voice of mind - by ルイランノキ


 ログ街19…『足りないピース』

 
「薬局ですか?」
 と、ルイがアールに訊いた。
「うん……吐き気止めとかあったら買おうかなと思って。でも私今ゴミ臭いからお店に入る勇気が……」
「吐き気止めなら、僕が持っていますよ。大概のお薬は備えていますから。別行動することもあると思うので、少しでよければ分けますから持っていてください」
「うん……ありがとう」
「では、部屋に戻ったら分けましょうか」
 
2人はホテルへと歩いていた。アールはホテルのオーナーから病院へ行くよう勧められて外に出たものの、病院へ行く気などはじめからなかった。ただ気分転換に外の空気を吸いに出たくなり、とりあえず右へ真っ直ぐ歩いていた。その矢先に、薬局が遠くに見えて立ち寄ろうと思っていたのである。
 
「あ、そういえばジャックさんは?」
 と、アールは思い出して訊いた。
「病院から連絡があるはずなのですが、まだ……。病院へ行って様子を見てこようかと思っています」
「そっか……」
「どうされました? 心配はいりませんよ、きっと大丈夫です」
「うん……」
 
ジムが後悔してた。なんて、軽々しく言えやしない。その前にジャックはまだドルフィやコモモが亡くなったことを知らないかもしれない。ジャックが目を覚ましたとき、真っ先に思うことはなんだろう……。仲間のひとりが自分達に殺意を抱き、命を奪った。受け入れ難い現実から目を背けずにいられるのだろうか。
アールはジャックに会う自信がなかった。ジャックを襲い、仲間を殺したジムと一対一で話をした。ジムの気持ちを知っていながら、ジャックと顔を合わせることなど出来ないと思った。
 
ホテルの前に着くと、ルイは足を止めて言った。
 
「アールさん、お薬は後で宜しいですか? 僕はこのまま病院へ行こうと思います」
「あ、病院って向こうなの?」
 と、オーナーに勧められた病院とは別の方角を指差した。
「えぇ。街の入口から一番近い病院です。もしまだ具合が悪いのでしたら、シドさんかカイさんにお薬を貰ってください。一応2人にも少し渡してありますので」
「うん、わかった。じゃあ気をつけてね」
「えぇ、ではまた後ほど」
 アールはルイの背中を見送ってから、ホテルに入った。
 
ロビーの床を掃いているオーナーが、おかえりと微笑んだ。
 
「あ、ただいま帰りました。私の部屋って何号室でしたっけ……」
「おや、もう忘れたのかい? 19号室じゃよ。具合は大丈夫かい?」
「はい。ありがとうございます……」
 と、アールは苦笑しながら頭を下げた。つくづく自分の記憶力の無さに呆れる。
 
エレベーターに乗って4階へと上がる。──そういえば私、この世界に来るまでホテルに泊まったことなかったな。あ、あるか。修学旅行とか。
チン! と音がして、エレベーターの扉が開いた。すると、目の前にはカイが立っていた。
 
「アールぅ!」
「カイ……これからお出かけ?」
「違うよぉ、ルイもアールもいないから捜しに行こうかと思ってぇ」
「そうなんだ……ごめんね。ルイはジャックさんの様子を見に病院へ行ったよ」
「アール食事どうするのぉ? もう冷え切っちゃてる──」
 と、話している途中、エレベーターのドアが閉まりそうになり、アールは慌ててエレベーターを降りた。
「ちゃんと食べるよ」
「でも冷えてるよー? しかも時間的にもう夕飯だよねぇ」
 2人は部屋へと歩いた。
「平気、平気。冷えた食事も食べなれてるし、夕飯は減らせばいいし」
 と、アールは笑った。その脳裏に浮かぶのは母親の姿だった。
「アールのお母さんって料理嫌いなのー?」
「そういうわけじゃないと思うけど……。文句は言えなかったなぁ……手伝おうとしない私が悪かったんだし」
 
思い出して語る言葉は過去形になってゆく。
 
「でもアール、ルイの時々手伝ってるじゃーん」
「うん。今になって後悔してるの。元の世界に戻れたとき、怠けないように今から出来るだけ手伝っておこうと思ってね」
「……ふぅーん」
 
母親に対してこう思う。母親に対してこう思ってた。帰ったらあれしよう。帰ったらあれしようと思ってた。
  
私には出来ない。出来なかった。
文句は言えない。言えなかった。
 
言葉は時々、感情に忠実。まやかしばかりの言葉に紛れ込む偽りのない感情。
時に自分自身で気づき、時に他人に気づかれる。
言葉は心から溢れ出るもの。
心無しに言葉は出ない。
 
「たっだいまー!」
 カイが元気よく部屋のドアを開いた。アールは部屋に入る前に、廊下で生臭いにおいが残っていなくてホッとしていた。念入りに拭き取って消臭スプレーをかけた甲斐があった。
「あ。シド寝てるー。アールぅ、ご飯はテーブルの上だよー」
 
シドはベッドで眠っていた。カイは鼻歌を歌いながらテーブルの椅子に座る。
 
「ありがと」
 と、アールもテーブルの席に着くと、カイと向かい合わせになった。「なんか食べづらいなぁ」
「冷めてるもんねぇ」
「違うよ……そう真正面から見られてたら食べづらい」
「あぁ! じゃあ俺は何しよっかなぁ」
 と、カイは席を立って床に座った。シキンチャク袋からパズルを取り出す。500ピースのパズルだ。
 
アールは冷えた食事を口に運びながら、カイを眺めていた。シドは鼾をかいて爆睡している。
 
「──ねぇ、カイ」
「んー?」
 と、カイは返事をしながら、出来上がりのパズル写真を見て500ピースを色分けしている。
「……“タケル”って知ってる?」
 
内心、ドキドキしながら訊いた。今までのルイの反応から、気軽に訊いてはいけないことなのだろうと分かってはいたが。
 
風景のパズル。空の部分、緑の部分と色分けしていたカイだったが、どう見ても空の青いピースを手にしているのに仕分けるのを迷っていた。
 
「えっと……これは……」
「それは“空”のピースでしょ?」
 と、アールは返事を諦めて言った。
「あ……そうだ、空だー…」
 そう言いながら、カイは手に持ったままのピースを指先でクルクルと回転させた。
「いいよ。言いづらいことなのは分かってるから。……ルイに訊くことにするよ」
 アールは残りのご飯を口に掻き込んだ。「ごちそうさま。食器はフロントに持ってくのかな?」
「ううん。廊下に置いとけば回収に来るってー…」
「そっか」
 
アールは食器を重ねて、廊下へと持って出た。
カイはピースを“空”に分けると、眠っているシドに目を向け、思い悩むようにすぐに視線を落とした。
空気を読んだり深く考えたりすることが苦手なカイだが、共に受けた傷の痛みや重さは決して忘れたりしない。忘れられるわけがない。
 
 カイー! パズル出来たー?
 
少年の声が記憶の中で蘇っては、カイの心臓をわしづかみにして消えてゆく。
 
「カイ?」
「っ?!」
 いきなりアールから声を掛けられ、カイの心臓が飛び上がった。
「ごめ……ビックリさせちゃった?」
 と、アールは青ざめた表情で驚いたカイを見て言った。「考えごと?」
「あ……うん! 500ピースは……多すぎたかなーって」
 
どうして“タケル”と口にすると気まずくなるんだろう。
 
タケルってなに?
タケルって……だれ?
 
言いたくないことをしつこく訊かれるのは私だって嫌だ。だけど彼等が気まずそうにするのは、明らかに私に言えない理由があるように思える。
私とは全く無関係のこととは思えない。
 
“タケル”って、私の世界で使われている名前じゃないの?
 
同級生の弟が確か“健”と書いて“たける”という名前だったから、なんとなくそう思った。
 

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