voice of mind - by ルイランノキ


 累卵之危9…『ジェニー』

 
 水の音
 
 沈静の泉を思い出す
 
 コポコポと空気の泡が上空へと昇っていく音
 
 でも ここは 居心地がいい
 
 ここは どこなんだろう
 
━━━━━━━━━━━
 
リアはアールが数日間過ごした洞窟内にいた。アールの指輪を拾い上げ、そこに刻まれている小さな無数の傷を見遣った。
 
「リアさん、どうします?」
 
洞窟の前には3機のスーパーライトに乗っている特殊部隊の兵士が待機している。
 
「連れて行きましょう。可哀相だわ……」
「では我々が」
 
兵士たちは洞窟の奥で眠っていた屍を運び出し、機体に積んだ。
リアは破損している携帯電話を拾い上げ、そこにあったアールの鞄の中へ指輪と共にしまった。鞄の中には彼女がこの世界へ来たときに着ていた服や、化粧品が入っている。鞄を奥の壁に立てかけるようにして置いた。
 
「持って出ないのですか?」
「これはアールちゃんがここに置いていったものだから」
 
先にスーパーライトに乗り込んだ兵士が、携帯電話を胸のポケットにしまいながら言った。
 
「──今城内の兵士から連絡がありました。ここへのゲートが見つかったそうです」
「どこにあったの……?」
「東の塔の、地下です」
「あそこは立ち入り禁止よ?」
 と、怪訝な表情を浮かべる。
「それが、鍵が開いていたそうで。牢獄の奥にある物置部屋の床に、ゲートの魔法円があったようです」
「誰がそんな……アールちゃんが知っていたとは思えないわ。すぐに戻りましょう」
 
リアは兵士が操作するスーパーライトに乗ってその場を後にした。
 
━━━━━━━━━━━
 
「最後の一口ですよー」
 
女性看護師は最後の一口分をスプーンで掬い、モーメルの口に運んだ。
 
「はーい、ごちそうさまでしたー」
 と、看護師。
「今度からは自分で食べられるよ」
 モーメルはため息交じりに言う。
「じゃあ慣れるまでは、見守らせてくださいねー」
 
両目を失ったというだけで体はピンピンしているというのに、介護されているというのは気分がいいものではなかった。
 
「では片付けますねー」
 
女性看護師の語尾を伸ばす喋り方も、子供をあやすようでモーメルはうんざりする。
 
「では失礼しまーす。なにかあったら呼んでくださいねー」
「…………」
 
看護師が部屋を出て行ったのを耳で確認し、ため息をこぼした。
 
「仕事熱心でいい子ですよ」
 と、隣から声がした。
 
声が聞こえた距離からして、隣のベッドの患者であることはわかったが、自分に話しかけてきたのかどうかまではわからず、反応すべきか迷う。
 
「聞こえておりますか? ……モーメルさん?」
 隣のベッドの患者は、身を乗り出してモーメルの枕元にあるネームプレートを確認し、そう言った。
「あたしに話しかけたのかい」
「えぇえぇ、そうです」
「悪いね、目が見えないもんでね」
「こちらこそ、いきなり話しかけてすみません」
 
モーメルに話しかけた老婆は、白髪交じりの髪にパーマをかけていてどこか気品があり、下がった目じりと笑い皺が優しそうな印象を作っている。
 
「いやいや、いいさ。退屈だからね」
「時折、お見舞いに来られる男性は旦那さんでしょうか」
 ゆったりとした喋り方に、モーメルは女性のイメージを膨らませた。きっと温和そうな人なのだろう。年齢は自分よりも少し若いくらいだろうか。声だけではわからない。
「あたしはずっと独り身さ……」
「あら、私と一緒」
 と、両手を合わせて弾むように答えた。
「おや、珍しいね。でもまだ若いだろう?」
「いいえ、わたくしは今年75になります」
「同い年じゃないか……」
「あら、まぁわたしたち気が合いそうですね。75歳、独身。──あ、わたくしはジェニーと申します」
 と、可愛らしく言う。
「ジェニー…懐かしい名前だねぇ。知り合いにそんな名前の女性がいたよ」
「よくある名前ですものね」
「幼い頃、近所に住んでいた子でね。彼女の家は小さなバレエ教室をやっていて、当時は特に珍しかったもんだから、目立っていたんだよ。バレエをしている様子が外から見えてねぇ……同い年くらいの女の子たちが妖精のように舞っている姿を見てキラキラと輝いて見えて羨ましかったのさ」
 モーメルが懐かしさに浸りながら話すと、ジェニーの返事が返ってこなくなった。
「すまないね、勝手な話をして……」
 と、音でしかわからないモーメルは様子を窺った。
「いえいえ……驚いたのです。きっとそれは、わたくしですよ」
「え……本当かい?」
 と、顔をジェニーに向けた。
「わたくしの母がバレエ教室を開いていたのは、ギガンチウムという小さな町です。合っていますか?」
「まさにその町だよ……こんな偶然があるものかね……」
 
──と、そこに誰かが病室のドアをノックした。顔を出したのはウペポで、ジェニーと目が合うと小さく会釈をした。
 
「モーメル、私だよ」
 と、声を掛ける。
「ウペポかい……」
 モーメルはジェニーの方に顔を向けた。
「すまないがまたあとでゆっくり話せるかい?」
「えぇえぇ、もちろんですよ」
 ジェニーは笑顔でそう言って、ベッドに横になった。
 
「急にどうしたんだい」
「ヤギを知っているかい? 治療魔法、回復魔法に人生を捧げた爺さんさ」
「もちろんさ」
「アールは今、彼のところにいる」
「……そうかい。あの森から救い出せたんだね」
「デリックとかいう男がヤギを紹介したらしい。ヤギに連絡を入れたとき、興味深い話を聞いてね」
 ウペポはそう言って、椅子に座った。そして話を続けた。
「数年前に名前も知らない男がやってきて、体のほとんどを失った娘が仲間と共にやってくる、と言ったらしい」
「……恐らくギルトだろうね」
「アールがヤギの元を訪れると決まっていたことなら、その未来を見た男の筋書き通りに事は進んでいるということだよ」
「…………」
「あんたは、間違ったことはしていない」
「わざわざそんなことを言いに来たのかい……」
 と、苦笑する。
「自分を責めてやしないかと思ってね……」
「筋書き通りだろうが、あたしはアールに顔向けは出来ないよ……」
 とはいっても、アールに会えても彼女がどんな表情でどんな目で自分を見てくるのかこの目で確かめることはできない。
「──そういえば、留守番をしていたらおタケさんから電話があったよ」
 と、ウペポ。
「なんだね、また頼みごとかい? 断っとくれ」
「頼みごとではあるけど、知り合いにアマダットがいるなら紹介してくれとのことさ」
「なぜそのことを……」
「知り合いにアマダットがいて興味を持ったから詳しく教えてくれと突然謎の男が研究室に訪ねてきたらしいんだ。その男はあんたの知り合いだとも言ったらしい」
「名前は?」
「マッティ。心当たりはあるかい?」
「……いいや、ないね。だけど、運命の歯車がまたひとつ、回ったようだね」
 

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