voice of mind - by ルイランノキ


 心の声7…『アサヒとジャック』

 
元第十部隊のアジト。サーカステントの前にジャックの姿があった。なにをするわけでもなくそこに座り込み、灰色の空を眺めた。なぜか、このまま晴れないような気がしてならない。
 
「暇そうでなによりだ」
「?!」
 
ジャックが振り返ると、アサヒが立っていた。ジャックはすぐに立ち上がる。
 
「なんだよ……俺が知っていることはすべて話したぞ」
 本当は死んでも口を閉ざすべきだった。ジョーカーからの遺言は、バケモノ化した我々を特殊なアーム玉に入れて人々が多くいる場所に放て……というものだった。それをアサヒが実行したのである。
「俺ゼフィル兵に捕まったよ。一瞬」
「え……」
「変な女のせいで。けどそう簡単に捕まるわけないのにな」
 そう言いながら、手に持っていた分厚いノートを見せた。「これ、なーんだ?」
「なんだよ……」
「アリアンの日記」
「…………」
「なんだよその疑いの眼差しは。もっと驚いてよ」
「いや……本物なのか?」
「グロリアの一味から貰った。あいつらを町まで転送する代わりに。向こうから言い出してきたんだ。これを渡すから、ゲートがある町まで至急転送してくれってね。それも血相を変えて」
「…………」
 ジャックは視線を逸らして考え込んだ。──あいつらに一体なにがあったんだ?
「どう思う? これ、本当にアリアンの塔にあったものだと思う?」
「さ、さぁな。俺にはわからねぇ。中には何が書いてあるんだ?」
「アリアンのことと、シュバルツ様のことと、グロリアのこと。三人の繋がりもかな」
「詳しく教えてくれ!」
 ジャックが叫ぶと、アサヒは鋭い目を向けた。「……あ、いや、無理にとは言わない」
「あんたよく生き延びてるね。なにもしないのに。ほんとに組織の人間?」
「嘘ついてどうすんだ……」
 と、服をめくって腰の属印を見せた。
「だよね」
「俺が一番知りてぇ……なんでまだ生かされてんのか」
「殺してもあんたのアーム玉はなんの力にもならないし、グロリアを呼び出す人質としての役目にもならなそうだし、でもまぁグロリア一味と繋がりはあるわけだし? いつか使えるかもと思われてるんだろうけど、ずっとゴミだよね。いや、埃? 組織についてる埃」
 
アサヒはその場に座り込み、アリアンの日記を開いた。
 
「ひどい言われようだな……」
 と、苦笑する。
「変な動きをしたら即死だろうけどね」
 と、話しながらページをめくる。「あんたはあんたで身動きが取れないんだろ?」
「……ジムは見つかったのか?」
「いや? あ、第二部隊の連絡先、知らない? これ手に入れたこと知らせてあげようと思って」
「第二……非通知でかかってきたことならあるが、連絡先は知らない」
「役立たずだね、ほんと」
 と、仰向けに寝転んで日記を読み進めた。
「……アリアンの塔から見つけたってことは、ジムがいなくても入れたってことか?」
「あいつらが言っていたことが事実ならね。この目で見たわけじゃない」
「…………」
「そういや、下っ端中の下っ端の君も、シュバルツ様のお声を聞いたわけ?」
「あぁ……命を捧げろと……」
「君のアーム玉(いのち)は不要だろうけどね」
 と、笑う。
「……あんたは?」
「俺もいずれは捧げるつもりさ」
「…………」
「役立たずになったらね」
 
ジャックはふと、ローザという名前の女を思い出した。アールの正体がわかったら連絡してほしいと言っていた。あの女は一体何を考えているのはさっぱりわからない。ジムを連れて行ったのもあの女だ。
 
「第一部隊には女もいるんだろ?」
 と、ジャック。
「そりゃいるだろうね」
「あんたは……ローザって女を知ってるか?」
「ローザ?」
 と、興味を示したのかノートを下ろして体を起こした。
「その女が時々俺に連絡をよこしてくる。アールの正体がわかったら連絡してくれとも言っていた」
「ふーん。俺以外にも第一部隊に連絡を取り合っている奴がいたのか」
「正直あの女がなにを企んでいるのかわからねぇ」
「なんでそう思うんだ?」
「え? あぁ……」
 
しまった、と今になってローザの名前を出したことを後悔する。黙っておくべきだったか。ジムを連れて行ったことは言いたくない。けれどアリアンの塔に入れたのならもうジムに用はないはずだ。
 
「なんか隠してるな」
 と、アサヒは無表情でジャックに歩み寄った。
「いや……女のくせに単独行動をしてるなんて珍しいと思ったからだ」
「単独行動ねぇ」
 アサヒは虚空を見遣る。
「女は何人いるんだ?」
「知らないな」
「……同じ第一部隊だろ?」
「そもそも第一部隊に今何人いるのかすら知らない。アジトもいくつかあって、だだっ広いから初めてみる顔の奴とかよくいるよ」
「そんなに多いのか……」
「噂によれば国外にもアジトがあるって聞いたな」
「…………」
 ジャックは驚愕した。そこまで大きな組織だとは思っていなかったからだ。
「あまり組織のことは訊かないほうが身のためだよ? 消される確立が上がる」
「あぁ……そうだな」
「でも教えてあげる。このノートにはこんなことが書いてある。アリアンはシュバルツ様の子供を身ごもってその子供を別の世界の女の体に宿した。──てね」
 早口で、少年のような笑顔で言ったアサヒ。
「え……」
 ジャックは理解するのに時間が掛かった。
「俺は君がどうなろうと関係ないから。君がそのローザって女に話そうが勝手だし、君が組織を裏切るようなことがあったとしても、俺には関係ない。むしろ、そういう俺には関係ないところで起きるトラブルごとは大好きなんだ。シドの一件は面白かったな。──おっと、電話だ」
 
アサヒの携帯電話に着信があった。久しぶりに魔力を強化してほしいという仕事の依頼だった。すぐに承諾し、電話を切った。
ジャックは言葉を選んで、尋ねた。
 
「それで……その日記を読んでどう思ったんだ? 俺たちはシュバルツ様を信じていいんだよな? アリアンは……悪者ってことでいいんだよな?」
「俺ね、人の噂話だとか話すのは好きだけど、自分のことを話すのはあまり好きじゃないんだ」
 と、足元にゲート魔法を開いた。「特に考えていることとかね」
 
アサヒは結局、自分の考えを言うことなくその場を後にした。
 
「…………」
 
返答をごまかしたな、とジャックは思う。半信半疑になっているのかもしれない。シュバルツを心から崇拝し、信仰しているのであれば即答するはずだ。
ジャックは携帯電話を取り出し、少し考える。ローザに知らせるべきか。自分が知らせなくても組織の人間なら誰かから聞かされそうだ。そのときに何故知らせなかったんだと問われ、知らなかったで済ませられるだろうか。それに、ジムの様子も気がかりだった。
 
「俺は一体なにがしたいんだ……」
 
いい加減動き出さなければと思うが、何をすればいいのだと途方に暮れる。俺に、何が出来るのか。なにか、出来る機会を待つしかないのか……。
 

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©Kamikawa
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