voice of mind - by ルイランノキ |
私がここに移動してきたとき、
まずはじめに視界に飛び込んできたのは三体の屍だった。
洞窟の突き当たりにある一体の屍は岩壁に座った状態で寄りかかり、二体の屍は地面に横たわっていた。壁には無数の疵跡があり、なにかメッセージのようなものが沢山書かれていた。
「なに……?」
強い風が背中から吹いてきた。振り返ると綺麗な青空が見えた。
すぐ目の前は崖になっており、眼下を見遣ると分厚い灰色の雲で覆われていた。どれくらいの高さがあるのかわからない。ヒュオオオ……と時折強い風が吹いて、屍が羽織っているボロ切れと化した服を揺らした。
ここは、切り立った崖の上部に作られている小さな洞窟。洞窟というよりも、空洞という方がしっくりくる。洞窟と呼べるほど穴は深くない。出口などどこにも無い。あるとするならば、この穴の入り口だ。分厚い雲で覆われたその下に何があるのか、見当もつかない。
アールは暫く呆然と立ち尽くしていた。自分が置かれている状況を理解するのに時間を要した。
私はなぜここにいるのか
なぜこんなところにいるのか
コテツの裏切りを思い出し、力なくその場に座り込んだ。おそらくここも、なにかしらの刑罰として作られた場所なのだろう。屍は三体あるが、ここから飛び降りた者もいたに違いなかった。
「…………」
コテツも、組織の人間だったなんて。
暫く座り込んでいたが、じっとしていたってしょうがない。屍に近づき、その周囲の壁面に目を遣った。沢山の文字や、文字とはいえない意図的に付けられた形跡が多くある。地面には削るように魔法円が刻まれている。壁にも尖った石で描いたと思われる魔法円が幾つもある。その理由も壁に書かれていた。
《ここでは魔法が使えい。私はただ死を待つのみなのだろう》
《私が何をしたというのか……》
アールは屍の隣に座り、壁に寄りかかって洞窟の穴から見える空を眺めた。
じっとしていてもしょうがないけれど、他になにもしようがない。
立て続けに降り注いできた矢は、全て心に突き刺さった。深いものから、浅いものものまで沢山ある。それを1本ずつ引き抜いて、傷口を押さえよう。
これまでに受けた傷も、ひとつひとつ確かめながら、これまで耐えてきた全ての痛みと向き合おう……。
そう思ったのに
ここは夜になると急激に気温が下がって、無常にも私の心と体温を削っていった。
ゆっくりと考える時間がありながら、寒さに思考が停止する。
膝を抱え、震える体を自らの手で抱きしめた。
まるで宇宙に放り出されたかのように孤独で寂しい夜だった。
──脆弱
暗くて何も見えない。
寒さから身を守りたくて
膝を抱えて小さく縮こまってみても
凍てつく寒さに耐えるには
限界がある。
容赦なく心に吹きすさぶ冷たい風は
私の芯から足の爪先や頭のてっぺんまで冷やしては、体温を奪ってゆく。
冷淡な心だけが息づいて、
頬を伝う涙さえ
冷え切った冬の雨のように冷たい。
私は脆くて壊れやすい欠陥品だ。
独りになった今、思い出す
始まり と 過去
今日まで歩いてきた
終わりの見えない道
ぶち壊したくなる衝動から逃げ出すのも
楽じゃないね。
ふいに彼の声が聞こえた気がした
『 待ってるから 』
「……雪斗」
忘れていた声が、闇の中で蘇る。
待っててくれているの? 雪斗……。
でも私は帰れないかもしれないんだよ……。
雪斗と最後に過ごした日を思い出す。
あの頃は、毎日毎日同じ繰り返しで、私は退屈だった。
それでも幸せだった。
理解出来るはずもなかった。
ごく普通に平凡な日々を過ごしていた私が、夢の世界に入り込んだのだから。
君が嵌まっていた夢のような世界に。
でもファンタジーなんてもんじゃないよ。
故郷の世界で、君は冒険もののゲームに夢中だったね。
主人公の力が尽きても、何度でもやり直せて、全てをクリアして、
最後は平和な世界が訪れてハッピーエンド。
でも
その作られた夢の世界が現実なら、
どれほどの血が流れ、どれほどの命と引き換えに、世界は救われるのだと思う?
終わりが見えない現実。
でも必ず終わりはやってくる。
それが
ハッピーエンドだろうが
アンハッピーエンドだろうが、始まりがあれば必ず……。
雪斗 怖いよ
リセット出来ない物語は、また終わりそうに無い。
でもね
ここにリセットボタンがあったとしても
押さないと思うの。
私の心の中を様々な感情が蠢いている。
私を騙した人たちを恨み憎む気持ちももちろんあるんだ。
私は決して、良い子じゃないから……。
「…………」
私は誰を信じればいいんだろう。
雪斗、私、ここにたどり着くまでに、沢山のことがあったよ。
その沢山のことの中で、この世界のこと、仲間や、この世界で生きる人々のことを知り、
私なんかに救える力があるのなら救いたいと、思えたんだ。
はじまりを思い返す。
どこをはじまりとしようか。
君の存在は欠かせない。
はじまりは、2012年の春の半ば。月曜日。
いつも通り、休み明けの仕事はだるく、めんどくさいと思いながら仕事へ行く準備をしていたんだ。雪斗からのメールに返事を返すこともせず……。
Thank you... |