voice of mind - by ルイランノキ


 累卵之危3…『たったひとつの方法』

 
一人乗りのスーパーライトしかなかったため、簡単な操作を教わって一機借りてその場を後にしたルイ。
暫くして、ロクトアントスの下から血の塊が転がり出てきた。シドたちは一瞬それがなにかわからなかったが、小刻みに震えて血を払い緑色が見えるとそれがスーだと気がついた。
 
「どうだった?」
 と、カイがスーに駆け寄り、しゃがみ込んだ。
 
スーはカイを見上げ、伝え方に迷った。
 
「ほらな。スライムに行かせたところでどうしょうもねぇ」
 と、シド。
「アールはいたの?」
 と、カイが訊くと、スーはパチパチと拍手をした。
「こっちから上手く質問すれば、状態はわかるよ」
 カイはそう言ってシドを見上げた。
「生きてたか?」
 シドは単刀直入に訊いた。すると、スーは両手を作ったが、なにも意思表示せずに引っ込めた。
「それはどっちだ? 答えたくねぇから答えねぇのか、わからねぇから答えられねぇのか」
「わからないってことだよね……?」
 カイが訊き直すと、スーは小さく拍手をした。
「もっと詳しく説明できねぇのか? どういう状態なんだよ」
 
スーは少し悩んでから近くの木々へ走ると、いくつか小枝を集めて戻ってきた。そして、次に行ったスーの行動に一同は息を呑んだ。スーは集めた小枝を自分の体に突き刺していったのである。そして、最終的に人の形になり、アールを表した。
 
想像はしていたが、最悪な状態であることを知り、言葉を失う。
 
「……彼女は生きている」
 と、ヴァイスが言った。
「この状態でか……?」
「生きているから血が流れる。彼女の中で血が作られ続けている」
「意味わかんねぇ……」
「私が彼女を見つけたとき、彼女は血の池の中にいた。全身から血が噴き出していた。その後、平然と城に姿を見せた。身体に宿した魔物や悪魔が彼女の身体にどういう変化を齎したのかはわからないが、死んではいない。ルイは恐らく彼女の変化についてそれを確かめるためにもモーメルの元へ行ったのだろう」
 
シドは険しい表情でスーを見遣った。
 
「お前……大丈夫なのか?」
 
スーはまるい形に戻ると、体に突き刺していた小枝を引き抜いた。突き刺さっていた場所に穴が空いているが、すぐに塞がった。そして、ドーナツの形に変化してみせた。──体に穴を空けられます、と言っている。
 
「ビビらせんなよ……」
「スライムは凍らせねぇ限りなかなか死なねぇよ。あとは寿命」
 と、デリック。
「そういやお前が女にスライム押し付けたんだったな」
「押し付けたとは人聞きわりぃな」
「まぁ役に立ってるけどな」
「そりゃそうだろ。元々こいつもある意味戦闘員だ」
 そう言ってデリックは上空を飛んでいるスーパーライトを見遣った。そして。
「俺らのが役立たずだな」
 と、呟く。
 
シドも上空のスーパーライトを見遣った。
いつもはちょっとしたきっかけで言い合いがはじめる2人も、今回ばかりはそんな気にもなれない。
 
ルイはスーパーライトに取り付けられているナビを見ながら、近い街を目指した。便利なことに、ナビにはマップが表示されており、街の名前をタップするとその街のゲートから行ける街がリスト表示された。最短ルートを探し出す。
15分ほど走った先に、小さな町が見えた。町の前でスーパーライトを下ろし、デリックから教わった方法でタッチパネルを操作すると、透明マントで囲んだように機体の姿が消えた。スーパーライトの鍵を持って町へ向かう。お金を惜しんでいる場合ではない。町から町を辿ってモーメルがいる病院へと向かった。
 
そして、息も絶え絶えにたどり着くと、ノックもせずに病室へ駆け込んだ。モーメルと同じ病室の患者が驚いたようにルイを見遣った。
 
「モーメルさん」
 と、モーメルがいるベッドに小走りで歩み寄った。
「ルイかね……慌しいね」
「急いでいます。アールさんがトゲトゲの森……ロクトアントスという植物に覆われている森の奥で見つかりました。まだ助け出せていません。彼女の血が森の外にまで流れ出ています。助け出せる方法を教えてください」
 早口で捲くし立てるように言った。
「…………」
「モーメルさんっ!」
「今考えてる。少し待っておくれよ」
 ルイは落ち着かず、椅子に座ったがすぐに立ち上がった。
「アールさんの身体はどうなっているのですか? 一人の人間が流す血液の量を越えていますっ」
「今も流れ続けているのかね」
「はい、おそらく……」
「再生能力を身につけたか……」
「再生能力……?」
「アールにどのくらいまで近づくことが出来るんだい」
「わかりません……。上空からなら真上に行けると思いますが、アールさんを覆いかぶさるように蔦が絡まっているようなので……」
「…………」
「そういえばスーさんが……アールさんの元へ」
「スー……スライムかい。それはいい。今思いつく方法がひとつだけある。実践する前に試して欲しいことがひとつ」
「なんですか」
「アールの指を切り落として欲しいんだよ」
「……え?」
「再生能力がどれほどのものなのか知る必要がある。もし、切り落とした指が生えてくるようなら、救い出せる」
「…………」
 ルイは動揺して目を泳がせた。──生えてくる……? 切断した指が……?
「人ではなくなった彼女に、これまで通り接しれるかい」
「…………」
 困惑した表情でモーメルを見遣った。
「よく聞くんだ。台所の下の棚に、ゼルブブというダニが無数に入っているビンがある。それをスーに持たせてアールのところまで持って行かせるんだ。ゼルブブダニは別名、人喰いダニと言ってね、あっという間に人を骨にしてしまう。そのあとはきちんと骨まで頂くんだ」
「そんなものをなぜ……」
「彼女の体を小さくするんだよ。スーが運び出せる位に。アールの肉の破片を持ち帰り、再生を待つ」
「……なにを言っているんですか」
 
自分の耳を疑った。モーメルが言っている言葉が理解出来ない。
 
「もっとわかりやすく言わないとわからないかい? アールの体を人食いダニに喰わせるんだよ。その残った一部をスーに運び出させ、持ち帰るんだ。あとは元の人間の体に戻っていくのを待てばいい」
「そんなことできるわけないじゃないですか!」
「だから再生能力がどこまであるのか調べる必要があるのさ」
「も、もし……そんなことをして再生しなかったら……」
「他に方法は思いつかない」
「…………」
 ルイは呆然と立ち尽くした。動悸がする。
 
彼女の体を握りこぶし程度残して……そこからの再生を待つ? あり得ない。
 
「ルイ。どっちにしろロクトアントスの棘に刺さっているなら、再生能力がなければ助からない。再生能力が備わっているなら助かる。でも、彼女の意識が今ある状態で刺さっているなら、動けず苦しいだろうね。いっそのこと意識を失うか死んでいた方が楽だろう」
 
モーメルはなにも見えない暗闇の中で、ルイにそう言った。そしてルイが駆け足で病室を出て行ったのを、音で感じ取った。
 
「アール……どうか……無事でいておくれ……」
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -