりする。 
ほんと、子供なんだから……。そう呆れながらも表情を綻ばせている良子は、グラビアアイドルが表紙を飾っている雑誌を裏返して、部屋の隅に寄せた。

「やっぱり巨乳好きなんだね、雪斗は」
「え?」
「雑誌の表紙に、『みぽりんはエッチなHカップだぴょん!』とか吹き出し付きで載ってた女の子が巨乳でした。ううん、あれは爆乳の域に達してる」
「ちがっ……それはたまたまだよっ。それに別にそれエロ本じゃねぇから!」
「エロ本でもなんでもいいけど巨乳を見せつけるのだけはやめてよねっ!」
 良子は頬を膨らませて立ち上がると、トイレに入った。

良子は俗に言うところの貧乳である。まな板とまではいかないが、女性としてはやはり胸が小さいのはコンプレックスのひとつだった。

雪斗は暫くぽかんとしていたが、「可愛いやつ」と呟いて、巨乳グラビアアイドルが表紙を飾っている雑誌を丸めて、ごみ箱へと突っ込んだのだった。

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©Kamikawa
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