voice of mind - by ルイランノキ


 累卵之危10…『強がり』 ◆

 
辺りはしんと静まり返り、夜空に星が瞬いている。
シドはテントの前に出されているテーブルの椅子に座り、携帯電話を開いた。
テント内ではカイとルイが眠っており、ヴァイスの姿はない。
 
片方の足を椅子に乗せ、片手で頬杖し、姿勢の悪い格好で携帯電話の画面を見遣る。姉のヒラリーからメールが来ていた。
 
【調子はどうですか? たまには連絡してね】
 
「…………」
 シドは2時間ほど前に来ていたそのメールに返事を打った。
 
【色々あった】
 
それだけを送信する。テーブルに顔を伏せるとすぐに返事が来た。
 
【どうしたの?】
 
「起きてんのかよ……」
 時刻は午前1時前。てっきりもう眠っていると思っていた。
 
【ちょっとな。そっちは? 起こした?】
 
【起きてたよ。エレーナちゃんの仕事が見つかったし、いつも通りよ】
 
【眠れねーの?】
 
【昨日お休みで、昼間に寝すぎちゃったのよ。シドこそ、眠れないの?】
 
「…………」
 
メールを打つ手が止まった。アールのことは、わざわざ話すことじゃない。話されても返事に困るだろう。それに、アールに対して拒絶するような感情は持ってほしくはない。
返事を返さずにいると、電話が掛かってきた。
 
「──なんだよ」
 と、ぶっきらぼうに出る。
『返事来ないから心配になって……』
 と、ヒラリー。
「寝かけてたんだよ」
『そうなの? ごめんね』
「…………」
 嘘をついても、姉にはよくバレる。
『やっぱりなにかあった? 話だけでも聞くけど』
「安易に話せる内容じゃねぇよ」
『……大変なのね』
 と、内容はわからずとも深刻さは伝わる。
「乗り越えねぇと……」
『うん』
「ちょっと……」
『…………』
「さすがにしんどいわ……」
 
心が。しんどい。
 
シドはテーブルに肘をついた手で頭を抱えた。
ヒラリーはなにも言わなかった。言葉を選んでいるのか、言葉が見つからないのか、敢えてなにも言わないのか、シドにはわからないが、どれであろうとそこに優しさが含まれていることはわかっている。
5分ほど、会話もなくただ電話を繋いでいた。そして。
 
「なぁ」
『ん?』
「偉いと思わねぇ? 俺ら。頑張っててさ」
『うん、思うよ。誰にも真似出来ない。偉いね、シド』
「…………」
『頑張ってるね』
「…………」
『凄いよ、シドは凄い』
 
母親の記憶はほとんどない。姉が母親代わりだった。いつも味方をしてくれた。俺が先に手を出した喧嘩も、俺からじゃないと嘘をつけばそれを信じた。姉は疑わずに信じるから、胸が苦しくなって嘘をつき続けることが出来なくなって、結局白状して、相手に頭を下げに行った。姉は嘘をついた俺を責めなかった。よく本当のことを話してくれたねと、頭を撫でた。本当ははじめから、俺が嘘をついていたことを見抜いていたんじゃないかと思う。
 
「……知ってる。」
 
強がりで、弱い部分も、姉は知っている。
 
『そうでした』
「なんじゃそりゃ」
 と、シドは笑った。
 
目に涙が浮かんだ。
 

 
その頃ヴァイスは、研究室にいた。一日中モニターとにらめっこをしていたヤギは疲れきってテーブルに顔を伏せて眠っている。おそらくいつ自分が眠ったのかもわかっていないだろう。
ヴァイスは水槽の脇にある階段を上がった。アールの肉片が浮かんでいる高さまで上がると足を止めて水槽に触れた。
 
「アール」
 
人の姿を失ったアールを見ても、ルイたちほど彼女に対して拒絶反応はない。それが彼女にとってどう捉えられるかはわからない。
 
「声を聞かせて欲しい……」
 
アールの肉片は人の胴体ほどの大きさまで成長していた。浸かっている液体が緑色から薄紫色に変わっている。ヤギが回復液を変えたようだった。
 
ヴァイスは階段に腰を下ろした。スーはテント内に出してあるローテーブルの上で眠っている。静かな時間が流れた。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -