voice of mind - by ルイランノキ


 捨てた想い24…『彼女の意思』

 
「行ったか」
 と、シドが呟いた。
「あぁ。どうやら、次の部屋へ行ったようだね」
 シドは大きな欠伸をして、お腹を摩った。
「腹減ったな……なんかねぇか?」
「なんだい、こんなときに」
 モーメルは水晶に翳していた手を下ろし、呆れたようにそう言った。
「なんだかんだで動けてんだから心配ねぇだろ」
「そうだね……。でも、気づいたことがあるよ。やっぱりあの子は、弱音を口に出さないね」
「…………」
「きっと心の中だけで済ませているのさ。弱い自分と向き合うこと、弱い自分と戦うことは大事だけどね」
 
シドは腑に落ちない面持ちでテーブルに肘をついた。
 
「きっと、心細くて怖いはずなのに……」
 と、モーメルは席を立った。
「──確か昨日の夕飯の残りがあったはずだよ」
 
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「はーらへったなぁ……」
 と、カイが仰向けに倒れながら言った。「なんかなぁい? ルイー…」
「それが食材を入れたシキンチャク袋をホテルに置いてきてしまったので……」
 ルイは寝転んだカイに申し訳なさそうにそう言った。
「えーっ、水はー?」
「あ、水なら……」
 と、ルイはシキンチャク袋をぶら下げた腰に手を回した。「あ……」
「どーしたのぉ? ないとか言わないでよぉー?」
「すみません、モーメルお婆さんの家に置いてきてしまいました……。二階の部屋にあると思います」
「やぁーだぁー! やだやだやだやだ!」
 カイはジタバタと駄々をこねた。「のーどーかーわーいーたぁー!」
「でしたら、モーメルさんの家に戻りますか?」
「それはもっとヤダっ!!」
 と、カイは体を起こしながら即答した。「アールをここで待つって決めたんだ! それに……アールだってなにも食べてないよねぇ……」
「そうですね」
 と、ルイは優しく微笑んで言った。
 
皆それぞれ、アールへ思いを向ける。彼女がいなければ世界は救われない。けれど、今は誰も世界の未来など考えてはいなかった。ただ真っ直ぐに、アールの安否を気遣い、無事に戻って来てくれることを願っていた。
 
「ライズさんは……大丈夫ですか?」
 と、泉の前に身を置いている二人から少し離れた場所に腰を下ろしている彼を、ルイは気にかけて言った。
「……拙者は大丈夫だ。案ずるな」
「無理、しないでくださいね?」
 
ライズは泉を眺めた。
 
「彼女に何かあれば、行かせたモーメルではなく、拙者の責任だ……」
「なにを言ってるんですか。アールさんは必ず戻ってきます。 仮に……仮になにかあったとしても、貴方やモーメルさんを責める気はありません。彼女は自分の意思で飛び込んだのですよ。その意思を無駄だったことにはしたくありませんから」
 
誰かのせいにしてしまえば、アールの意思は無かったことになる。誰かに命令されて沈静の泉へ飛び込んだわけではない。ルイの中で、確かな思いが定着していた。
 
「……お前が仲間である意味が、理解できる」
 
顔を伏せながらそう言ったライズは、どこか寂しそうにルイの目に映っていた。
 
カイが座り込んでいる周囲には、彼が粘土細工で作り上げた五体ほどの人形が置かれている。粘土細工にも飽きたカイは、おもちゃを入れてあるシキンチャク袋をあさっていた。端から見ればアールを心配していないように見えるが、おとなしく待つということが出来ない性質なのだ。何かを考えたりするときも、手を動かしていないと落ち着かず、思考が働かないのである。
 
ルイはカイの隣に腰を下ろし、携帯電話を握り締めたまま泉を眺めていた。そして着信音が鳴るとすぐに電話に出た。
 
「シドさん?」
 しかし、電話を掛けてきたのは別の人物だった。
『──VRCのものですが』
「え……? あっ、すみません」
『いえ。手続きが終了したというご連絡はそちらに行っておりますでしょうか』
「あ、はい。今日からですか? すみません……実は……急用が出来てしまったもので」
『そうでしたか。では、いつ頃からのご利用になさいますか?』
「えぇっと……」
 ルイは泉に目を向ける。アールはいつ戻ってくるのか分からない。
「すみません、改めてまたこちらからご連絡させてください」
『そうですか。では、費用は一旦返金致しますのでまた改めて──』
「あ、いえ。そのままでお願いします。──必ず、伺いますので」
 ルイは、願いも込めてそう言った。
『わかりました。では、ご連絡をお待ちしております』
「はい。お手数をお掛けして申し訳ございません……」
 ルイは携帯電話をパタリと閉じた。
「なんの電話ー?」
 と、カイはピコピコゲームを取り出して訊いた。
「VRCからでした」
「そっかぁ。──アール、いつ戻ってくるのかなぁ」
「きっとすぐに戻って来ますよ。“正義の味方”ですからね」
 それを聞いたカイは嬉しそうに笑った。
「そうだよねぇ! 困ってる人がいたらすぐに飛んでくるのが正義の味方だし!」
 
彼等が笑いながらそう話す姿を、ライズは遠目から眺めていた。ギルトが自分も彼女たちの仲間にしようとしていたことを思い出す。
 
 拙者も……必要な人間だとでもいうのか……。
 
ライズは、アールの帰りを信じて待ち続ける二人が、自分とは遥かに掛け離れた存在に思えた。
 

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©Kamikawa
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