voice of mind - by ルイランノキ |
カモミール町を襲ったバケモノの姿は消え去り、残ったのは跡形もなく崩れた建物と死体の山だった。
まだ3才程の子供が、瓦礫で足場の悪い道をふらふらと歩いている。「あかーさん……おかーさんどこー?」と、母親を捜している。避難所に身を隠していた住人たちは生き延びたことに歓喜することなく、変わり果てた町並みを眺めながらとぼとぼと自宅へ向かい、絶望した。
あちらこちらで黒煙が上がっている。炎こそゼフィル兵の働きによって消されたものの、焼け跡は凄まじく、かろうじて無傷で建っている家が奇跡に思えた。
「あんた、大丈夫か?」
と、額から血を流している男が手を差し伸べてきた。
「えぇ……ありがとう」
と、その手を掴んだのはシェラだった。
シェラはなんとか生き延び、立ち上がった。体中に傷を負っていたが、幸い大きな怪我はない。憔悴しきった表情で歩き始めた。向かったのは兄達を置いてきた場所だった。
知っているはずの道を見失う。道らしい道がなくなっていた。家屋が倒れこんで道を塞ぎ、地面がせり上がって行く手を塞ぐ。何度も死体を目撃し、何度も転びそうになりながら祖母が待っていると思われる広場へ向かった。広場に近づくほどに足取りが重くなり、立ち止まってしまった。この周辺も被害が大きかったからだ。もしかしたら兄と祖母と、一緒にいた少女の死を見ることになるかもしれない。
「大丈夫……きっと大丈夫」
覚悟を決めて、広場に足を踏み入れた。
そして、一部崩れた公衆トイレの裏に回った。
「シェラ……無事だったのかい……」
兄も、祖母も、少女も、結界の中で生きていた。こちらを見て安堵する表情を見て、シェラの目に涙が浮かんだ。
「おばあちゃん……兄さんっ……」
3人に駆け寄り、強く抱きしめ合った。
━━━━━━━━━━━
モーメル宅のドアをノックする音がした。
落ち着かない様子で外に出たのはモーメルだった。目の前には血まみれのデリックが立っていた。
「おまたせしました。モーメルさん」
デリックは手に持っていたアーム玉を手渡した。白い模様が刻まれているアーム玉は血で汚れていた。
「苦労したようだね」
「えぇ、でも俺は無傷なんで。全部返り血っすよ」
「そうかい……」
「沢山の人が死んだ」
「…………」
「カモミールって町だ」
「あぁ、知っているさ」
「俺たちはゼンダさんから指令を受けて動いてる。詳しい事情は知らないんだが……あんたなにか知ってんスか?」
「持って来てもらって悪いが、用が済んだならさっさと帰っておくれ」
そのとき、風呂場の方からアールたちの笑い声がした。
「ん? なんか楽しそうだな」
「帰っておくれ。知りたいんならゼンダに訊く事さ」
と、モーメルは鋭い目で追い払うようにデリックを見遣った。
「お邪魔のようで」
デリックはモーメルに一礼すると、足早にゲートへ向かった。ゲートから移動するその瞬間、ほんの一瞬だったが風呂場からアールとミシェルが笑いながら出てくる姿を見た。
アールはスリッパを履いてモーメル宅へ。ペラペラな薄いワンピース一枚しか着ていないため、そわそわして落ち着かない。
「モーメルさんおまたせ。アールちゃん綺麗になったわよ。髪もサラッサラ」
「そうかい、ご苦労だったね。あんたはもういいから、帰ってゆっくり休みな」
そう言ったモーメルは、黒い衣装を身に纏っていた。
「えー、なにその用済みは帰れみたいな言い方」
と、ミシェルは拗ねながら部屋の様子が変わっていることに驚いた。
「魔術の準備ね!」
「帰っておくれ」
「いいじゃない。大人しくしてるから。見守りたいのよ」
「気が散るんだよ……大掛かりな魔術なんだ。わかっておくれよ」
鬱陶しそうに言ったモーメルに、ミシェルはますます不機嫌に頬を膨らませた。
「もう……わかったわよ。結果報告してよね?」
「また連絡するね」
と、アール。
「うん! がんばってね!」
両手の拳を構えて言った。
「うん! ありがと!」
ミシェルはモーメル宅を後にして、ゲートに向かった。ふと、倉庫の方が気になった。誰かいるような気配を感じたが、確かめに行くほどではない。時間もあることだし、帰ったら久しぶりにお菓子づくりでもしようと思った。たまには凝ったものをつくろう。
ミシェルがゲートから移動したのを気配で感じ取ったモーメルは、やっと静かになったとアールを見遣った。
「急に悪かったね」
「いえ。ミシェルから聞きました。私のこと調べてくれてたって。私の覚醒の手助けをしてくれるんですよね?」
「……あぁ、そうだよ」
モーメルはモニターの前に立ち、アールに言った。
「そこの魔法円の上に立っておくれ」
アールは部屋の中心に描かれている魔法円を見遣った。床一面には複雑な図形が描かれている。
「あの、その前にもうちょっと詳しく話してもらえませんか?」
「時間がないんだ。すまないね」
「時間? なにか他に用事でもあるんですか?」
「頼むよ、あんたはそこに立っててくれればいいから。あとはあたしに任せておくれよ」
モーメルは額に汗を滲ませ、笑った。
「でも……」
「いいから早くしておくれッ!」
と、モーメルは焦りから怒鳴ってしまった。
アールはビクリと体を震わせ、不安げにモーメルを見遣った。
モーメルは、ゆっくりため息をつき、心を落ち着かせてから口を開いた。
「アール、強くなりたいだろう? あんた自身も覚醒を待っていたはずさ。そうだろう?」
「モーメルさん……なんか……」
怖い。そう思った。
「頼むからっ……早くそこに立っておくれ」
「…………」
無理して優しく笑いかけてくるモーメルさんが
怖かった。
なにか隠していることは感ずいていた。
それがなにかはわからない
だから不安だった。
でも
それを口に出すことは出来なった
モーメルさんを疑っているようで
モーメルさんを信じていないようで……
アールはモーメルと無言で見つめ合うと、不安で強張っていた表情を笑顔に変えて、言った。
「はい」と。
その笑顔はモーメルの心に深い傷をつけた。
モーメルは口答えせずに従うアールから、目を逸らした。もう、後戻りは出来ない。
「ここでいいですか?」
と、アールは無理をして笑顔を作っていた。
「……あぁ。後は黙って目を閉じていてくれたらいい」
「わかりました。……モーメルさん」
「なんだい」
「よろしくお願いします」
小さく頭を下げ、目を閉じた。
モーメルの目に涙が浮かんだ。すぐに涙をぬぐった手は震えていた。
Thank you... |