voice of mind - by ルイランノキ


 因果の闇26…『新しい身体を』

 
床に描かれている魔法円は、5つあった。
5つの魔法円は全てが線で繋がっており、その内の3つは自分の身を守る結界のスペルが描かれ、3つの内2つには結界以外にも移送魔法のスペルも描き込まれている。残りの2つの内ひとつは地獄への扉を開けるスペルが描かれており、もうひとつにはアールが立っていた。
魔法円の周りにも魔法文字と記号や図形が複雑に描かれ、その傍らにはギップスが集めた魔道具がいくつか供えるように置かれている。
 
「はじめるよ……」
 
モーメルは、目を閉じて立っているアールにそう呟いた。
テトラから受け取った魔法の本を手に取り、懐に忍ばせた。そして、別の本、禁断の魔導書を片手に、杖を構えた。アールが立っている場所の正面に描かれている魔法円の中にモーメルが入り込む。目を閉じ、はじめのスペルを唱えた。
アールの左右に描かれている2つの魔法円に、テトラとウペポが姿を現した。その手にも魔導書が握られている。2人は言葉を発さず、無言でアールを見つめた。そして、3人は目配せをして頷いた。
 
「アルゲ・トアル・コーレス・メイレン……サイエズ・ザース・コルコデラセス……」
 
モーメルが呪文を唱え始めると、ピリピリと皮膚が焼けるような感覚が全身を襲った。
アールは目を閉じながら、不安と恐怖を感じていた。信じるしかない。何が行われているのか、今目を開けてしまえば全てが台無しになるだろう。信じてモーメルの言葉に耳を傾けた。
 
「レイハトール・サザム・ニシタイハス……」
 
そして、アールの耳にモーメル以外の声が聞こえた。
 
「アルゲ・トアル・コーレス・メイレン……サイエズ・ザース・コルコデラセス……」
 
──誰……? モーメルさんの他にも誰かいるの?
 
「レイハトール・サザム・ニシタイハス……」
 
部屋の明かりが点滅し始め、ブレーカーが落ちたように突然全ての明かりが消えた。モーメルは額から汗を流しながら、アールの後ろにある魔法円を見遣った。魔法円は不気味に揺らめいている。順調に事が進んでいることを確信し、魔導書のページをめくった。それに合わせてテトラとウペポもページをめくり、声を合わせて次の呪文を唱え始めた。
 
「サイハフレ・エルオーヒーム・ファイシス……エーヘイエー・カカオハレス・シャダイム」
 
地獄への扉を開ける魔法円を囲むように、トライアングルが浮かび上がった。モーメルはここぞとばかりに声を張り上げた。
 
「我の名はモーメル・ヤオエル。我は汝《チェレン》を呼び起こさん。地獄を抜け出ししかるべき姿で我の前に現れよ!」
 
チェレンと言う名を聞き、ウペポとテトラは驚愕した。チェレンという名を持つ悪魔は階級の中でも最上級に位置する。本来人間に呼び出された悪魔は対等の力を持った人間の前にしか姿を現さない。悪魔の怒りを買えばたちまち地獄に引きずり込まれてしまう。いくらなんでもモーメルにチェレンを喚起する力はないと思われた。しかし阻止しようにも時既に遅し。儀式を途中放棄してしまえばモーメルどころか自分たちもアールの命さえも奪われてしまう。
 
モーメルはもう一度精神を整え、魔力のエネルギーを溜めて杖をトライアングルに向けて翳しながら叫んだ。
 
「聞こえておるのだろう! 地獄に生きる強大な力を持て余す者よ! 我は汝《チェレン》に命ずる! 今すぐ我の前に姿を見せんか!!」
 
トライアングルで囲まれた魔法円に、不気味な影が揺らめいた。
 
 モーメル・ヤオエル 人間の分際で我の名を呼ぶなど忌まわしい
 
モーメルの力に反応を示したチェレンのおぞましい声が響き渡った瞬間、アールの意識が飛び、魔法円の中で倒れこんだ。
 
モーメルたちの前に姿を現したチェレンは典型的な悪魔の姿をしていた。鬼のような大きな黒い体に二つの角、目は白く濁り、背中にはコウモリのような赤黒い羽が生えている。
 
「悪行高きチェレンよ。汝と契約を交わしたい」
 
 我を支配下にするつもりか それ相応の恩賞があるのだろうな
 
「地獄を出て自由になりたいと思わないか。その持て余している力を解き放ちたいと思わぬか。お前が自由を望むなら、自由に動くための肉体を差し出そう」
 モーメルはそう言って、目の前に倒れているアールを見遣った。
 
ウペポとテトラは微動だにせず、息を飲んでいた。悪魔の目にはモーメルとアールの姿しか映っていない。通常、悪魔を呼び出す儀式を行う際には1対1で行うものだった。手を貸した者がいると知ればたちまち舐められてしまう。ウペポとテトラは息を殺して黙って見ていることしか出来なかった。
 
 人間の女か 我が宿れば肉体は滅びる
  
「侮るんじゃないよ。彼女にはお前を宿すだけの力がある。試してみるがいい。そしてこの女の身体をお前が支配し、自由を手に入れるのさ」
 モーメルの額から、汗が流れた。
 
 お前の望みはなんだ
 
「今言った事が、あたしの望みさ……彼女は必ず世界を滅ぼす。お前の手で支配し、いずれは地獄へ連れて帰っておくれよ」
 
 ほう……おもしろい。世界を守るために悪魔に力を借りるというのか
 
「まずは試してみたらどうだい……判断はそれからでも構わんさ」
 
 ……よかろう
 
チェレンは地獄への扉が開いている魔法円から出ると、意識を失って倒れているアールに近づいた。そして彼女の肉体へと身を沈めた──
突然、アールの目が大きく見開いた。
 
「テトラ! ウペポ! 今だよッ!!」
「──?!」
 
モーメルは魔導書を放り投げ、杖を突き上げた。テトラは杖を地獄の門へ傾け、スペルを唱えた。ウペポは両手をアールに翳して呪文を唱えると青白く光る糸がアールの身体に巻き付いて動きを奪った。アールは血走った目を見開きながら口を大きく開け、身をよじりながら暴れている。喉から出る声は人間の声ではないおぞましい悪魔の呻き声だった。
 
「 騙しやがったなぁああああ”あぁあアアアァアアァア” 」
 アールの口を借りてチェレンは声を上げた。
「汝チェレンよ! 地獄への扉は閉鎖したぞ! お前はグロリアの支配下としてその力を使い果たせ!」
 
  許さんぞモーメルッ!! お前の肢体を奈落へと引き擦り込み 地獄の死者の食い物にしてやるッ!!
 
アールを縛っていた糸が解け、体内に閉じ込められている悪魔チェレンによって身体が中に浮いた。アールの目を借りてモーメルを凝視した。
 
「 この身を引き裂いてやろう 」
 
ガクガクとアールの身体が壊れた人形のように痙攣しはじめた。そして右腕が不自然な方へとへし曲がる。
 
「 ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ 」
 
アールは身体をへし折りながら笑い声を上げた。
 
「モーメル! このままではアールの身が滅ぼされてしまうぞ!」
 テトラは痺れを切らして言った。
「…………」
 モーメルは、静かにウペポを見遣り、訊いた。
「まだ、力は残っているかい」
「……?」
 そして、ウペポにあるものを投げた。アーム玉だった。
「バケモノが封印されているのさ」
「これを私にどうしろと言うんだね……」
 
「アールの体内に放っておくれよ」
 
「なにを言っているんだい! 殺す気かい?!」
「この子は化け物と悪魔の力を同時に手に入れる」
「馬鹿なことを!」
 と、テトラが叫んだ。
「お前がやろうとしていることはシュバルツと同じではないか!」
「あぁそうさ……彼女はこれで覚醒するんだよ……彼女の身体は新たに手に入れた新しい身体によって覚醒するんだ。言っている意味がわかるかい」
「…………」
「アールが覚醒するにはこの方法しか、ないんだよ……」
 

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