voice of mind - by ルイランノキ |
モーメルさんのことを考えると、
心の片隅で少なからず彼女を責める感情が蠢きはじめる。
彼女は悪くない。こうするしかなかったのかもしれない。本当はこんなことしたくなかったのかもしれない。
そんな風にいくら頭で考えても、頭と心は分離している。
仲間のこともそう。私と同じように彼らには彼らの事情があるんだ。
きっとみんな私を捜している。
大騒ぎになって今も捜している。
こうしている間にも世界は終わりへと近づいているのだから。
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【モーメルさんからスタンフィールドという人物を紹介されました。連絡先は電話帳に書いてあるとこのことなので、これからモーメルさんの家に行ってきます。詳しくはまたメールします】
カイはルイからのメールを読み、携帯電話をポケットにしまった。
返事を返さなかったのは、ルイに対して少し怒っていたからだ。今は誰かもわからない人と連絡を取るよりも、アールを捜すことに専念して欲しいと思っていた。
カイはテンプス街に来ていた。ジャックと再会したのも、ジムを見つけたのもここだった。こんなところにいるはずはないと思っても、手がかりがなにもないのだから捜すしかない。
しばらくして、またルイからメールが届いた。
【アールさんのこと、お願いします。】
「…………」
そうか、と思う。ルイは俺たちにアールのことを任せたんだ。それは俺たちのことを信じているからに違いない。あの心配性のルイが、アールのことをほったらかしで他のことに時間を費やしたりするはずがない。ルイだって本当はアールのことを捜したいはずだ。
【ルイの分も捜すから任せて】
返事を送信し、手当たり次第に聞き込みをはじめた。アールの写真は沢山ある。
「ちょっとお訊きしたいんですけど、この可愛い人見かけませんでした?」
と、通り掛かった住人にカメラの液晶画面に写っているアールを見せた。可愛く笑顔で写っているアールの写真だ。
「見てないなぁ」
「そうですか、ありがとうございます」
少し歩いてはまた、同じ質問を繰り返した。
「似てる子なら見たけど」
と、女の子を連れた女性が言った。
「え、ほんとに?!」
「えぇ、この道の先にある緑の屋根の喫茶店で」
「ありがとう!」
カイは足早に喫茶店へ向かったが、もちろんアールの姿はなかった。ただ、顔は似ても似つかないが背格好と髪型は写真に似ている女の子が窓際に座っていた。
「……アールの方が可愛いんですけど」
ふて腐れ、またアールを捜し始めた。
どこかでお腹を空かせていないだろうか。ちゃんと食べてちゃんと寝床も確保してなに不自由なく過ごしてくれていたらいいなと思う。
カイはふと足を止めて、空を見上げた。
──いつか、アールがいなくなる日が来る。
アールを元の世界に帰してあげるんだ。だからこの世界のどこを捜してもどこにもいなくて、笑い合う日が来なくなる。そんな時がやって来る。
アールと会えなくなるのは嫌だ。すべてが終わっても、この世界に残ってほしい。でも、彼女をこの世界に引き止めておくことでアールの幸せを、人生を、奪ってしまうことになるのなら、引き止めたりはしない。
笑っていてほしいから。
だから、戦う。彼女と、世界の運命のために戦う。
そしてアールが元の世界へ帰る時、みんなで笑顔で見送るんだ。
カイは再び歩き出すと、日が暮れるまでアールを捜し回った。
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シドはワオンが働いているVRCに顔を出していた。
「お前捜しの次はアールちゃん捜しをするとはな」
と、受け付けの隣にあるスタッフルームから出てきたワオンが困ったように笑う。
「悪い」
「いいって。でも残念だが利用した形跡はなかった」
アールはシドのときと違ってVRCの会員登録を済ませていたため、利用した際にはその履歴が残り、調べやすかった。けれどどこのVRCを調べてもアールが使ったという形跡はない。
「そうか……悪かったな」
シドは少し疲れたように腕を組み、壁に寄りかかった。
「お前が謝るとは珍しいな」
「……簡単に調べられるっつっても、いい顔されねぇだろ? しかも俺のことがあってすぐだ」
「まぁな。けどま、俺は信用されてっから」
と、笑いながらワオンも壁にもたれかかった。
「手がかりがねんだ……」
「あぁ、わかってる。明日も調べてやるから」
「……そっちの女は? 腕やられてたんだろ?」
「ミシェルか? あぁ、もう大丈夫だ。まぁしばらくは病院通いだけどな。アールちゃんのことを心配してる」
「そうか」
「お前のことも心配してたんだぞ? ミシェルは優しいからな」
「いい嫁さんもらったな。お前ごときが」
「おい、一言余計だぞ」
「んじゃ、俺はもう行くわ」
と、壁から背中を離した。
「シド」
「…………」
シドは無言でワオンを見遣った。
「いつでも頼ってくれ。俺に出来る事はなんだってする」
「それでクビになっても責任とらねぇぞ」
「いいって」
と、笑う。
「よくねぇだろ。もうひとりじゃねんだから」
と、シドはVRCを出て行った。
ワオンは目を丸くして驚いた。
「なんだ、急に大人びたな」
過酷な旅が、彼らを成長させているのだろうか。悪く言えば老けたとも言える。まだ10代だというのに。子供なら子供らしく悪態ついて笑っているほうがいい。
携帯電話を取り出し、アールにメールを打った。
【元気か? どこにいるんだ? さっきシドが来たぞ。お前がシドのことで頼みに来たときと同じ顔をしていた。なにがあったのか知らないが、連絡できるようなら連絡くらい入れてやれ。なにかあったなら話くらい聞くぞ】
送信して、仕事に戻った。
シドはVRCを出た後、ルイからのメールに気がついた。ルイがカイに送ったメールと同じものだ。返事は返さなかった。いつものことだ。
ゲートボックスに向かって歩いていたが、手がかりひとつなく途方に暮れ、近くにあったベンチに腰掛けた。笑顔で行き交う人々に苛立ちを覚える。住む世界は同じなのに、違う気がしてくる。こいつらは誰一人世界の終わりを見ていない。世界はずっと続いていくと思っている。それも当たり前に。好きな仕事をして、友人と笑い合い、趣味に時間をかけている間に血眼になって走り回っている人間がいることを知らない。
「…………」
──こいつらがくだらないことに泣いて笑っている間に、別世界へ飛ばされ、魔物や人を殺しながら世界を平和へと導くために犠牲になっている女がいるんだぞ。
シドは20代くらいのカップルを見て、女性をアールと重ね合わせた。この世界に来なければ、あいつもあんな風にただ笑って毎日を過ごせていたのかもしれないと。
シドは突然ベンチの上に立つと、大声で叫んだ。
「おいお前ら! 俺らのおかげで平和が保たれることに感謝しろっ!!」
街中を行き交っていた人々は驚いてしんと静まり返った後、笑った。
「なにあれ。やばくない?」
「見ない方がいいよ」
「薬でもやってんじゃない」
「ウケるんだけど!」
──これが、現実だ。
たとえ戦いで命を絶っても、“名前も知らない誰かが死んだらしい”という話が人々の耳に一瞬入って、忘れられていくのだろう。
「平和のために戦っているのか?」
と、30代くらいの男がシドの前で立ち止まり、見上げてきた。
「あぁ」
「ぶはっ! そりゃご苦労なこった! じゃあ僕たちのために今後ともがんばってくださぁーい」
男はシドの靴に唾を吐き、「クソガキが」と大笑いしながら雑踏へ消えていった。
「…………」
シドは汚れた靴を見下ろし、鼻で笑った。
──泣きたくなるよなぁ、アール。
あいつ一人殺したって、許されると思わねぇ? 俺らはもっと沢山の命を救うんだからさ。
汚れたままの靴で男を追おうとベンチから飛び降りたとき、近くにいた少女に気がついた。純粋な目でこちらを見上げ、苛立っていたシドに少し怯えているようだった。
「……なんだよ」
「さっきの、ほんと?」
4、5才くらいだろうか。周囲を見遣るが、親らしき人はいない。
「さっきの?」
「おにいちゃんのおかげで、平和なの?」
「…………」
シドは腕を組み、少女を見下ろした。
「俺も含めて世界平和のために戦ってる奴がいるってことだよ」
「そうなんだ!」
と、少女は笑って、続けて言った。「ありがとう!」
「…………」
唾を吐いた男に向けられていた怒りが消え去るのを感じた。死ねばいいと思う人間がいる一方で、救いたい命もある。
「お前、将来の夢は?」
「しょうらいの夢?」
うーんと、考える。「ケーキ屋さん!」
「ケーキ屋になったからってケーキたらふく食えるわけじゃねぇぞ」
「えーそうなの?」
と、残念がる少女に、シドは笑った。
「まぁ売れ残りは持ち帰れるだろうがな」
そして、少女の頭に手を置いた。
「がんばれよ」
「うん! おにいちゃんもがんばってね!」
「……あぁ。がんばるわ」
世界のために戦っていても、感謝されたことなどなかった。すべてが終われば知る人間が増えて少しは感謝されるのだろうとは思ってはいたが。
純粋無垢に応援されたのは、初めてだった。
性格上、応援されるのは好きではなかったが……悪くないと思った。
Thank you... |